「食材ハントの時間だオラァ!!!!」
「食材ハントの時間だオラァ!!!!」
「「「「押忍!!!」」」」
「…………ならずもの??」
あれから無事に部屋を支給されて、一晩ぐっすり眠った。
今日も頑張るぞいと気合いを入れた矢先、朝八時の格納庫に響き渡る私よりも強力な気合いに私とお父さんは引いていた。
食材調達部の人たちなんだろうけど、六人しかいないのによくこんな大声が出るもんだ。
リーダーの白いひげを蓄えた五十代くらいの男性ーー猪瀬さんは部員たちにひとしきりげきを飛ばした後、急にぐりんとこちらを振り向いた。が、眼光が強い……!
ぐいぐい引っ張られて、背中をドン! と叩かれる。加減はされているだろうが、いかんせん急だったので朝食のフレンチトーストが出そうになった。
「こいつは体験入隊の大川あかりだ! ヒヨッコだが、ファミリアに乗ったままあの『白鴉』と一戦を交える命知らずでもある! 度胸は一人前だ! 決して侮るなよ!」
「よ、よろしくお願いします!」
精一杯の大声で勢いよく頭を下げる。
「おう!」と気のいい返事も聞こえた気がするが、返ってきたのは値踏みの視線の方が多い。
まぁ、得体の知れない小娘が急に交ざってきたらそう言う反応にもなるか。
頭ではわかっているが、ちょっと傷つく。
内心しょげながら、部員の横並びの列に加わった。筋肉と体格がすごいお兄さん達がどっしりと並んでいるので、気後れする。
せめての思いで背筋を伸ばし、胸を張った。
これから任務直前のブリーフィングのようだ。任務の要点を最終確認する工程。
空気も張り詰めていて、部員達から伝わってくる戦意にビリビリと肌がしびれた。きっとこれから厳格で粛々とし作戦要綱が説明されるんだろう。
猪瀬さんは眼光鋭く、説明を始めた。
「新入りもいることだから改めて言っておく。調理部とのミーティングの結果、鶏肉と卵の不足が見込まれるとのことだ。つまり、今日の獲物はデンジャーデスデッドニワトリとハイパービッググレイトフルエッグだ!」
「獲物の名前ダサっ! デッドとデスで意味被ってるし!」
思わず突っ込んでしまった。
ピシリとブリーフィングの空気が壊れた音がした。
「ば、ばか! 猪瀬さんが一週間夜なべして考えた名前になんてこと言うんだ!」
「怖いもの知らずか新入り!?」
怒るお兄さんも心配してくれるお兄さんもいたが、大笑いしているお兄さんもいる。
蜂の巣を突いたみたいに一気に賑やかになった。ああ、しっちゃかめっちゃかだ。
「すいませんすいません! 勝手に口が動いちゃったんです!」
九十度の平謝りで腰が折れるほど何度も頭を下げる。
ちらりと猪瀬さんを伺い見えるが、じっとりとした半目になってた。
「先ほど度胸は一人前と言ったが、訂正しよう。一人前の考えなしの馬鹿だとな!」
「ひぇー! お許しをー!」
猪瀬さんは、ハン! と笑い飛ばした。
「名前などどうでもいい! つまり獲物は馬鹿でかいニワトリとその卵だ。手はずはいつも通り。勢子が川に追い立てて、川向こうから狩り手が仕留める。新入りは勢子役だ。獲物は今頃巨大とうもろこし畑の収穫でこぼれた粒をついばんでいる頃だろう。逆襲されたら無理せずとうもろこし畑に隠れるか、飛んで逃げろ。働き次第では獲物をたんまり分けてやる」
「りょ、了解です!」
勢い込んでうなずく。
「お前達もいいな! 新入りを随時フォローしろ! 食料調達部の恐ろしさをニワトリどもに示してやれ!」
「「「はい!!!」」」
「出発!」
猪瀬さんの威勢のいい声に押されて、部員達はおのおの自分のエルヴァに乗り込んでいく。
驚くほどの大量のファミリアや斧を運んでいるのは気になるけど。
カメラアイに光を宿したエルヴァたちは重々しいアイドリングの音を軽快なバーニアの音に切り替えて続々と格納庫から続々と飛び立っていく。
私も負けじとファミリアに乗り込み、お父さんに合図した。ファミリアを持っていってもらうためだ。
しかし、緑のタンクタイプのお父さんのエルヴァは気が進まなそうな声を出した。
『あかり、本当にお父さんに乗らなくていいのか? ファミリアは頑丈だが、自分が乗っているのに武器にされるのは怖いだろう?』
「そりゃあ正直怖いけど……。でも家族愛があったらピンチの時ファミリアで一発逆転できるかもしれないし。それに、お父さんだって戦うのは怖いんでしょ。お父さんが頑張ってくれるのに、私が安全な場所にいるのってフェアじゃない気がするんだよね」
『……お前は正論しか言わない子だね』
「えっ?」
『いや、なんでもないよ。ただ、一つだけ覚えておいてほしい。人は別に弱くても、できないことがあってもいいんだよ。そして、それを受け止めて一緒に考える。お前だって怖いって逃げても、誰かに頼ってもいいんだ。逆も然り。人に寄り添うっていうのはそういうことだ』
「……わかんないよ、お父さん。それより、みんなから遅れちゃうから行こう?」
お父さんは一瞬言葉を詰まらせた後、諦めたようにため息を吐いた。
『……そうだね。行こうか』
変なことを言うなと思った。弱さを認めると人は立てなくなる。できることだけやっていると、成長しない。
私はおばあちゃんにそう教えられた。頼るという選択肢は頼れる人がいないとそもそも選べない。
おばあちゃんはそうやって肩肘張って生きて死んだ。私はそれがかっこいいと思った。
頼るばかりだったお父さんに『頼る選択肢もある』なんておばあちゃんも言われたくないだろう。
そう思ったことを、お父さんに伝えたらどうなるんだろう。
……きっとどうにもならないな。逆に怒られるだろう。「お父さんはああするしかなかったんだ」って。それでも私を責めるのか、って恨みがましい目で見られるんだろうな。
だから私は言わない。まるっと胸に収める。私の家族愛は義務だ。
恨みも悲しみも飲み込んで、家族のために成すべきことを成す。そういうのを義務と言う。
格納庫を飛び出した後、目に飛び込んできた青い空を見上げながら私はコックピットの背もたれに深く体を預けた。




