「お前の家族は全員、巨大戦闘ロボットに改造された」
ジィイイイイ、ジィィイイイイ……。
際限なく蝉が鳴いている。
まさしく古き良き農家といった風情の一軒家の縁側で小学生の私とおばあちゃんはスイカをかじっていた。時折なけなしの風がちりんと風鈴を揺らす。
何かあると私はいつもおばあちゃんの田舎に預けられていた。理由はいちいち覚えていない。
急に子供一人預けられても、おばあちゃんは文句一つ言わなかった。
前の年、おじいちゃんが亡くなって、おばあちゃんは一人でこの家に住んでいる。
「おばあちゃん、一人でさびしくないの」
「いいや、全然。遠い親戚は良くしてくれるし、友達も遊びに来てくれるわ」
「変なの。あかりはおじいちゃんいなくてさびしいのに、ずっとおじいちゃんと一緒にいたおばあちゃんはさびしくないんだ」
子供しかできない無邪気な感想だった。今の私なら長年連れ添った夫を亡くしたばかりの人にこんなこと絶対に言わないだろう。今でも申し訳なく思っている。
けれど、おばあちゃんは穏やかに笑ってこう言った。
「あの人とずっと一緒にいたのはそれが義務だったからだよ。覚えておいてね、あかりちゃん、家族に関して私たちに自由はないの。耐えて耐えて耐え切って、最後に残ったわずかな時間を楽しく過ごす、それが女の一生よ」
おばあちゃんのおちくぼんだ小さな目にその時だけ異様な光がまたたいた。
見てると吸い込まれそうなその光は何か黒々とした情念が渦巻いているように見えた。
子供だった私には理解できないし、してはいけないものだと直感的にわかった。私は怖くなってうつむいた。
「あかり、わかんない……」
「そうねぇ。うん、わかんないままの方がいいわ。このことは忘れてちょうだい」
お母さん達には今の話は内緒よ。
そう言って、おばあちゃんはもう一切れスイカをくれた。そのスイカは水っぽくて味がしなかった。
その後おばあちゃんは亡くなって、地球も滅んだけど、高校生になった今でもずっと、おばあちゃんの話がトゲのように刺さって抜けない。
それともこのトゲに耐えることも女の一生なのだろうか。
別にそれでもいいような気がした。
「ん……?」
寝ぼけた頭がプシューッと空気が抜ける音を知覚した。
コールドスリープ装置の蓋が開いたらしい。
あれ、もう数百年経ったんだろうか。
最初に感じたのは何かにみられているような違和感だった。それと冷蔵庫みたいな冷たい空気。思わず身震いした。
私がコールドスリープに入ったのは夏だったから、確実に時は経っているのだろう。
接着剤でも使われたのかって思うほど固く閉じられたまぶたを根性で開ける。ぎぎぎって音がしそう。
ぼやける視界は何度か瞬きすることで、徐々にはっきりしてきた。
視界に入ったのは装置の周りをぐるりと取り囲んで中の私を覗き込んでいる、オレンジ色の作業服を着込んだ大勢のおじさん達だった。
「ひぇ……!」と引きつった叫び声が上がるのもむべなるかな。一瞬で目が覚めた。
おじさんの一人はおののく私をじっと見つめると、「大丈夫か」と存外優しい言葉をかけてくれた。
恐る恐る体を起こす。
「あ、はい……。コールドスリープ、成功しましたか? ここどこなんですか?」
おじさんは顔を曇らせて、「お前は成功した」と答えた。
何そのすごく引っかかる言い方……!
「か、家族は、……私の家族は成功したんですか?」
私が食いいるように尋ねると、おじさんは沈痛な表情で答えた。
「半分成功した。装置に不具合が起きて、コールドスリープは不完全だった。お前の家族は体の損傷が酷くて……」
「亡くなったんですか……?」
「いや……」と、気まずそうにおじさんは視線を斜め上に向けた。思わず私も同じ方向を向いた。
そこには、アニメに出てきそうな巨大戦闘ロボットがあった。十機以上はいるだろうか。
白、緑、黒、赤などにそれぞれカラフルに塗装されていて、タンクタイプだったり、二脚タイプだったり、様々だ。
近くのウェポンハンガーにはキリンのような大きさのデカいエネルギーライフルみたいな銃やら無骨で巨大な斧が安置されていた。
この戦闘ロボットって現役で使われている、……んだよね? きっと。
土埃や傷がこびりついており、無骨な金属の曇りがいかにも強そうだ。お兄ちゃん大喜びしそう。
余裕がなくてさっきは気づかなかったが、ここは巨大戦闘ロボットの格納庫のようだった。
ロボットだけではなく、ロボットを取り巻くキャットウォークやタラップ(足場)や武器を取り付けるためのクレーンもよく整備されており、鈍い輝きを放っていた。
……いや、それより私の家族のことを教えて欲しいよ。
正直覚悟はできてないけど、亡くなったんだろうか。そうなら亡くなったってはっきり言ってほしい。
私はお父さんお母さんの娘として、お兄ちゃんの妹として家族の死を悼まなきゃいけない。私を健康に元気に育ててくれた家族に何も返せないまま亡くしてしまった。
私は子供は親の貯金箱だと思っている。両親が私に掛けてくれたお金や時間や思い出の分は利子をつけてきっちり返そうと思っていた。でもそれはもう二度と果たせないんだ。この虚脱感はきっと、癒えない。
せめて家族の死に顔だけはみたい。体の損傷がひどいってことは、きっとぐちゃぐちゃの肉塊かもしれない。腐敗しているかもしれない。私が見てももう誰が誰なのかわからないかもしれない。
嫌な想像が冷や汗となってじっとりと背筋を垂れていく。それでも目を背けるわけにはいかない。
だって家族って義務と義理で成り立ってるから。
深呼吸して覚悟を決め、おじさんを問い詰めようとした。その時、真っ白い巨大戦闘ロボットからスピーカー越しの機械音声が聞こえてきた。
「あれ、あかり。生きてたの。起きるの遅いわよ。あんたがいない間に私たちがどれだけ苦労したか、後でたっっっっっぷり聞かせてあげる」
……なんだろう、機械音声とはいえ笑顔で嫌味っぽくて、大袈裟なこの言い草。私のお母さんにすごく似てる。
すんんんんんごく! 嫌な予感がする!
ぎぎぎぎと首をきしらせて、おじさんの集団を振り返る。みんな一様に気の毒そうな表情をしていた。
代表して、さっきのおじさんが決定的な言葉を口にした。
「その、なんだ。お前の家族は体の損傷がひどくて、……お前以外全員、巨大戦闘ロボットに改造された」
「な、なんだってええええええええええ!!!!」
かくして、私の悲鳴は格納庫中にとどろいたのであった。