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劣等貴族のレクイエム -訳アリ転生の人生劇- (休載中)  作者: 山海ハルト少佐
第四章・劣等の真実編
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69話 民族倫理保安局

 帝都を、宵闇が包み込む。

繁華街の煌びやかな明かりを避け、大通りから外れた小道を進む。

ここに、この時間、俺たちがいたという証拠だけは残さぬように。


「…ここだ。フィオナが言っていた、〈民族倫理保安局〉は。」

「ヴァルターよぉ、本当にやるのか? こんな…帝国の重要機関に忍び込むなんてよ。」

「やるしかないだろ…! 英雄勲章を以てしても、情報開示は断られたんだから!」


 闇の中、俺はクリスと共に〈民族倫理保安局〉の前へ。


 ――優等民族を優等たらしめる所以、劣等民族を劣等たらしめる証拠。

事の発端であった三神戦争や、その中で起こったエンティオ人による虐殺に至るまで。

この世界の民族史に関する数多の情報が、ここには眠っている。フィオナによればそういう話。

 左腕の無い捜査官の件は、現在フィオナが軍部に掛け合っている。

九年前の軍内人事、当時の匿名捜査官らを洗いざらい調べ上げ、〈劣等狩り〉を特定する。

……その正体がわかったら、俺のすべきことは決まっている。

その男を殺すだけ。それだけだ。


 問題はこの保安局。

俺はフィオナの名を借りて、保安局へ情報提供を求めた。

この期間が所有する大書庫やらに、民族史に関する記述が山ほどあるはず…。

そう信じていたのに。保安局はそれを拒否した。


**********


― 時は遡る ―


「局長さん…なぜです? フィオナ様の命を以てしても、民族史は公開できないというのは…いったいどういう事なんです!」

「今、お伝えしたとおりです! たとえあなたが帝国の英雄でも、女帝陛下があなたに肩入れしても! …当局にそれは出来かねます。」


 ……頭の固い野郎。

しかし、こればかりは予想外だった。まさか、女帝陛下のお墨付きが通用しないとは。

 フィオナ直筆の書類まで持ってきてまで、情報開示を求めたというのに…。

この保安局長は、今言った事の一点張り。


「あなたが開示を要求している()()は、当局の中でも最大機密レベルに相当するものです。それを管理する私でさえ、その中身は覗いたことがありません。」

「―――どうしてもだめなんですか…。ならばせめて、理由だけでもはっきり申していただきたいものだ! 女帝陛下でさえ覗くことのできない、その理由を!


 腹立たしい…。――頭の中がざわめく。

エミリオが…叫びたがっている。


「それは…もう百年以上前から続く、皇帝の命によるもの。」

「――皇帝…だと?」

「第三代皇帝・ヴェルスヘルム三世陛下――当局が出来たのも、その三代皇帝の頃。彼は、『()()()()()()()()()()を維持するため』と称して、優等や劣等、下位に限らず、大陸の民族史に関する様々な情報を制限した。」


 三代皇帝…、フィオナは第十一代皇帝。

随分と遡る…百年では足りないくらいだ。

つまり、帝国が成立してから数十年単位。

その当時から、帝国人が固執して守り通してきたこと――優等民族の優位性に他ならない。秩序と安寧というのは、その優位性からなるもの。

 だとするならば―――、


「ヴェルスヘルム三世の命には、続きが…。『これを知る資格を持つ者は、()()()()()()()()とその臣下のみ』、という事らしいですが、詳しいことは私にもわかりません。」

「―――言っていることがよくわかりませんが…つまり、今の女帝陛下にはその資格がないと…?」

「そう言う事になるのでしょうね…。さあ、お引き取りを!」


 ……このようにして、俺は保安局をつまみ出された。


**********



「何をそれだけ隠したがっているのか…。少なくとも、帝国がそこまでするほどの価値があると、俺は解釈した。」

「わからんねぇ。お前の言う劣等民族の紋様。帝国が隠した情報がそれとも限らねぇんじゃ?」

「だとしてもだ。それに、帝国お得意の決まり文句があるだろう。『優等民族は絶対』ってな。…いつもいつも、それは教科書に書いてある抽象的なもんばかりじゃねぇか。なら、その根拠をどうして明確に提示しない?」

「それは…」


 帝国の基礎教育。〈優等民族(ヴィクトル人)の優勢思想〉

民族の持つ血筋でさえ、エンティオ人やクーベルトより優れていると言い張るし、それが絶対的な社会格差を生んでいる。

それなのに、『聖因子が弱い』だとか『神の戦いで勝利した』だとか。帝国はいつも曖昧な根拠しか示さない。

三神戦争の伝説の中で、エンティオ人が大量虐殺を行なったという話もある。それが要因の一つになっていることもあるが、やはり矛盾点が多い。


「俺の周囲の人間がまさにそうだ。若い世代のヴィクトル人は、三百年も前の伝説に信憑性を持っちゃいない。理由は簡単、帝国のプロパガンダが抽象的すぎるから。……これが続けば、()()()()()()()()()()()()()()()だろうな。それがわからないほど、お偉方もバカじゃあるまい。」

「――つまり、絶対的な優等民族の根拠を、なぜずっと隠したがるのか…ってことか?」

「そういうことだ。―――それにクリス、思い返してみろ。ブラムナスでのことを」


 思い返すべきは、評議大会の後半。クリスにとっては痛々しい過去。

ネストが、ヴィクトル人によって殺害された時。即ち、紋様の出現。

そして、戦いの自然破壊によって、あの地に眠っていた〈魔石龍〉が目覚めた時。


「魔石龍が出た後、俺たちは帝国軍の助けを待ち望んでいた。―――だが、結局はどうなった?」

「帝国軍は…ブラムナスへは入らなかった。」

「そうだ。あの時は、俺たちが自力で魔石龍と戦い、グランドル連隊の救援があったから助かった。―――しかし、それが無ければ俺たちは死んでいただろうな。まるで、()()()()()()()ような形で。」


 当時の帝国軍の動きは、異質。

対魔獣装備も持たず、助けるはずの学生らを目の前にして進軍停止。

俺たちの様子は、獣視術を介して伝わっていたはずなのに。


「俺たちは魔石龍が現れる前、何を見た。…それは、俺が今最も追いかけているもの。」

「―――⁉ も、紋様…。」

「民族に関して隠していること、プロパガンダでも触れられていないこと、それがあの〈紋様〉だ。……俺たちがそれを目撃したこと、帝国は知っていたはずだ。」

「―――連中は…俺たちの口を封じるために⁉ 都合よく、魔石龍に殺させようとしたってのか⁉」

「…わからん! だから確かめる必要がある。――きっと保安局には、その何かがあるはずだ。」


 それに、保安局長が言ったこと。

『神に選ばれた皇帝』。神に…という部分も気になる。

まるで―――、俺とエミリオのようで。


「とにかくだ。そのために、これから潜入するわけだ。…もちろん、お前も来るよな?」

「ったく…。そこまで聞かされちゃ…行くしかねぇよな!」



 日に日に、エミリオの束縛は強くなっている。

心の奥底で渦巻く、止まってはいけないという、危機感。

だから、俺は進むしかない。…記憶を見せられるのが、怖い。

 今日はその形が、民族倫理保安局への潜入という話。


**********



 保安局の建物は、所々に神聖な雰囲気を漂わせる、西洋建築。

その景観で言うなら…イギリスの大英博物館に似ている。

 暗がりの中、全身黒づくめの俺たちは、天井の支柱を伝って忍び込む。

老朽化した建物だからだろうか。侵入に手頃な穴を見つけるのは、さほど難しくはなかった。石材で作られた壁にはヒビが入っていて、何らかの形で生じた穴を掘って、拡大する。

俺はともかく、ガタイのいいクリスを通すのは大変苦労した。


「クリス…お前、落ちるなよ? ていうか、足音がうるさいんだよ。ギシギシギシギシ…って」

「仕方ねぇだろ…! こちとら大男なんだからよぉ…!」


 巨大なやめを支える柱には、鉄の留め具による補強が成されていた。

流石にこうでもしないと、石製の建物は危険だろうから。

クリスがそこを歩くたびに、金属の接続部が軋む。そして、埃が落ちた。


「――待て! …止まれ、」

「…見張りか?」


 地上十メートルはあろう支柱から床を見下ろし、俺たちは静止する。

ゆらゆらと、ランタンの光が揺れ動いているのが見えた。

……当たり前ではあるが、流石に見張りはいる。

 保安局内の構造は、網目状に近い。

狭い通路が何重にもあり、それらがある一点繋がっている。

当然、その通路と通路の狭間には空間がある。

恐らくは、そこが書庫や史料の保管室になっている。

フィオナのコネを通じて事前に調べた限りでは、そうらしい。


「クリス、万が一見つかった場合だが…極力、戦闘は避けろ。やむを得ない時だけだ。」

「そりゃ、事を荒立てるのは最悪だろうけどよ…。それじゃ俺がいる意味なくね?」

「念のためだ。…俺が魔術なんて使ったら、すぐに身元が特定される。その点、お前は魔術無しでバケモノ級だろう。」

「要するに、用心棒ですかい…。」


 見張りをやり過ごし、俺たちは再び動き出す。

目指すは中央部。重要機密の保管場所なら、建物の最深部で間違いないだろう。

それから、地下に隠されているという線も考慮しなくては。


「…進めるところまでは進んだ。下りるぞ。」


 支柱は途切れ、数十メートル進んだ先で壁にぶつかった。恐らくは、屋根の終着点。

俺は背中のバッグからロープを取り出す。先端のフックを、支柱の留め具へ引っ掻けて、それを伝って降下した。クリスもそれを追う。


 ―――廊下の奥から足音。ランタンの光。


「また見張りか…隠れよう。」

「ちょっと待てよ…狭いって!」


 下りた先にあった、石製のデスク。その隙間にクリスの巨体を押し込み、俺も続いて潜り込む。―――次第に近くなる足音。カチャカチャと、見張りが腰につけた剣の金属音。

息を殺し…陰に身を潜めて……やり過ごした。


「衛兵か…。しかし、ありゃ軍属じゃねぇか?」

「軍人が警備を…やはり怪しいな。ただ、戦争の影響で兵隊が不足しているのが救いだな。保安局どころか、帝都全体の警備状況が手薄になっている。」


 しかし、俺たちに時間はない。タイムリミットは夜明けまで。それまでに目的の物まで辿り着き、何らかの情報を入手しなくてはならない…。

 現代ならそういった機密情報は、高度なセキュリティが仕掛けられたデータサーバーに保管されるものだろう。しかし、この世界の文明レベルだ。そういった機密は紙媒体で保管されるはず。

 しかも、俺が求めているのは『民族史に関する資料』。プロパガンダではなく、真実が書かれた物を。即ち、歴史書であるから書庫にある可能性が高い。


「フィオナの協力があっても、保安局内部の情報までは得られなかった…。あとは、自力で探すほかないってことかよ。」

「衛兵を警戒しながら、その小さな形のもんを…。キツイな。」


 ここまで来た以上、止まるわけにはいかない。

せめて何か…手掛かりになることだけでも見つけ出さないと…。


 網目状の廊下が続く、この空間。

いくつもの扉を開き、いくつもの書庫を見つけ出し。

ただひたすらに。正解へ向けて進むほかない。


**********


「――ここも駄目か…!」

「…結構、時間を浪費したな。確かに書庫らしい部屋は幾つかあった。…だが、ヴァルターが捜しているようなもんは見つからねぇ。」


 ―――もう、二時間は経過しただろうか。

不安感

焦燥感

確実に、真実に近づいているというのに。




 ―――頭が痛い…胸がざわざわする…。

密告者へ、真実へ近づかなければ…俺はエミリオに壊されるかもしれない。

ただ、近づけば近づくほど…この感覚が強くなっていく気がする。

少しずつ…俺と言う存在が、侵されていくような。


「……なあ、エミリオ。俺はどこへ進んだらいい…どこに真実がある?」


 クリスがいる横で、俺は問うた。

この、襲い来る感覚の波に。


「―――どうせ見ているんだろう…。なら、少しでも俺に力を貸せよ…! 大事な子供たち、なんだろ…?」


**********


《私の事…信用しているの?》


 どうだかな。いまいちわからん…。

だが、貴様が俺をここまで導いたのは、事実だ。


《そうよ。あなたが遂げる未来も、運命も、それを定めているのは私。…だってあなた、私がいなければ八年前に自殺していたでしょう?》


確かにそうだったかもしれない。

…だけど、生きるという選択をしたのは俺自身だ。

決して、貴様に定められた運命に乗っただけじゃない。


《なら、今のあなたが辿り着くべき場所、()()()()()()も、それは私が定めた運命のうえで成り立っている事でなくって? あなた一人で、辿り着けるの?》


―――ッ⁉ …わからない。

ただ…貴様はどうせ、俺を見ている! その運命とやらで、俺を見定めている!

……俺一人じゃ、わからない。…わからねぇよ。

―――なんかもう、正直疲れたんだ


《私は、逃げることは許さない。…あなただって、復讐を望んでいるんじゃないの? 密告者に、優等民族に…この先にある、()()()()()に。》


復讐は…したい。

真実だって知りたい。…知らなくちゃいけないと思った。

―――なら、俺はどうすればいい…、創造主よ。


《フフフ…あの時と同じよ。私に、あなた自身を委ねて。あの娘を助けたとき、南の遊女を殺したときのように。》


 そうか―――、思い出した。

俺はフィオナを助けた、あの時。…エミリオに委ねたんだ、俺自身を。

そして、神の力を使った。――アレは凄かったなぁ。


《さぁ…どうする?》


……わかった、やろう。

その代わり、ちゃんと俺を導いてくれ。真実まで。


《フフフ…流石、私が最も敬愛する子――、》



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