66話 襲撃事件の裏
「お客さん、着きましたぜ。」
「ありがとうございました。―――お代です。」
帝都から南部行きの馬車に乗り、いくつかの路線を乗り換えて。最終的に通りがかった辻馬車を捕まえて、目的地へ降り立つ。
―――故郷・リンクシュタット領 リンクランツ
「……ただいま。」
戦争終結から数か月。ここの領民もある程度の数が帰還し、戦火に包まれた街の修復に勤しんでいる。その中には、ここで戦った帝国軍兵士の姿も。
至る所から灰の匂いが消えて、瓦礫も撤去。空に響くのは、修復作業でハンマーを叩く音。新たに植えられる、景観用の樹木。
南北戦争の傷跡が癒え始めたこの頃――、俺は再び戻って来た。
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「――ごめんください…。先日、こちらにお伺いすると手紙を送りました。ヴァルター・ヒューリーズです。」
「これはこれは…よくぞいらっしゃいました――帝国の英雄殿!」
俺はまず先に、〈現リンクシュタット領主・ベルナール家〉を訪問した。
真っ先に出迎えに来たのは、当主である〈ドット・リンク・ベルナール〉
フィオナ皇女を救い、今や帝国英雄勲章とやらを授かった俺に、愛想よく丁重に対応する。
…しかしこのベルナール家。領主と名乗ってはいるものの、現住所を置いているのは貴族の屋敷ではない。
―――帝国軍司令部が置かれていた、街中の建物である。
ベルナール家の屋敷は、戦闘に巻き込まれて破壊されたらしい…。ご愁傷様。
「ただいまお茶を…」
「あ、そういうのはお構いなく。」
使用人ですらいない、この没落貴族。彼自身がお茶を入れようとするのを止めて、用件に移らせる。
「それで…遥々帝都からどのようなご用件で?」
「調査したいことがあるんです。―――フィオナ様からは、如何なる事案も調べられる権限を頂いているので、その辺は大丈夫です。」
こういった状況は、自身の権力範囲外まで調査してしまい、後で問題になるケースが多い。そのための、フィオナ女帝お墨付きの称号。
「具体的に何をお調べで…? 内容によっては、直ちにお手伝いをすることも可能なのですが。」
無論。その為に、俺はベルナールを尋ねたのだ。――端的に述べよう。
「とある事件について調べたいのです。―――九年前、この領内で発生した〈ランシュタイン一家襲撃事件〉に関することを。…当時の記録や、襲撃を行なった軍人たちについても。」
一瞬、内から込み上げる物があった。それをぐっと抑え込んで、述べる。
―――ランシュタインの名を出した瞬間、ベルナールの表情が曇った。
「ランシュタイン家…、リンクシュタット領内の一部を治めていた、元貴族ですな? ――もっとも、その正体は劣等民族でしたがな…ッ!」
…その血筋を隠して、自分達の土地を守り続けたランシュタイン家。
俺が日本で死に、転生した一族。
彼らに押された烙印は…〈劣等貴族〉
「それで、その劣等一族がどうしたのです? もう何年も前に死んだ連中ですが…」
「――ッ! …事件当時の事を知る人間がいれば、会わせていただきたい。また、軍や警察の調査記録なども、可能であれば調べさせていただきたいのです。」
「……あの事件をねぇ。今更何を調べるのかは知りませんが――」
ベルナールは態度を一変させ、悪態をつくような雰囲気。
「ヒューリーズ殿はあれを〈事件〉と言いますがね。公的には事件扱いではありませんよ。なんせ劣等民族を排除しただけですから。その正しき行いを、事件と称するのは如何なものかと…」
「―――ッ⁉」
……込み上げてきたものが胸の内で熱くなり、拳に力が入る。
しかし、文字通り歯を食いしばって。その様子を悟られぬように、堪えた。
どうせそんなことだろうとは思っていたんだ。
「…ベルナール殿が何と言おうと構いませんが―――、こちらはフィオナ様のお墨付きを頂いてますんで。何卒、協力していただきたいのですがねぇ。」
「なっ―ー、…わかりました。では諸々、直ちに手配しておきましょう。」
胸ポケットから、フィオナ女帝直々に授与された英雄勲章をチラつかせて。
ベルナールは態度を改めて、すぐさま行動へ。
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―― 南方駐屯軍 リンクシュタット師団本部 ――
「ヒューリーズ殿。こちらが、十年前と九年前の人員記録です。」
「――ありがとうございます。お手数をお掛けします、師団長殿。」
ベルナールの手配で、再びの馬車移動。市の郊外へ。
この地に駐留する、リンクシュタット師団。再建されたその本部で、俺は調査の手を進める。
髭を生やした師団長が、わざわざ仕事の暇を割いて手伝ってくれている。
郊外の軍駐留施設まで出向いたのは、他でもない。ランシュタイン家を襲った軍人たち、その所属と行動を探るため。
―――なにより、父・アンソンが軍人であったから。襲撃者を率いていたのは、アンソンの上官だったはずだ。…たしか、〈ブラジノフ〉と言ったか。そこの繋がりも確かめなければならない…。
「リンクシュタット師団隷下 第一突撃連隊――第二、第三…これか。」
前年度と、その年度の記録を軽くめくり、目当てのページを見つけた。
「…あった。アンソン・リンク・ランシュタイン…伍長」
数百名の人員記録の中に、その名前を見つけた…。
彼が生きていた時の、生きていたという証拠が。
俺たちエンティオ人は、本来魔術が使えない。だからアンソンも、近接戦の突撃連隊所属であったらしい。階級は下から数えたほうが早い、伍長。この国で魔術が使えないというのは、一部の生業で出世できないという事である。
南北戦争が勃発して、この師団もリンクシュタットの防衛に当たった。その一部は、別戦線へと抽出されたそうだが。
「第三突撃連隊。九年前の連隊長は……ドミトリー・ブラジノフ。―――間違いない…、襲撃者はこの男だ。」
ブラジノフ連隊長――、その名を確認した時、俺の中で湧き上がる物。
―――怒り。思い出したくもない、だけど忘れてはいけない、あの夜の記憶…。
『ブラジノフ連隊長ッ! 頼む…家族だけは…! 俺は殺されてもいいから――家族だけは殺さないでくれッ! …頼むッ…家族だけはッ…!』
あの時、屋敷の窓から襲撃者たちを覗いていた俺。その耳に届いた、アンソンの叫びが……脳内で木霊した。丁度、エミリオの声のように。
湧き上がる感情が、俺の額に冷汗を流す。侵されそうになる精神。―――これはエミリオのせいか…? 否、これは俺自身だ。あの瞬間、あの惨劇に十年近く囚われ続けた…俺自身の声だ。
「ヒューリーズ殿。こちらが、ランシュタイン家襲撃の当該情報と詳細になります。」
「どうも…。」
続いて届けられた別資料。そこに「事件」とは記されていない。
――あくまでも、あの虐殺は正義の行使。連中にとっては、その狂気も正義のうち。
「その資料には、襲撃に関わった連隊所属兵やその行動。そこに至るまでの経緯が記録されていますが……」
一瞬だけ、師団長が口籠る。
「実はこの一件、原因不明の怪現象が起こっておりまして…。しかもそれは、『口外
するな』と、上から圧が掛かっていましたので…。ですから、ヒューリーズ殿も口外だけは…」
――原因不明の怪現象。この師団長は、それを知っているのか?
…この様子だと、知らないことはないようだ。
ただ、表面上の事しか聞かされていないか、それとも口止めされているか。
なんにせよ、この英雄勲章をチラつかせれば何とかなる。
「それってもしや…襲撃した連中が死んだ、とかじゃないんですか? 例えばこう…外傷もなく事切れていた、とか――、」
「…な、なぜそれを⁉ この師団でも、当時の事を知る者は一部しかいないというのに…」
―――やはり、間違いではなかった。
母・ミアが惨殺された後、その辺りから俺の意識は無かった…。
そして気が付けば――、ブラジノフたちは全員、目の前で事切れていた。
俺の知らぬ間に、何かがあったはず。
その情報が極秘とされていたなら…尚更おかしい。
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―――年・月・日
我が師団に、匿名捜査官〈劣等狩り〉からの報告
リンクシュタット領 貴族階級 リンク・ランシュタイン家に、劣等民族の容疑
一家構成 当主の男が一名 その母、妻、息子。使用人が一人。
男の名は〈アンソン・リンク・ランシュタイン〉 第三突撃連隊所属 伍長
連隊内部で調査開始
―――――
調査結果
匿名捜査官が提供した情報、帝都保管の記録と照合し、リンク・ランシュタイン家の略歴を調査
可能性が高いとみて、アンソン・リンク・ランシュタイン伍長を拘束・尋問
精神魔術によって攻撃した結果――、黒
これにより、リンク・ランシュタイン家を〈劣等民族〉と断定
直ちにこれを排除し、帝国内部の安寧を維持せんとす。
第三突撃連隊長 ドミトリー・ブラジノフ中佐が、直轄兵を率いて排除任務へ。
その結果報告は、別資料に記載。
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惨劇の以前、アンソンの身に起こったことが、そこには記されていた。
彼は拷問にかけられ、魔術による精神攻撃の末に自白したか…。
それによって手に入れた情報を基に、俺たちを襲撃したのか。
襲撃の結果は、生き残りである俺が一番よく知っている。
ただ、敵側の記録ではどのように――、ブラジノフらの死が記録されたのか。
俺は、付属した報告資料を開いた。
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―――年・月・日 深夜
匿名捜査官の報告に基づき、ブラジノフ中佐、及び隷下の十二人がランシュタイン家を攻撃。
拘束したアンソン伍長を連行し、ランシュタイン邸にて処分予定であった。
――翌朝
ブラジノフと他十二名は、師団へ帰還しなかった。
数人の警官、そして兵士が捜索に派遣され、ランシュタイン邸へ。
捜索隊には、あの匿名捜査官も追随していた。
その後、彼らの変死体が発見された。
遺体の状況は極めて異常。――目立った外傷は無く、襲われた形跡も無し。
ランシュタイン家の者が抵抗した様子もなく、自然と息の根が止まったような状態。
されど、アンソン・リンク・ランシュタイン以下、その妻と母、使用人の死体が発見され、処分自体は為されていたと推定。
しかし、一人息子であるヴァルターの姿は確認できず。
周辺には遺体も見られない。しかし、八歳の子供が一人で逃亡できるとも考えられない。
これらの情報を纏め。
ブラジノフらはランシュタイン家の四名を処分した後、何らかの内的要因によって死に至ったと推定。
それが集団的に発生したため、毒によるものとして処理された。
―――追記
計十三名の遺体は、サンクトバタリアンへ移送。
帝都の軍務省へ、こちらからは報告していない。
向こうから送られた人員によって、遺体は回収されていった。
師団各位の、これらを知る人間には口外禁止令が掛けられている。
ヴァルター・リンク・ランシュタインの行方は、未だ不明。
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「ヒューリーズ殿、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが…、」
これは…一体なんだ?
軍の人間も、連中の死に関する正確な情報を掴めていなかったというのか?
いや、それどころか――、口止めされているのか。
劣等民族を見つけたこと、十三人の軍人が死んだことも、軍務省へ報告していないという事。これにおかしな点は無い。
田舎の駐留軍で死者が出たくらいで、わざわざ騒ぎ立てるようなお役所ではないはずだ。
むしろ、この手の事件は警察機構の管轄に入るから…。
問題はその後だ。
報告もしていないのに、帝都から人員が送られてきた。
―――しかもそれは、ブラジノフらの遺体を回収していったというのか…?
あの、気味の悪い変死体を…。
そういえば――、
ブラムナスでネストが殺された時、バスキーの手下が同じような状態で…死んだ。
アルグレイ・ヨースターが戦死した時も。
彼の遺体もこれと同じ状況であったのは憶えている。
だが、グランドル連隊を壊滅させた謎の敵は――、死んだそうじゃないか。しかし、死体は南軍が回収したという話で…。
共通する、変死体の状況。
ブラムナスの時は…ネストが紋様を発生させた後だった。
そして俺も、襲撃者に殺されそうだった時…紋様を発生させていたはず。
それもはっきりと。
どちらも、エンティオ人がいた。それも危機的状況で。
それなら、グランドル連隊が壊滅した時。
謎の敵が…本当にエンティオ人であったとしたら?
俺の仮設通り、敵が紋様を発生さたんだとしたら?
「……紋様が原因?」




