65話 エミリオの声
― 崇神王宮 応接室 ―
「改めまして…先日、ヴィクタリア女帝に即位しました。フィオナです…」
「あ、はい。この度はおめでとうございます。」
「――陛下、背筋が曲がっておいでですよ。」
従者の女性に指導される、金髪碧眼の幼き女帝・フィオナ。
王冠を被ってから、随分と成長したもので。少しばかり、凛々しくなったような気がする。
崇神王宮へお招きされた俺たち。一般人で、尚且つ平民階級の連中が王宮へ。しかも王族と直々に面会などあり得ないことだ。
無論――それが普通の人間なら。
俺たちは今や、彼女をお救いした帝国の英雄、となっているらしい。
劣等の俺にとって実に複雑で、皮肉な崇め方ではあるが。
…一度はこう考えた。『手柄を誰かに譲って、表には出ないように』と。
しかし、クリスやレイナ、ジャックさんの立場を考えると、そうもいかないのが現実。
事実ではあるが、劣等の疑いを掛けられていたクリスはその身を保証される。さらに報奨金も授与されて。――これで、エミルドの家族の下へ行けるのだ。
帝国軍人であるジャックさんは、最高位の勲章に昇進。
真のヴィクトル人として、その自信を高めた。
―――そしてレイナは。
「クリスさんとファドラー中尉には、もう欲しい物は送ったと思います…けど、そうだよね?」
「はい、陛下。ラビンスキー殿には大金を。ファドラー中尉には昇進と勲章を。」
未だ、言葉遣いが君主らしからぬ…というか、子供っぽい砕き言葉。
俺が助け出したときの、あの少女の面影がやはり強い。
精神的に逃げ場のなかった少女は、逃げることもできずに泣いていたあの子は、いつの間にか立派な君主に…と、そう簡単にはいかないものだ。
「じゃあ残りは、ヴァルターと嬢ちゃんだな。…はて、最大の功労者であるヴァルターには、どんな褒美が待っているのやら…!」
「――こらっ! なんだその言いぐさは!」
おこがましい物言いで、俺たちへの報酬を要求するクリス。
…ジャックさんが拳骨を入れたので、まぁいいだろう。
「―――レイナさんへの贈り物は、既に検討済み! ヴァルターさんから事前に聞いていましたから!」
「え…、そうなの?」
「お前にとって一番良い褒美を伝えておいた。…違かったらごめんね?」
現状、俺の知る一番の贈り物。
レイナの人生、夢に大きく近づくその一歩を所望した…。
――勿体ぶらずに、フィオナ様から直々に伝えてもらおう。
「レイナさんの夢は、〈帝国大魔術師〉になることだと聞きました! だから私、フィオナ女帝の命で―――〈帝国魔術師・候補生学校〉へ推薦を出しました!」
「……え、マジ?」
「マジです。」
「陛下、『マジ』なんて砕き言葉はいけません。」
予想の斜め上を行った贈り物、だったのだろうか。目を丸くして、意識が飛んだかのようにフィオナの顔を見続ける。
『帝国魔術師になって、親を楽させたい。両親の誇りになりたい。』
まさか、ブラムナスで俺に語ったこの夢を、俺自身が、しかもこんな形で叶えてやることになるとは…想像もできなかった。
いや、むしろだ。ブラムナスの評議大会を経てから、そんなことばかりだったかもしれない。
戦争事態も、フィオナを助けたことも。劣等人の紋様も。
血生臭い、頭がおかしくなるような日常。
「…でも、本当にいいんですか? 魔術師候補生学校って超エリート揃いで、上流階級の人たちばかりで、入学すら難しくて…クーベルト人の私が、そんな特別扱いなんて…。」
「特別だからですよ! それに、女帝陛下の命令よ? だから誰にも文句は言わせない!」
「陛下のおっしゃる通りです。――それにパトリシア殿は、候補学校の合格基準である魔力量を大きく突破していますので。その辺は問題ないかと。」
そう。彼女に実力的な問題はない。
魔術師としては文句なしの、さらに磨きを掛ければより輝く、ダイヤの原石。
問題はその人種…。これまで〈帝国魔術師〉に選ばれた人間で、下位民族は一人もいないらしい。
――帝国が、そのヴィクトル人優勢思想から、この人種が表に出ることを忌避していたのだ。
単純な魔術の質だけなら、ヴィクトル人よりクーベルトの方が圧倒的であるのに。
――フィオナは一度静かになる。
はしゃぎ気味なテンションを抑え込んだ。
「…私、そういう古い考え方はもう嫌なの。昔からずっと、我々が絶対だって教えられてきて。だからレイナさんみたいに、自分が悪いって思う人がいる。――でもあなた達がいたから、あなた達の戦う姿を見たから…私は心底、その考え方を払拭する決心がついたの!」
「陛下…。」
もっと適切な、正しい言葉があっただろうに。
幼い口調で、自分が知りえる話し方で、自分の決意を伝えようと。フィオナ女帝は立ち上がった。
真剣な面持ちのフィオナを前に、従者も言葉の訂正を忘れて。
「私の代で、この国をもっと良くします! 少なくとも、レイナさんみたいな人が堂々と生きられる国に…みんなが平等でいられる国に! ―――そしていつか、エンティオ人の人々も…。」
―――微かに反応する声、そして沈黙の後。俺とクリスの顔が上がる。
ジャックさんと従者は、驚愕の表情を浮かべる。
クーベルトのみならず、劣等民族でさえも平等に。
その言葉がどんな意味を持つか――これまで幾度となく迫害し、追い詰め、生きる価値を奪い続けた民族を、平等と見なしたい、と。
国の安寧を揺るがしかねないような意味合い。それを女帝自ら放った。
「……それがあなたの夢ならば、まだまだ遠い道のりになりそうですね。女帝陛下――。」
「わかっています…でも、大丈夫ですよ。ヴァルターさん?」
――レイナは、涙した。何事にも代え難い、その嬉しさの現れ。
「…ッ!――ありがとう…陛下、ヴァルター…。 お父さん…お母さん…、――私やったよ…!」
すすり泣く声が、俺たちを笑顔にした。
**********
「…さて、俺一人を別室へ呼び出して、一体何の御用で?」
「――少し話したいことがあって…。他の人に聞かれちゃいけないこと。」
鍵を閉める音が響く、遮光された一部屋。
レイナもクリスも、ジャックや従者さえも人払いして。フィオナは俺だけを呼びつけた。
完全な密室状態、周囲に誰もいないことを確認してまで。
…一体何をそんなに警戒しているのか、俺にはわからない。
「あ、わかった。褒美の事でしょ? それなら…」
「それもそうだけど! …さっき言ったじゃない。エンティオ人も平等に、だとか…」
その話か…。それをわざわざ、なぜ俺一人にするのだろうか。
俺は自分の正体だとか、それに繋がるようなことを口走った覚えはない。
「――まさか、憶えていないの? あの日の事…私を助け出してくれた時。」
「あの時…? ――もしや、俺が陛下の事『ガキ』って言った事、怒ってます…?」
「そうじゃない! あなた、自分で言ったじゃない! ――俺はエンティオ人だって!」
……何の話だ。待て待て、こいつは何を言っている…?
俺が自分で、エンティオ人だと言っただと⁉ そんな馬鹿げた話があるか…!
この世界で十数年生きて、そんなことを口走ったことは一度もない――断言できる!
この国で正体を明かすこと、それすなわち〈死〉
それは一番、この俺が理解している。
――何者かに将来がバレたせいで、俺の家族は皆殺しにされた…!
「フィオナ…それはいつの話だ⁉ ―――ッ答えてくれ⁉」
「い、痛い…! そんなに強く掴まないで…」
我を忘れて、フィオナに掴みかかる。
一刻も早く、その事実を問いたださねば。
…そして、この娘が俺をどうするつもりなのか。それを暴かねば。
「あなたが遊女と戦っていた時…。そう、あの光る石を食べた後…遊女を殺す直前に…!」
「そんなこと―――知らない。まったく記憶にない…」
思い返す…、あの夜の戦いを。
俺は結局、遊女に敵わなくて、殺されそうになって…。
―――石を、食った…。 神硝石を――。朧気だが、そこは思い出せる。
そこまでは。それ以降の記憶は…薄い。
記憶が無いのはその後か。…目覚めたときには夜が明け、外にいた。
感覚的には、昏倒していたような感じで。
「…お前はなぜ、俺を殺さないんだ。俺がエンティオ人だと知ったなら…ヴィクトル人である以上、殺すはずでは――」
「言ったでしょ? 私はそういうの嫌だって。…大丈夫、このことは誰にも言わない。」
誰にも言わない…。口ではそう言えても、フィオナの周りにはヴィクトル人しかいない。
その繋がりで正体が明かされれば…俺だけじゃなく、あいつらも。
《裏切り者…その娘は、ヴィクトル人の王》
――――ッ⁉
またこれか…。脳内に響く、エミリオの声――。
頭痛。込み上げる感情。
――貴様は…何を言いたいんだ。
ヴィクトル人と協力するなと…復讐を続けろと?
「あ、あの…大丈夫? 具合が悪いの…」
「フィオナ―――ッ! 少し…黙っていてくれ!」
「ご、ごめんなさい…。」
意識が侵され、フィオナの声がとても耳障りだ。
《神の運命が…感じている》
「…またいつもの予知か…? 今度は何をほざこうってんだ――」
声を、必死に振り払おうと。暴言で返そうとしたとき、
《密告者は、あなたのすぐ近くに…》
「……ッ⁉ なん…だと⁉」
内から攻められる、脳内の苦しみの中。その言葉を、俺は確かに聞いた。
密告者―――ランシュタイン家の正体を知り、『襲撃者を差し向けたであろう人物』。
俺がその存在を知り、長年探し続け、辿り着こうとした…仇。
その人物が、すぐ近くにいると――。そのような皮肉で、馬鹿げた話を神はするのだ。
「―――誰だ…そいつは一体誰なんだ⁉」
《私はそう感じるだけ…。知りたいのなら、私の事を忘れないで。進みなさい。》
エミリオは以前、こう言った。
私は運命を感じるだけ。未来を見る力は無い――と。
この創造主は…また、運命を示しているのか。
俺に苦しみを与え、その先へ進ませようと…。
《その娘を利用しなさい…。密告者の…そして――優等と劣等の答えへ近づく、いい手足になるわ。》
「…利用だと」
《あなたが成し遂げて、手に入れたもの…その価値を使って。――私の記憶へ辿り着いて…! 私は、あなたが成すことによって…その価値を図るから》
最後。どこかで聞いたような言葉の次に、神の声は薄れていく。
ただ、神の心情が高ぶったのだけはわかった…。
その瞬間、俺の中のざわめきが激しくなったから。
「アァ…アガっ―――ア゛アァ…⁉」
**********
激情の後―――、俺は正気に戻った。
いな、正気かどうかは定かではない。…ただ、意識がはっきりしたというだけ。
先程まで鬱陶しくて、まともに見ることが出来なかったフィオナに、視点が合う。
目の奥がズキズキする。気分が重い。――何かを感じていた。
アレは…俺の感情じゃない。外から入ってきたような、途轍もない激しい感情。
辛く、悲しく、怒りを抱えて。…そして、その奥底に眠る、何か暖かい感情。
経験上から言い換えるなら―――『愛している』
「ヴァルターさん…本当に大丈夫? 具合が悪いなら医者を…」
俺に情けを掛け、人を呼びに行こうとするフィオナに、言葉を覆い被せるように言い放つ。
「……フィオナ、頼みがある。君にしかできないことで…女帝である君の力が必要な…」
「――えっと、」
レイナも、クリスも、ジャックも。あいつらは褒章を貰った。
だが、俺はまだだったじゃないか。…なら、今ここで使わせてもらおう。
「――この帝国に、重要な歴史書だとか、一部の特権階級しか知りえない情報とか…そういう事が隠されている機関は無いか…?」
「……あると思う。帝国の偉い人たちが、情報を保管しているお役所とか。」
「なら――君を助けた褒章として…、俺に『権利』を与えてほしい…! 君が平等に見ると言った劣等民族も、優等民族も…そして、この世界の事も。 どんな機密でも調べられる権限を、君の特命で与えてほしい…!」
俺は、咄嗟に考え付いたことを全て吐きだした。
フィオナは、苦しみから解放された俺の形相に、唖然としながらしばし沈黙。
唐突にこのようなことを言い出せば、それはそうかもしれない。
――だが、そうしなければならない。俺は進まなければならない。
―――俺は、フィオナ女帝と言う一人の少女を、その権力を利用することとした。
そうしなければ…どうにかなってしまいそうだったから。
創造主・エミリオの声によって――。




