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劣等貴族のレクイエム -訳アリ転生の人生劇- (休載中)  作者: 山海ハルト少佐
第四章・劣等の真実編
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65話 エミリオの声

― 崇神王宮 応接室 ―


「改めまして…先日、ヴィクタリア女帝に即位しました。フィオナです…」

「あ、はい。この度はおめでとうございます。」

「――陛下、背筋が曲がっておいでですよ。」


 従者の女性に指導される、金髪碧眼の幼き女帝・フィオナ。

王冠を被ってから、随分と成長したもので。少しばかり、凛々しくなったような気がする。


 崇神王宮へお招きされた俺たち。一般人で、尚且つ平民階級の連中が王宮へ。しかも王族と直々に面会などあり得ないことだ。

無論――それが普通の人間なら。

 俺たちは今や、彼女をお救いした帝国の英雄、となっているらしい。

劣等の俺にとって実に複雑で、皮肉な崇め方ではあるが。

 …一度はこう考えた。『手柄を誰かに譲って、表には出ないように』と。

しかし、クリスやレイナ、ジャックさんの立場を考えると、そうもいかないのが現実。


 事実ではあるが、劣等の疑いを掛けられていたクリスはその身を保証される。さらに報奨金も授与されて。――これで、エミルドの家族の下へ行けるのだ。


 帝国軍人であるジャックさんは、最高位の勲章に昇進。

真のヴィクトル人として、その自信を高めた。


 ―――そしてレイナは。


「クリスさんとファドラー中尉には、もう欲しい物は送ったと思います…けど、そうだよね?」

「はい、陛下。ラビンスキー殿には大金を。ファドラー中尉には昇進と勲章を。」


 未だ、言葉遣いが君主らしからぬ…というか、子供っぽい砕き言葉。

俺が助け出したときの、あの少女の面影がやはり強い。

精神的に逃げ場のなかった少女は、逃げることもできずに泣いていたあの子は、いつの間にか立派な君主に…と、そう簡単にはいかないものだ。


「じゃあ残りは、ヴァルターと嬢ちゃんだな。…はて、最大の功労者であるヴァルターには、どんな褒美が待っているのやら…!」

「――こらっ! なんだその言いぐさは!」


 おこがましい物言いで、俺たちへの報酬を要求するクリス。

…ジャックさんが拳骨(ゲンコツ)を入れたので、まぁいいだろう。


「―――レイナさんへの贈り物は、既に検討済み! ヴァルターさんから事前に聞いていましたから!」

「え…、そうなの?」

「お前にとって一番良い褒美を伝えておいた。…違かったらごめんね?」


 現状、俺の知る一番の贈り物。

レイナの人生、夢に大きく近づくその一歩を所望した…。

――勿体ぶらずに、フィオナ様から直々に伝えてもらおう。


「レイナさんの夢は、〈帝国(ヴィクタリス・)大魔術師(ウィザード)〉になることだと聞きました! だから私、フィオナ女帝の命で―――〈帝国魔術師・候補生学校〉へ推薦を出しました!」

「……え、マジ?」

「マジです。」

「陛下、『マジ』なんて砕き言葉はいけません。」


 予想の斜め上を行った贈り物、だったのだろうか。目を丸くして、意識が飛んだかのようにフィオナの顔を見続ける。

 『帝国魔術師になって、親を楽させたい。両親の誇りになりたい。』

まさか、ブラムナスで俺に語ったこの夢を、俺自身が、しかもこんな形で叶えてやることになるとは…想像もできなかった。

 いや、むしろだ。ブラムナスの評議大会を経てから、そんなことばかりだったかもしれない。

戦争事態も、フィオナを助けたことも。劣等人の紋様も。

血生臭い、頭がおかしくなるような日常。


「…でも、本当にいいんですか? 魔術師候補生学校って超エリート揃いで、上流階級の人たちばかりで、入学すら難しくて…クーベルト人の私が、そんな特別扱いなんて…。」

「特別だからですよ! それに、女帝陛下の命令よ? だから誰にも文句は言わせない!」

「陛下のおっしゃる通りです。――それにパトリシア殿は、候補学校の合格基準である魔力量を大きく突破していますので。その辺は問題ないかと。」


 そう。彼女に実力的な問題はない。

魔術師としては文句なしの、さらに磨きを掛ければより輝く、ダイヤの原石。

 問題はその人種…。これまで〈帝国魔術師〉に選ばれた人間で、下位民族(クーベルト)は一人もいないらしい。

――帝国が、そのヴィクトル人優勢思想から、この人種が表に出ることを忌避していたのだ。

 単純な魔術の質だけなら、ヴィクトル人よりクーベルトの方が圧倒的であるのに。


 ――フィオナは一度静かになる。

はしゃぎ気味なテンションを抑え込んだ。


「…私、そういう古い考え方はもう嫌なの。昔からずっと、我々が絶対だって教えられてきて。だからレイナさんみたいに、自分が悪いって思う人がいる。――でもあなた達がいたから、あなた達の戦う姿を見たから…私は心底、その考え方を払拭する決心がついたの!」

「陛下…。」


 もっと適切な、正しい言葉があっただろうに。

幼い口調で、自分が知りえる話し方で、自分の決意を伝えようと。フィオナ女帝は立ち上がった。

 真剣な面持ちのフィオナを前に、従者も言葉の訂正を忘れて。


「私の代で、この国をもっと良くします! 少なくとも、レイナさんみたいな人が堂々と生きられる国に…みんなが平等でいられる国に! ―――そしていつか、エンティオ人の人々も…。」


 ―――微かに反応する声、そして沈黙の後。俺とクリスの顔が上がる。

ジャックさんと従者は、驚愕の表情を浮かべる。

 クーベルトのみならず、劣等民族(エンティオ人)でさえも平等に。

その言葉がどんな意味を持つか――これまで幾度となく迫害し、追い詰め、生きる価値を奪い続けた民族を、平等と見なしたい、と。

国の安寧を揺るがしかねないような意味合い。それを女帝自ら放った。


「……それがあなたの夢ならば、まだまだ遠い道のりになりそうですね。女帝陛下――。」

「わかっています…でも、大丈夫ですよ。ヴァルターさん?」


 ――レイナは、涙した。何事にも代え難い、その嬉しさの現れ。


「…ッ!――ありがとう…陛下、ヴァルター…。 お父さん…お母さん…、――私やったよ…!」


すすり泣く声が、俺たちを笑顔にした。



**********



「…さて、俺一人を別室へ呼び出して、一体何の御用で?」

「――少し話したいことがあって…。他の人に聞かれちゃいけないこと。」


 鍵を閉める音が響く、遮光された一部屋。

 レイナもクリスも、ジャックや従者さえも人払いして。フィオナは俺だけを呼びつけた。

完全な密室状態、周囲に誰もいないことを確認してまで。

…一体何をそんなに警戒しているのか、俺にはわからない。


「あ、わかった。褒美の事でしょ? それなら…」

「それもそうだけど! …さっき言ったじゃない。エンティオ人も平等に、だとか…」


 その話か…。それをわざわざ、なぜ俺一人にするのだろうか。

俺は自分の正体だとか、それに繋がるようなことを口走った覚えはない。


「――まさか、憶えていないの? あの日の事…私を助け出してくれた時。」

「あの時…? ――もしや、俺が陛下の事『ガキ』って言った事、怒ってます…?」

「そうじゃない! あなた、自分で言ったじゃない! ――()()()()()()()()()()()!」


 ……何の話だ。待て待て、こいつは何を言っている…? 

俺が自分で、エンティオ人だと言っただと⁉ そんな馬鹿げた話があるか…!

この世界で十数年生きて、そんなことを口走ったことは一度もない――断言できる!


 この国で正体を明かすこと、それすなわち〈死〉

それは一番、この俺が理解している。

――何者かに将来がバレたせいで、俺の家族は皆殺しにされた…!


「フィオナ…それはいつの話だ⁉ ―――ッ答えてくれ⁉」

「い、痛い…! そんなに強く掴まないで…」


 我を忘れて、フィオナに掴みかかる。

一刻も早く、その事実を問いたださねば。

…そして、この娘が俺をどうするつもりなのか。それを暴かねば。


「あなたが遊女と戦っていた時…。そう、あの()()()()()()()()…遊女を殺す直前に…!」

「そんなこと―――知らない。まったく記憶にない…」


 思い返す…、あの夜の戦いを。

 俺は結局、遊女に敵わなくて、殺されそうになって…。

―――石を、食った…。 神硝石を――。朧気だが、そこは思い出せる。

()()()()()。それ以降の記憶は…薄い。

記憶が無いのはその後か。…目覚めたときには夜が明け、外にいた。

感覚的には、昏倒していたような感じで。


「…お前はなぜ、俺を殺さないんだ。俺がエンティオ人だと知ったなら…ヴィクトル人である以上、殺すはずでは――」

「言ったでしょ? 私はそういうの嫌だって。…大丈夫、このことは誰にも言わない。」


 誰にも言わない…。口ではそう言えても、フィオナの周りにはヴィクトル人しかいない。

その繋がりで正体が明かされれば…俺だけじゃなく、あいつらも。




《裏切り者…その娘は、ヴィクトル人の王》


 ――――ッ⁉ 

 またこれか…。脳内に響く、エミリオの声――。

頭痛。込み上げる感情。

――貴様は…何を言いたいんだ。

ヴィクトル人と協力するなと…復讐を続けろと?


「あ、あの…大丈夫? 具合が悪いの…」

「フィオナ―――ッ! 少し…黙っていてくれ!」

「ご、ごめんなさい…。」


 意識が侵され、フィオナの声がとても耳障りだ。


《神の運命が…感じている》

「…またいつもの予知か…? 今度は何をほざこうってんだ――」


 声を、必死に振り払おうと。暴言で返そうとしたとき、


()()()は、あなたのすぐ近くに…》

「……ッ⁉ なん…だと⁉」


 内から攻められる、脳内の苦しみの中。その言葉を、俺は確かに聞いた。

 密告者―――ランシュタイン家の正体を知り、『襲撃者を差し向けたであろう人物』。

俺がその存在を知り、長年探し続け、辿り着こうとした…仇。

その人物が、すぐ近くにいると――。そのような皮肉で、馬鹿げた話を神はするのだ。


「―――誰だ…そいつは一体誰なんだ⁉」

《私はそう感じるだけ…。知りたいのなら、私の事を忘れないで。進みなさい。》


 エミリオは以前、こう言った。

私は運命を感じるだけ。未来を見る力は無い――と。

この創造主は…また、運命を示しているのか。

俺に苦しみを与え、その先へ進ませようと…。


()()()()()()しなさい…。密告者の…そして――()()()()()()()()へ近づく、いい手足になるわ。》

「…利用だと」

《あなたが成し遂げて、手に入れたもの…その価値を使って。――私の記憶へ辿り着いて…! 私は、あなたが成すことによって…その価値を図るから》


 最後。どこかで聞いたような言葉の次に、神の声は薄れていく。

ただ、神の心情が高ぶったのだけはわかった…。

その瞬間、俺の中のざわめきが激しくなったから。


「アァ…アガっ―――ア゛アァ…⁉」



**********


 

 激情の後―――、俺は正気に戻った。

いな、正気かどうかは定かではない。…ただ、意識がはっきりしたというだけ。

先程まで鬱陶しくて、まともに見ることが出来なかったフィオナに、視点が合う。


 目の奥がズキズキする。気分が重い。――何かを感じていた。

アレは…俺の感情じゃない。外から入ってきたような、途轍もない激しい感情。

辛く、悲しく、怒りを抱えて。…そして、その奥底に眠る、何か暖かい感情。

 経験上から言い換えるなら―――『愛している』


「ヴァルターさん…本当に大丈夫? 具合が悪いなら医者を…」


 俺に情けを掛け、人を呼びに行こうとするフィオナに、言葉を覆い被せるように言い放つ。


「……フィオナ、頼みがある。君にしかできないことで…女帝である()()()()()()な…」

「――えっと、」


 レイナも、クリスも、ジャックも。あいつらは褒章を貰った。

だが、俺はまだだったじゃないか。…なら、今ここで使わせてもらおう。


「――この帝国に、重要な歴史書だとか、一部の特権階級しか知りえない情報とか…そういう事が隠されている機関は無いか…?」

「……あると思う。帝国の偉い人たちが、情報を保管しているお役所とか。」



「なら――君を助けた褒章として…、俺に『権利』を与えてほしい…! 君が平等に見ると言った()()()()も、()()()()も…そして、()()()()の事も。 どんな機密でも調べられる権限を、君の特命で与えてほしい…!」


 俺は、咄嗟に考え付いたことを全て吐きだした。

フィオナは、苦しみから解放された俺の形相に、唖然としながらしばし沈黙。

 唐突にこのようなことを言い出せば、それはそうかもしれない。

――だが、そうしなければならない。俺は進まなければならない。



 ―――俺は、フィオナ女帝と言う一人の少女を、その権力を利用することとした。

そうしなければ…どうにかなってしまいそうだったから。

創造主・エミリオの声によって――。



 

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