ケーキと紅茶を、レイナと共に
「ふぁぁぁぁ…。凄い!」
「一、十、百、千…それなりのお値段…。」
戦争終結から数週間。経済の疲弊と為政者の暗殺により、帝国は混乱期を迎えている。
しかし、フィオナ皇女が正式な統治者となったことで、内部の不安は治まりつつあった。
俺たちH・Cは、すでに解散している。帝国からある程度の報奨金が支払われたため、彼らは満足してそれぞれの生活に、また戻っていったのだ。正式な軍隊ではない俺たちに、そんな待遇は訪れない物かと思っていたが…、フィオナ皇女の優しさに救われたようだ。
そして現在。俺とレイナは帝都の高級菓子店を訪れている。…約束のケーキの為に。
「まさか本当に約束を果たしてくれるなんて…。ありがとうございます!」
「――本当は地元のケーキ屋がよかったんだろ? ベリーが乗ったやつ…。」
「確かにそうだけど…そんな贅沢言わないって。…街も壊れちゃったし。」
リンクランツの街に入った時、レイナは懐かしい故郷の店を見て回っていた。住民が疎開して、寂しくなった思い出を。
その時、『誕生日になると父親がベリーのケーキを買ってくれた』という店を見つけたのだ。…そして俺は、「落ち着いたら食べに行こうか」と言ったのだ。…その約束は果たせずじまい。街は戦火に巻き込まれ、その店ももうない。
「でもね、両親は無事だったから! …それだけでもよかったよ。」
「あぁ、そうか。この間、会って来たんだもんな。」
「うん。…ヴァルターの家も、無事でよかったね。」
両親との思い出の詰まった、あの故郷を守りたい。その一心で戦いに臨んだ。――結果的に、彼女はそれを成し遂げたのだ。両親と再会し、涙を流したそう。
俺の実家、旧ランシュタイン邸も無事だった。領地のはずれにあったのが、運を導いたらしい。
―ーあの家を破壊されちゃ、調べるものも調べられん。
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「……しけた話はここまでだ。―――さぁ、腹一杯食え!」
「よーし…それでは、いただきまーす。」
「いただきます。」
テラス席。テーブルに並べられるのは、日本円にして一個千円は下らぬケーキたち…。
西方で採れたメローニの果実をふんだんに入れた、フワフワのスポンジケーキ。
グリープの実を使ったソースに、クリームを混ぜ合わせたロールケーキ。
トメットやキュウリバーなどの野菜をメインとしたサンドイッチ。酸味の強い大人の味。
その他もろもろ…色とりどりの食材たち。
そして、紅茶だ。
まずはレイナ。初手から果実クリームを一口…。
「んんーーーーーーー! 美味しい…。」
「おぉ…こりゃすげぇや。そこにすかさず、紅茶を…。」
うん! 糖分が脳を破壊しようとしたところを、紅茶の渋みが丁度良く中和してくれる…。
これは美味い。確かに美味いが…欲を言えば、苦めのコーヒーが欲しい。
「うむぅ…。メローニが口の中で溶けるぅ…。」
「美味い美味い。流石は高級店! 金かかってると違うなぁ…。」
「――お金の話やめない? 純粋に楽しもうよ。」
「……すみません。謝る、謝るからそんな怖い顔しないで。」
続いてロールケーキ。口に入りきらんほど、豪快にナイフで切り取り…
「――はぐっ…。んんーーーーー!」
「すっげ、一口で行きやがった。」
「むふふぅ…最高…!」
一口、また一口…レイナの胃に吸収されていく。あっという間に無くなった。
こいつ、小柄の割に結構食べるんだよな。流石は、自称・貪欲な女。
…しかし、本当に美味い。
ケーキの上のみならず、スポンジの内部にまで敷き詰められた果実。口に入れた瞬間、驚くほど甘い果汁が濃厚なクリームと合わさり、俺の脳を幸せホルモンで支配する…。
さらに飲み込んだ後、鼻を抜けるほのかな香り…。これを美味いと言わずして、何を美味いというのか。
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ケーキと紅茶を交互に楽しみながら、口元にクリームをつけて無邪気に頬張るレイナを、ただ静かに眺める。…やけに不思議な気持ちだ。なにか、新鮮な感情。
ふと、レイナは食べる口を止める。
「…意外と、初めてかもね。二人きりでゆっくり食事なんて。」
「あぁ…。言われてみれば確かに!」
そうか。この新鮮な感情は、これが原因か。
俺たちはそれなりに長い時間を共にしている。故郷を、学校を、評議大会を、戦場を。むしろ、幼馴染ともいえるかもしれない。それなのに、この感情。
今までこういうことが、何気に無かったのだ。お互いの慣れない雰囲気を、微かに感じていたらしい。
「…男女、長い付き合い、二人きり、お茶する…。」
俺はふと、こんなことを考えた。何故だかわからないが、不意に頭に浮かんだのだ。
「―――これって実質…デートでは?」
「……はへ?」
俺はこの時、自分がどんな意味合いを持つ発言をしたのか、よく理解していなかった。
見る見るうちに、彼女の顔が、エルフ耳が紅潮していく。
「――いや…いやいやいやいや⁉ デデ、デートだだなんてそそそんな⁉」
「え…違うのか? 世間ではこういうシチュエーションを…。」
「い、いやデートと言うのは…! …それはまぁ、こういうシチュエーションももちろんそうなんだろうけど…⁉」
「はへぇ…? じゃあ何だってんだ。」
完全にしぼみきり、ケーキの果実のように真っ赤になった顔を、その碧い髪で隠して。小さく、掠れるような声で呟いた。
「…デートっていうのは…! こ、恋仲の男女がするものであって…。」
「………あ。」
失言。そして、己の間抜けさを嘆いた。―――俺は一体…なんてことを抜かしたんだ⁉
さらに俺のこれまでの記憶が、羞恥心をさらに締め上げて、増幅させる。
皇女奪還の際、俺がレイナを強く抱きしめたこと…。あの時のセリフの数々。
そしてブラムナスで…。『一緒に生きよう』と、彼女が言ったこと。その言葉が、自暴自棄になっていた俺を引きずり戻してくれたことも…。
「――あぁいや⁉ 今のは決してそういう意味で言ったんじゃ…!」
「……うん…。」
―――やらかした…。
「…ケーキ、食べようか…。」
「……うん。」
終始和やかに、とはいかず。気まずい空気、両者共に赤面しながら、残りのケーキに手を付けるのだった。




