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劣等貴族のレクイエム -訳アリ転生の人生劇- (休載中)  作者: 山海ハルト少佐
第三章・南北戦争編
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62話 逃げ場なんてない

「あなた…誰?」


 ギシギシと音を立てて開かれた、自身の棺桶。

フィオナの目に入った光は、箱を開けた男のシルエットを作り出す。

外は薄暗かった。しかし、箱の中にいたフィオナの目に馴染むには、少し時間がかかった。


「――フィオナ皇女だな? …やっと見つけたぞ。」

「…私を、どこへ連れて行くの? ――いや…! もう怖いことしないで…!」

「おい、落ち着け…! 俺は、君を助けに来たんだ!」


 狭い箱の中で、ジタバタと暴れる。

差し伸べられた手が、奴らから植え付けられた恐怖をフラッシュバックさせ、フィオナから理性を奪っていく。

しかし、彼は振り払われたその手を、何度も何度も差し出す。


「どこへ連れていくかって…? 強いて言うなら、君の故郷(サンクトバタリアン)だよ。」

「――私の…故郷?」

「あぁそうだ! 皇女様専用の、とびきりフカフカなベッド。それに温かい食事もあるだろうぜ…。だから安心しろ。」


幼い少女の後頭部に、ゆっくりと手を掛けた彼。

ぎこちない微笑みを見せ…、錯乱する少女を必死にあやそうとしているのだ。


「――ここは危ない…さぁ、行こう。」


 そう言って、彼の大きな手に抱きかかえられた時だ。

一瞬ずれた頭が、仰向けになったフィオナの視界に、天井を映す。

――そこに見えた…女の影、刃の光。


「―――ッ危ない…!」

「なに…⁉」


 その女は、彼の背中目掛けて降って来た。

フィオナは強い引力を感じた。彼がフィオナを抱きかかえたまま、大きく転がったのだ。


「……ッ、南軍か!」

「―――その通りよ。…厄介なネズミさん、まさかここまで辿り着くとはね。」

「女兵士…。お前が『遊女』って奴か?」

「そうよぉ。坊や、今の攻撃を避けるなんて凄いわ! お姉さんが褒めてあげる。」


 彼をジロジロと…舐めまわすような目で見る遊女。

フィオナはその女に、これ以上ないほどの恐怖心を抱いた。

奇妙で、残忍で、時折見せる優しさが、心に不快感を残す。

――この女こそ、フィオナを誘拐した張本人である。

崇神王宮から連れ去り、親子と偽って馬車に乗せられ。終いには物資の箱に詰められた…。


「坊や…お姉さんと遊んでくれない?」

「生憎、俺はそういう趣味じゃないんでね。…それに、そんな物騒な物出されちゃな。」

人の獲物(フィオナ)を盗みに来ておいて、図々しい男ね…。簡単には帰さないわよ?」


 そういう遊女の手には、長い鎖…。と、それに繋がれた鎌。

美しい色合いの洋服には、いくつもの金属片が巻き付けられている。

遊女はその刃先に、下を滑らせる。


「フィオナ様よ…少しだけ離れていてくれ。」

「あ…あなたは?」

「俺は大丈夫だから、身を守ることを考えろ。…君に死なれちゃ困るんでな。」


 フィオナは言われた通り、おぼつかない足取りで、この二名から距離を取った。

小さな体を守った、その大きく温かい手。その手は今、武器を取る。


**********


「――魔石龍…また頼む。〈イグニッション〉!」

「きゃっ…⁉」


 開幕早々、ライフル弾をお見舞い。

魔石龍の血を吸い、聖因子が溢れ出して、赤く発光する銃身。

恐らくアサシンタイプであろうこの遊女は、流石に予想できなかっただろうか。この弾速。

ライフル弾は避けられず、命中した…。しかし、


「…すっごい。あなたのその武器、その威力と速度はどういう理屈なのかしら。」


腕装備した籠手ナックルガードによって防がれた。

銃弾が当たって煙が立つ腕を見ながら、遊女は満面の笑みを浮かべる。

 俺のような遠距離タイプは、室内の限られた空間では不利だ。

だから…撃てる限り撃つ!


「もういっちょ…イグニッション!」

「――はい!」

「イグニッション…!」

「アッハハハ…。いいわぁ。」

「あぁもう――! イグニッション!」

「おっとっと…。」


四発目でようやく、遊女の進路を読めた…!

体勢を若干崩したのを、見逃すわけにはいかない。


「しめた…〈フレイム グレナディア〉!」

「今度は魔術かしら? ―――それっ!」


 銃声よりも半端じゃなくデカい、グレネードランチャー並みの技。

弾丸を肥大化させた火の玉は、間違いなく遊女の軌道を捉えたはずだ…。

なのに、防がれた。いや、斬られたのか…!

子供の手をあしらうかの如く、グレナディアは鎖鎌によって無力化されてしまう。


「マジかよ…! ――装填を、」

「あら、もう止まっちゃうの? なら…今度はこっちの番よ!」


 装填の隙を狙い、遊女は踏み込んできた。ステップが早い、細くて身軽な体。

鎖のジャラジャラと鳴る音が、風を切って接近してくるのを感じる…。

――弾丸のクリップを取り出し、薬室へ焦りながら送り込んだ。


「――フレイム バレット!」

「今度は普通の魔術ね! …でも質があまりよくないわね。」

「黙れ…! ――頼むから当たってくれ…。」

「よっと、ほいっと…アッハハハハハ…!」


 イカレてやがる…この女!

狂おしい笑顔で弾幕を避け続け…、鎖鎌を振り回す遊女。

俺の目には恐怖にしか映らない…!


「――それっ!」

「……ッ!」


 直線距離にして数メートル。投擲された鎖鎌は、遠心力によって伸びる。

それは俺の肉に嚙みつかんとばかりに、容赦なく降り注ぐ…!

咄嗟の判断。俺は後方に一歩、跳ぶ。


「まだよっ!」


 初撃は回避できた…、だが次は無理だ!

遠心力で引き戻された鎌は、その勢いを殺すことなく、再度俺へ。

それはライフルに絡みつく…。同時に、引っ張られる感覚。

俺は必死に喰らい付いた。…ライフルを手放すわけにはいかない!


「―――フンッ!」

「まずい…近づかれた…!」


必死の抵抗虚しく、その距離が目と鼻の先まで縮んだ。

まずい…鎌が来る―――。  …咄嗟に、ライフルを横向きにして対応。

近づいて緩んだ鎖を利用し、鎌に刺されることだけは何とか避ける。


「いい判断ね…。ただ、それもいつまで持つかしら!」

「チクショウ―――、オラァ…!」


 取り回しの悪い銃剣で、鎖鎌相手に立ち回るのは無理だ…!

俺は腰のホルスターの手を掛け、ピストルを取り出す。

〈イグニッション〉…近距離で響く発砲音。――一発だけが遊女に向かう。


「きゃっ…! ――危ない…けど当たらないわよ。」

「クソっ…どんな反射神経してんだよ!」


この距離でかわされるとは、俺も予想外だ。いや、狙いも雑だったかもしれない。

だがしかし、いよいよもって当たる気がしなくなってきた…!

〈イグニッション〉〈イグニッション〉〈イグニッション〉〈イグニッション〉

ピストルに弾が残っている限りは、とにかく撃ち尽くすまで撃つ…!


 距離を突き放すことはできた。が、中途半端に間が開けば、そこに鎌が飛んでくる…!

…いい加減、腹を括った方がよさそうだ。今一度、魔石龍の血を呼び覚ます。

銃剣に因子が宿り、炎魔術が展開。


「―――うお゛ぉ゛ぉぉォォォォ…!」

「アッハハハ…急に元気になっちゃって! いいわ、その意気よ…!」


 双方、超至近距離まで接近…。銃撃では埒が明かないのだ。

こちらも出血覚悟で、接近戦に臨むしかない。

この戦争で体に染みついた銃剣術を、遺憾なく発揮する時だ。


魔石龍の血肉が宿った炎を、鎌に追随するように振り回す…。

腕の筋肉がはち切れるまで、魔力が完全に尽きるまで。

このクソ女と俺、どちらかが倒れるまで討ちあう…!


**********



「―――ッ危ない…!」


 咄嗟に声を荒げたフィオナ。物陰に隠れ、《《彼》》と遊女の戦いを見守っていた…。

生まれて初めて見る、本物の戦闘。人間と人間の殺し合い…。

教科書で教えられるよりも、帝国騎士の英雄譚を聞くよりもよっぽど…恐ろしい。


「…ガっ⁉ ア゛ァァァ―――⁉」

「あら残念…しっかり喰らっちゃったわね。」


 彼が武器ライフルで、鎖鎌の軌道を抑えたとき…、その鎖が屈折した。

疲れが見え始めていた彼は、それを読み切れない…。――屈折した鎌が腕に突き刺さる。

喉奥から湧き出したような、彼の苦しむ声。

それを見た幼いフィオナの衝撃は、計り知れない。


「まだだ…、―――グレネード!」

「キャア…ッ! …今度は何よ。」


 床に叩きつけられた瓶が、破裂音と共に爆発する。

その破片が煙に押され、さらに撒き散らされ、遊女の皮膚にいくつか食い込む。

――彼が初めて、遊女に一矢報いたのだ。


 その煙の中、遊女の背後から彼の姿が。炎の宿った剣を突き出し、一撃を加えんとする。


「―――そこだ…ッ!」

「やるようになったじゃない…! …でも無駄よ。」

「…な―――ッ!」

 

 その攻撃に向かって、遊女が投げ出す金属片。洋服に纏わりついていたもの。

投げつけられた複数個が…突進するを迎え撃った。―――その瞬間、飛び出す血。

もうフィオナには、見ていることすら出来ない。


「…ガハッ――! ……手裏剣…か?」

「あなたは事を甘く見過ぎよ。…でも、面白い道具を使うのね。ま、そんなもので私を殺すことなんて無理でしょうけどね! アハハ…。」

「グ…グゥ゛ゥ゛ゥゥゥ…!」


 歯を食いしばり、立つ姿勢を維持する…。だが、動きが鈍ってしまった。

嘲笑する遊女が、鎖鎌を容赦なく振るうのだ。――彼がそれを避けることはできない。

遠心力で威力が増したその刃は、胴を斬り、腕を斬り、首に巻きつく…。


 彼は…その腕で武器に弾を込めていた。その時ふと、フィオナの方を向き…。


「――逃げろ…!」

「……え?」

「――ッ早く逃げろって言ってんだよ! 聞こえてんならボケっとするな…!」


 途切れそうな声で、彼は必死に訴えた…!

涙の浮かんだ目で、光が戻らないフィオナの表情を見る。そして叫ぶ…!


「俺は…君を助けるためにここまで来たんだ! ――君が消えたら…帝国は負けるんだぞ…⁉」

「…で、でも――!」

「…アッハハ! 坊や、あなたは強いわね! 自分が死にそうだってのに、この子の心配⁉」


嘲笑する遊女…。その言葉を聞いたとき、次第に彼女の表情も、声色も、変わっていく。


「…でもその通り。私はこの娘を連れ帰って、任務を完遂する! それが私の価値よ…!」

「……何が、お前をそこまで駆り立てる…⁉ 祖国がそこまで大事か…?」


「別に…そんなのわかんないわよ! 生まれたときからずっとそうだもの! 帝国は悪、正義は私たちにある。真のヴィクトル人は我々だって、そう教わって来たから!」


 鎖を握る手を一層強め、血相を変えて訴える遊女。

…自分たちにも感じることがある。なぜなら帝国は、


「あなた達だってそうでしょ⁉ 生まれたときからずっと、《《劣等民族は悪》》って教わって来たんじゃないの!」


 劣等の迫害。そう、フィオナが皇女として生まれたヴィクタリア帝国も、まさにそうだ。

その狂信的な当たり前が、帝国人を駆り立ててきたのだ。


「――だから坊や…早く死んで? 私に、この娘を連れ帰らせて?」

「フィオナ…逃げろ…、」


 その訴えに…フィオナは動いた。しかし、逃げ足ではない。

皇女としてではなく、フィオナと言う少女の口が。



「私に…私に逃げ場なんてない―――!」

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