51話 ディタレンサー
ー リンクシュタット ー
戦場に響く男たちの声。
駆ける騎馬隊の、馬の音。
アルザスが所属する特別師団が撤退した後、南軍へ突撃を開始したグランドル近衛連隊。
シュタウゼン大佐が先頭に立ち剣を振るい、敵の側面へ回り込むことに成功したのだ。
「第一大隊は私と共に中央へ突貫! 第二大隊は敵の展開を阻害するのだ!」
「うおぉぉぉォォォォ…‼」
固まる敵歩兵の中へ突っ込んでいく騎士たちを止める術はなく、敵兵は馬と剣によってミンチにされていく。
急ぎ態勢を整えるように指示する現場の指揮官。
「帝国軍め…狂ったか⁉ 対騎兵陣形を取れ! 急げぇ…!」
指揮官の周囲にいた兵士は、対騎兵用の陣形を展開する。
が、帝国軍最強の部隊にそんなものは通用しない。
「エンシェント サイクロン…!」
「エクスプローシブ アクア」
「スパーク ディープチャージ」
一人の騎士が上級の風魔術により、敵の最前列を崩す。
次に続く騎士が、水流の爆発とその圧力によって敵を攻撃。
それにより大量の水が付着した敵を、雷の爆撃によって木っ端みじんまで焼き尽くす…。
「――ギャア゛ァァァ…⁉ アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…!」
「痛い…痛い痛いィィィィ―――⁉」
泣き叫ぶ兵士。響く断末魔。
一瞬にして多くの兵士が灰になった。
それを難なくやってのける、精鋭中の精鋭たち。
「帝国近衛騎士である」と言う誇りが、彼らの連携をより強固なものとしたのだ。
「ハッハッハ…! 私も部下には負けておれんな…。――ヤァ!」
『ピィィィィィン…!』
愛馬の力を奮い起こし、シュタウゼン大佐は敵の奥へ、奥へ奥へと進む。
雑魚など相手にしない…。もっと大きなものを、大佐の剣は欲する。
「…この輝かしい部隊の長となれたこと、神に感謝しよう…。そして今、その名にふさわしい戦果はただ一つ…、敵将の首のみ‼」
しかし、行く手を阻む敵は現れる。
重装備を抱えた魔術師、剣士、槍兵が大佐の進路に立ちふさがった。
その数、一個小隊。
「ここは通さぬ…、フリージング バレット!」
「デフォーム ウォール!」
「フレイム スピアヘッド」
岩の障壁、氷の弾幕と炎の槍を展開された。
どうする…迂回するか。それともこのまま直進か。
大佐はどちらが効果的、かつ時短になるかを考えていた。
そして、結論は…
「――突撃あるのみ…! 若いもんにはまだまだ負けん!」
「放てッ…!」
大佐がとち狂ったかのように突撃するのを見て、敵も弾幕により応戦する。
しかし、愛馬と一心同体ともいうべき、その巧みな馬術は見事な物だ。
攻撃がそれていくかに見えるほど、軽々と容易に回避を繰り出す…。
「――我が剣に、神のご加護があらんことを…! 〈ディバイン ウェイブ〉」
大佐が振るう聖剣から溢れだす、水魔術の波。
ディバインと名付いた最上級の威力を持つ魔術。
大佐が宿す大量の聖因子が、一瞬にして敵の息の根を止めた…。
「どうした…そのような非力さで、我がヴィクタリア帝国の地を踏み荒らそうなんぞ、300年早いわッ‼」
勢いを殺すことなく突進し、難なく敵の防御網を食い破った。
その先に続く道、そこに立ちふさがる敵も、この男からすれば蟻を踏みつぶすようなものである…!
「囲め…囲めッ! 騎馬隊の動きを封じるのだ…!」
「無駄だ…、〈ディバイン テンペスト〉」
最上級の風魔術と、水、初級雷魔術による合わせ技。
大佐を包囲しようと試みた敵の精鋭を、人工の暴風雨で消し飛ばすのだ。
風による行動の阻害、降り注ぐ軽い雨、その雨を伝ってくる雷撃。
シュタウゼン大佐含め、グランドル連隊の隊長格メンバーは〈歩く災害〉。
このような大惨事が、敵軍へ突撃した各中隊から巻き起こされていた。
ついでに言っておこう。
シュタウゼン大佐は、優れた騎士や魔術師を輩出した〈十三騎士族〉の生まれでもなければ、上流貴族でもない。
ただの平民家庭の出身だ。しかし、第一回の評議大会でその才覚を見せ、ここまで上り詰めてきた。
その剣と魔術の才能を神から与えられし、バケモノである!
「どうした愚民ども…! 戦いは始まったばかりだ、死に物狂いでかかってこいッ!」
――――――――――――――――――――
「おうおう…やっぱり恐ろしいなぁ、大佐殿は。」
敵戦列を迂回し、別方向へ進路を向ける第二中隊。
率いているのは十三騎士族、アルグレイ・T・ヨースター大尉。
この男もまた、魔石龍の頭を一撃でぶった切るバケモノである。
「私も十三騎士族として、勇ましく戦わなくては。早く戦闘を終わらせて、アルザスの安否を確認したいしねぇ。」
ブツブツと独り言を唸り、目標が現れるであろう方向へと隊を率いる。
リンクランツを前面で守っていた友軍を壊滅させた、あの目標。
それが第二中隊の目に移るまで、さほど時間はかからなかった。
「大尉殿、見えました。アレが例の魔獣兵器ですね…。」
「おやおやぁ…随分とたくさんいるもんだ。アレは確か…ゾウという生物だったかな?」
「大陸南部のみで生息する魔獣ですね。」
揺れる騎乗で、部下と雑談交じりの状況報告を受ける。
お喋りな性格は、戦場でも変わらないらしい。
「やはり…前線部隊への増援に魔獣を向かわせてくるか…。大佐殿の読みは当たったな。」
「アレが街へ攻撃したら…それこそ厄介ですね。」
「だからこそ、私たちがここで食い止めるのさ。」
アルグレイは一度、部下たちの様子を見回す。
自分たちの作戦と、役目を理解しているかどうか。
「うん、みんないい目をしている! では…魔獣の首を斬り落とすとしようか。」
「――総員、構え!」
進行方向を変え、魔獣部隊に向けて馬は走り出す。
敵に死を与えるために。
最強の名を、世界の歴史に刻むために――
『オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオォォォォン…ッッッ‼』
魔獣たちとの距離が、数秒と経つごとに近くなっていく。
そのたびに高ぶる彼らの鼓動。
「我が剣、我が同胞たるこの勇士たちに神のご加護があらんことを…! ――かかれッ!」
「ヴィクタリア帝国万歳!」
アルグレイのロードレクイエムが、再び火を噴く…!
「――エンシェント イラプション…ッ‼」
アルグレイの剣先が敵に触れたとき、その瞬間から、敵にとっての地獄が始まった…。
自慢の魔獣兵器がいとも簡単に斬り裂かれていく光景…。
跡形も無くなるまで、魔術で焼き殺される兵士。
「――エンシェント インフェルノ」
この男だけで地獄を創造できる。そう言ったら、それは言い過ぎだろうか?
いや、まさしくその通りだ。
現に、今まさに地獄絵図だ。
「――よし、とりあえず3体仕留めた…。数えるのが面倒になってくるよ。」
最強の騎士で構成された、最強の部隊。
彼らが唯一抗えない、勝てないものがあるとすれば…それは創造主たる神か何かだろう。
――――――――――――――――――――――――
― 戦闘開始から2時間が経過 ―
戦場の一帯には、南軍兵士の死体が山ほど転がっている。
肌で感じられるほど濃くなった聖因子の濃度。
死体へ群がっていく虫や、骨肉をついばむ鳥。
数時間前までは豊かな景色が広がっていたリンクシュタットは、今や見る影もない。
ここだけではない。
そのさらに南へ進めば、壊滅させられた帝国軍兵士の死体で溢れかえっているのだ。
アルグレイ・ヨースターは、一瞬でも早くその死体の山を見に行きたかった。
その中に弟がいるのか、いないのか。
混乱した戦場では、直接その目で確かめるしかない。
「大尉、見事な働きだった。諸君らも素晴らしい戦いぶりだったぞ。」
「恐縮です、大佐殿。あなたこそ、まるで人外のバケモノのような強さでしたよ…。」
「それは褒めてるのか?」
ゾウ部隊を一瞬で蹴散らしたアルグレイとその部隊は、敵の本隊と交戦していたシュタウゼン大佐と合流した。
大佐の手にはしっかりと、敵軍指揮官の兜が携えてある。
敵軍は街への攻撃を断念し、全滅を避けるために退却していった。
グランドル連隊の損害は、騎士が3名戦死。その他数人が負傷。
まさに完全勝利である。
これにより、一時的ではあるがリンクシュタットの防衛に成功。
帝国軍は勝利したという歓喜の声が、戦場に響き渡った。
「しかし、これは敵の第一波に過ぎない。まだまだ敵は攻めてくるだろう。」
「はい、ですから油断はできませんね。」
とは言いつつも、両軍ともに戦闘を再開できる余裕はなさそうだ。
「日没まではまだ時間がありますが…休息は大事です。」
「そうだな。一度、前線の兵たちを休ませてやるとしようか。」
そう言うと大佐は、いつもの伝令兵を呼びつけて、
「――君、ゼスタ元帥へ連隊の現状と、休息を必要とする旨を伝えてきてくれ。」
「はッ! 了解いたしました!」
正直、この部隊でピンピンしているのはシュタウゼンとアルグレイくらいである。
なぜなら騎士たちが戦闘で使用する魔力は、一般の戦士よりも絶大。
よって、大した持久力はない。
魔力量がイカレているシュタウゼン&アルグレイは、異常なのだ。
「諸君…休みと聞いて安堵するのはいいが、油断だけはしないでくれよ? いつ敵が来るかもわからない。」
大佐は脱力する騎士たちに向けて、念を押して言い聞かせてやった。
しかし無理もない。彼らは朝食はおろか、昼食も食べていなかった。
いくら精鋭の騎士とは言え、腹は減るし便も出る。
それ以上に、「勝利した」という慢心があったんだ。
「慢心は人間の最大の敵…、そんなことをヴァルター君が言っていたかな。」
ーーーーー
「シュタウゼン大佐殿―――!」
「どうした?」
突然の出来事だ。
少し離れた南の方で、警戒に当たっていた連隊の者が大佐を呼んだのだ。
呼んだのは向こうだが、上官に出向かせるのはマナー違反なので自分から報告に走る。
「――南より、謎の集団が接近しています…!」
「なんだって? 敵さんはもう反撃にやって来たってのか。」
大佐の憶測を聞いて、ぐったりしていた騎士たちはすぐさま体を起こした。
精鋭は戦闘態勢への移行も迅速なのだ。
しかし…伝令兵はオロオロしながら言葉を続け、その憶測を否定する。
「いえ…敵陣の方角からやってきましたが、敵には見えませんでした。なにせ武器も何も持っていないものですから…。」
「なにぃ? それは確かなのか?味方を見間違えたのではないのか?」
「――そんなはずはありません! あ、でも…白旗を掲げていました!:」
「おい、それを先に言わんか!」
白旗…それは戦場において〈降伏〉を意味する。
この状況なら、戦意を失った敵が降伏したと誰もが思うはずだ。
だが、アルグレイはまた違う意見を示す。
「伝令兵、その集団の規模は?」
「ええと…、20人くらいだったと思います…。」
「ふむ…。」と、手に顎を乗せて考える素振りを見せる。
「――大佐、もしかすると…戦闘に巻き込まれた民間人かもしれません。国境からリンクランツまでは、いくつか村がありますし…。」
「なるほど、可能性はあるね。…よし、確かめに行こうか。」
―――――――――――――――――――――――
「本当だ…、白旗を掲げている。」
「あの様子からして敵ではなさそうですね…。報告通り武器は持っていません。」
馬を走らせ、近衛連隊の約半数は現場へ向かった。
目を細めて、煙にまみれた平地の向こうを望む。
確かに、何らかの人間が集団で、こちらに接近しているのが見えた。
しかもそれが敵でも見方でもない。まさに謎の集団。
ただ、報告はほとんど正しかった。
白旗を掲げているという事は、戦意がないと証明すること。
仮にこれが、敵の仕向けた罠だとする。
歴史的にも、降参したフリをして、油断した敵を殺すというのはよくある話だった。
しかし、相手がグランドル連隊であっては話は別だ。
牙をむいた瞬間、全員もれなくぶっ殺される。
「――大尉、あの白旗…何か文字が書いてないか?」
「え? …あ、あぁ本当ですね。なんて書いてあるんでしょう…。」
さらに目を凝らし…白旗から浮かび上がる黒い文字を読み上げる…。
「神よ私たちを…、罪なき私たちをお助け下さい?」
「――どうやら民間人で間違いないようですね。諸君、直ちに彼らを保護せよ。」
「はっ!」
「大尉…! 判断が早すぎやしないか⁉」
アルグレイが大佐よりも先に、部下へ命令する。
あまりにも早く断定したもので、大佐は不安感を抱いていた。
しかしそれを咎めようにも、アルグレイはこう返すんだ。
「大佐、旗に刻まれたあの文字に見覚えはありませんか?」
「見覚え? …神よ、罪なき私たちをお救い下さい――」
「あの言葉は300年前の三神戦争で、民が戦に巻き込まれぬように、旗に刻んだ言葉ですよ。…どこかで教わりませんでしたか?」
「…すまんね! 君と違って、こちとら教養が無い身分だから。」
幼少から英才教育を受けてきた、上流貴族のアルグレイだから気付けたのだろうか。
「戦火から逃れてきた者たちなら、我々には彼らを保護する義務があります。」
「…わかった。――行こうか!」
なんにせよ、根拠を示されたシュタウゼン大佐はそれを信じるほかない。
シュタウゼンとアルグレイ、部下たちに続いて二人も集団へと馬を走らせる。
「なんだ…どうにも胸騒ぎがする―――。」
ーーーーー
「――止まりなさい! …君たちはどこの人間だ?帝国の領民かい?」
集団へ駆け寄った大佐は、その先頭に立つ人物へ声をかけた。
馬に乗ったまま問い詰めてくる大佐を、その人物は刃物のような鋭い目で睨みつける。
警戒しているのだろうか…。
そう感じた大佐は、相手の心を開かせることにした。
「えー、私は帝国騎士軍のフロンズ・シュタウゼン大佐だ。…見たところ君たちは兵隊ではなさそうだね。」
「……。」
その集団は、一言も喋らない。
しかし、とても戦いに来た敵には見えない。
よく見れば彼らのほとんどは痩せこけていて、中には女まで混じっている…。
気味の悪い光景だ…。
「その白旗はなんだ? 私たちに助けを求めているのかい?…仮に民間人ならば、私たちが保護することも可能なのだが…。」
アルグレイがずっと黙り込んでいる彼らに、強めの口調で問いただした。
いや、この男の口調は基本的に強めだ。
その言葉の後、集団の一部がグランドル連隊を見回すのだ…。
ゆっくりと…舐めまわすようにジロジロと。
「――グランドル連隊…。教えられたとおりだ、凄く偉そう…。」
「なに…? なぜ君たちが我々の事を知っている⁉」
思わず、大佐もアルグレイもゾッとなった。
実に君の悪い連中で…不可解な現象だ。
なぜならこんな辺境の領民が、グランドル連隊を見ただけでわかるはずがないのだ…!
「ヴィクトル人の…優等の象徴…。私たちを苦しめる象徴――‼」
「お前たちのせいだお前たちのせいだお前たちのせいだ……」
「返してくれ…両親を…息子を…」
「な、なんなんだ…なんなのだこいつらは…⁉」
グランドル連隊全員、これ以上ないほどの恐怖を感じた。
精神的なものを含め、遺伝子の底から湧き上がる本能的な恐怖…!
「優等なんて…みんな死ね…」
===== ディタレンサー =====




