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劣等貴族のレクイエム -訳アリ転生の人生劇- (休載中)  作者: 山海ハルト少佐
第三章・南北戦争編
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45話 始まりの地で

静かだ…。

風の音は騒々しく、遠くの街から響く生きた人間の音がしているのに、とても静かに感じる。

これからこの地で始まるのは、人間が行う最も愚かな所業である。

なのに俺は、俺たちは妙に落ち着いていた。


幼き頃に通った道、微かに見覚えのある風景を辿り、俺たちは南進している。

この道を辿ればこれ以上ないほどの憎しみ、苦しみ、悲しみを思い出すのかと思っていたのに、俺は落ち着いている。

殺すという動作に慣れ過ぎてしまったのだろうか。

この狂った価値観の世界で16年も生きているから。


「ヴァルター…もうすぐだね。 懐かしい?」

「そりゃな。…この道、両親が生きていた頃に一緒に歩ったよ。」


レイナが俺の肩をとっつく。

一見すると無邪気で故郷を懐かしむ少女だ。

だがその表情は、俺の様子を伺っていた。苦しくないだろうか、これでよかったのだろうか…と。

俺の事情を知る人間ならではだ。


俺の一歩後ろからはズシズシと、体重90キロはあるであろう大男の足音が聞こえる。


「ここが…ヴァルターと嬢ちゃんの故郷か…。」

「クリスよ、あんまりいい所じゃねぇぞ?」

「なに言ってやがる。俺の村に比べたら全然マシだろうがよ。」


クリスが自分の故郷を卑下し始めた。

田舎民あるある、自分の故郷を非文明呼ばわり。

確かに原始時代みたいな自給自足の村だったが…。

そりゃ劣等民族が隠れて暮らす村だ。ヴィクトル人の社会と交易なんて滅多にできない。

むしろそんな状況でよく、クリスは学校なんぞに行かせてもらえたとも思う。


それらはすなわち帝国の、世界の歴史が生んだ負の遺産の一部なのだ。


クリスが大剣を担いでノシノシと、俺の隣に並んだ。

結果、俺をレイナとクリスが挟んで歩く構図になった。

――三人で横並びにこの道を…、、



「――あぁそうだ…俺は帰って来たんだ…っ‼ 始まりの地・リンクシュタットに‼」



脳裏に一瞬よぎったビジョンを搔き消すように高らかと宣言した。

俺がこの世界に転生し第二の人生を授かった地であり、前世で得られなかったものを手に入れるはずだった場所でもある。

運命の因果か、原点回帰と言うべきか。


微かに思い出す。かつて同じような構図で、この道をあるった時の記憶を。

幼い俺の横に並んでいたのは…父のアンソンと、母のミアだった。

我が家への帰路。その家には祖母のマルガレーテ、使用人のメソッドさんが待っていた…。

目に見えて、幸せな家族のシチュエーション。

人格だけは二十歳を越えていた俺だが、それはもの凄く新鮮で美しい構図だった。

前世で親無し施設育ちの俺にとって、こんなのは初めてだったから。



「でもこの道は…俺がたった一人、エミルドに向かった時にも辿っている。」

「あ、…それは、、、」

「今更気なんて使わなくていい。…家族全員が殺された直後の話だよ。」



――感傷に浸りすぎたかもしれない。

負の感情を表に出して、場の空気を悪くしてしまったようだ。


 気を取り戻すためにゆっくりと前を向き…背負った新型ライフルをギュッと握りしめた…。

そして自分の来ている制服を、強く意識しながら見る。

()()()()()()()()()()()()を基調とした帝国軍服の改良品。

胸元のネームプレートには部隊名である〈H・C〉と記載され、個人ごとの名前を刻んだ。

自分がたどり着いた場所、運命に敷かれた今辿っている道。

そして、自分自身で作り上げた結果だ…!

それが今、形として表れている…!



俺は少し小走り、自分の後方に続く戦列を眺めた。

俺たち三人の後ろに、同じ制服を着た新しい仲間がいる…!

目の前にいる仲間は俺を見てニコリと…、

その隣にいる者は俺に小さく敬礼を施した。

先頭の面々の隙間から、さらに後ろの顔まで見える。

そこからさらに後ろ…、高低差を稼いで背伸びをすれば、さらに後ろの列。


帝国軍に従わず、守りたいものだけを守れる。そんな状況を作り出したかった。

その技術力に見合った用兵術に、単体である程度の戦闘行動が可能な()()()()()()


()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()() 今、リンクシュタットに進軍中。



何人だ、俺の呼びかけに何人が集まった。

正確な人数は把握しきれていないが…ざっと500人くらい。帝国軍なら一個大隊ってところか。

それだけの規模の人間が、俺が考案した制服、俺が設計し生産したライフル、俺の考えた編成でついてきたのだ…!

自分で言うのもなんだが、クリスの言う通りかも。

俺には人を率いる才能か何かがあるのかもしれない。



帝国軍に従いたくないがために、「帝国の危機!」や「祖国は君の協力を必要としている!」なんて文言を並べたビラを撒き、()()()()()()()()()()()()()()

愛国者ばかりの帝国民、特にプロパガンダの影響が顕著に出がちな都市部出身者はよーく喰いついた。

特に俺には〈帝国栄誉勲章〉、〈評議大会の功績〉、〈魔石龍討伐〉なんかのアピールポイントがバッチリついている。

これを存分に活用しない手はない。

そんな人間が集める義勇兵部隊と来ちゃ、ご立派な愛国者共が集まらないわけがない。



そればかりじゃない。

共謀者(大親友・マルクス)や評議大会系のコネ、バスキー商会を利用して集めた傭兵だっている。

ブラムナスで仲良くなった砲撃術師の生き残り、その仲間なんかも。

多少強引ではあったが、南軍に蹂躙されない程度には戦えるはずだ。

なに…いざとなったら愛国者共は切り捨てればいい。

帝国にそんな連中の替えはいくらでもいる。


俺はリンクシュタットを、俺とレイナの故郷さえ守れればいいのだ。

帝国の未来なんざ知ったことか。


まぁ、レイナがそれを聞いたら怒るだろうから伝えてはいないけど。



「みんな、もうすぐでリンクランツの街に入るぞ!お疲れさん。」


クリスが労いの言葉を戦友諸子に投げかけた。

このデカい声なら後ろの20列目までは聞こえただろう。


「きっとあいつらが先に待ってるよなぁ…。正規軍だから移動の早いこと…」

「アルザスとバスキー組ね…。」




―――――――――――――――――――――――――――


― リンクランツ市街  中央通り ―


予定通り、懐かしの街に入城した。

景色も、雰囲気も、街の鍛冶屋も、食品店も、子供の遊び場も…何もかも変わりない。

俺の本名 ヴァルター・リンク・ランシュタイン。

リンクと言う名が付くのは、この地の貴族であったからだ。

政治的な統治権は別の家が持っていたが…うちは代々ここに住んでいたから。



「あ…、懐かしいなぁ。あの果物屋さん、お母さんがよくオレンズの実を買ってたんだ!それでパイを焼いてくれたんだよ。」

「そうかぁ、俺の母と祖母もこの辺で買ってたっけか…。そんでメソッドさんが何か料理してたっけ。」


「あ!あのお菓子屋さん…私の誕生日に、お父さんがいつもベリーのケーキを買ってくれたんだ…。また食べたいなぁ。」

「…落ち着いたら食べに行こうか。」

「――いいの⁉ やったぁ!」


「落ち着いたら食べに行こうか」なんて優しく言ってやった。

でも「落ち着いたらが」いつなのか、それは俺にもわからない。

ケーキを食べに来れる頃には、もうあの店はそこに無いかもしれない。

だって、これからこの地は戦場になる。この街も危ないんだから。


実際、中央通りの店舗やその他の物件はガラガラだった。

人が入っていないのだ。客も店の人間も、みんな戦争を恐れて避難したのだろう。。

そのお菓子屋もギリギリ残っている程度だ。


だけど俺はその事実をレイナに伝えたくはなかった。

今の彼女は久方ぶりの故郷を懐かしむ、無邪気な少女だから。

そして彼女は、その大切な故郷を守りに来たのだ。得体のしれない南軍から。



その南軍からここを守るのは…俺たちが主力じゃない。



「ヴァルターよぉ…見てみろ。帝国騎士様のご登場だぜ。」

「…ん?――あぁ、やっぱりもう来てたか…。」


クリスに言われて正面に目を向けた。

通りの向こうから馬の鳴き声と、蹄の足音がいくつも聞こえてくる。

この感じは間違いなく、帝国騎士軍、騎兵隊か。


見えてきたグレーの制服、、そして見覚えのある()()()

俺は先頭に立つ人物に、大声で声を掛けた。


「――お久しぶりですねぇ!お兄さん…いや、ヨースター大尉殿!」


「…ん?おぉ…!誰かと思えばヴァルター君か、丁度良かった。」


騎兵隊を率いていたのはアルグレイ・T・ヨースター大尉。

アルザスの兄で、俺は何度か世話になっている人物。

と、いうことは…その騎兵隊はグランドル近衛連隊か…。


アルグレイは馬を降りて、俺と物理的に対等な目線に立って会話した。


「君の噂は聞いていたよ…。独自の軍隊(もど)きを立ち上げたんだって? そして、君の後ろをついてきているのがその部隊か…。」

「グランドル近衛連隊…!」「十三騎士族のヨースター家…⁉」


アルグレイがどのような人物か気付いた学のある隊員は、姿勢を正し帝国式敬礼をした。



「近衛連隊ともあろう精鋭がなぜ前線に…?帝都で皇女殿下をお守りしなくてよろしいのですか?」

「精鋭だからさ。中途半端な現地軍を主力とするより、我々のような精鋭を直接ぶつけて一気に決着をつけるのが最善だと…。上の判断さ。」


「なるほど…一撃必殺ですか。理屈はわかりますが、それは敵を侮りすぎでは?戦争と言うのは、慢心を重ねたほうが負けるというが定理だと思いますが。」

「それは…、我々を侮辱しているのかい?帝国騎士軍が南軍に負けると⁉」

「いえ…ただ、慢心は人間の最大の敵だと言いたいんです…、」


「ヴァルター君…‼ 口を慎みたまえ‼」



怒鳴られてしまった…。この温厚そうな階級社会の権化のような男に。

しかし近衛連隊、しかも帝国最上流の貴族騎士に向かって今の発言はマズったかもしれん。

だが後悔しても遅い…。言ったものは言っちまったんだ。

アルグレイは捲し立てる。急に理性がおかしくなったように。


「だいたい君は自分の行いがわかっているのかい⁉ 帝国の命令を無視した挙句、それを嘲笑するかのようにそのような烏合の衆を連れて前線に来るなんて…‼」


「解釈によっては反逆罪だ。ブラムナスで共に戦った者たちを見習いたまえ。バスキーの御曹司も魔術弓兵として戦列に加わっている。アルザスも精鋭の魔術剣士部隊に組み込まれた。…それなのに君は軍隊ごっこときたか!」


反論したい…!しかし今はそうするべきではない!

第一、この男にはわからんだろう。

帝国軍に参加するなんてどれだけ屈辱的な事か。

俺たちがどんな思いでリンクシュタットに来たか。


「――そう思われるのでしたら結構!我々は我々なりの戦いをするのみですので! お前ら行くぞ!」

「そうだなぁ…、俺たちみたいな身分にゃ騎士様の意見はわからんわ。」


俺は隊員たちに号令をかけ、騎兵隊の横を通り過ぎて行こうとした。

その時、アルグレイは一言付け加えた。


「だが君たちが自主的に帝国を守ろうとする心意気は認めよう。だから組織の独立行動も認める。シュタウゼン大佐がそうおっしゃった。」

「…シュタウゼン大佐が?」


「だがこうも指示された! 君たちの組織に()()()()()()()()()()()と!」


お目付け役…?監視ってことか。


「そのような役目に最適な人材を付ける予定だ。じきに、君たちと合流するだろう。」


「…監視ならご自由にどうぞ。 レイナ、すまんがケーキはだいぶ先になるな。」

「あ、うん。大丈夫だよ。」


その言葉を聞き終えると、俺は作戦展開地域へ向けて足を進め始めた。

…先が思いやられるなぁ。





――――――――――――――――――――――――――――――


― その頃  帝国南部 諸都市 ―


「女子供は馬車に乗れ!北の街道を通って逃げるんだ!」

「街の要塞化を急げ!城壁の守りを固めるのだ!」

「男手が足りない…!住民から男を徴発しろ!」

「おい!魔術弓兵連隊の到着はまだか⁉」


南ヴィクタリアとの国境周辺にあるいくつかの都市は、今この時同じような光景で溢れかえっている。

軍人が女子供を北へ導き、その旦那や父親を緊急の労働力として駆り立てる。

都市の入り口と言う入り口には土魔術によって壁が形成され、全体が要塞のように変貌していった。



皇帝陛下が死んだ…!もうすぐ南が攻めてくる…!

この情報はすぐさまこれらの都市に伝わっていたのだ。

住民は有り金と食料だけを置いて逃げることを強要された。


しかし、全体が一丸となって南に立ち向かおうとしているわけではなかった。


切羽詰まって準備を進めている兵士の姿をよく見れば、大して立派でもない布切れのような軍服。

彼らは一般兵卒…つまりは下っ端だ。

上官や国が危機感を煽るようなことを言えばそれを簡単に信じてしまう。


それに酒瓶片手に指示を飛ばしているのが、ご立派で清潔な軍服を着たお偉方である。

中には指示なんてほったらかし、酒とつまみで賭博を始める者までいた。

そんな連中は口を揃えて言うのだ。


「こんな所まで敵は攻めてくるかねぇ。どっかのだだっ広い土地で、主力の騎士軍様たちがおっぱじめればそれまでよ。」

「なぁに、とんでもねぇ魔術使う騎士様方が敵主力と決戦さえすれば万事解決さ。負けるわけがねぇ。」



彼らは主力軍には含まれていない。

統率も緩み切り、士気もグダグダ。

そもそも150年ぶりに国家間の戦争を迎える帝国軍は、全体的にこんな状況である。


()()()()()()()()()()()()…というわけか。





――――――――――――――――――――――――



 ― 崇神王宮 政務室 ―


「フィオナ皇女殿下…昨日の皇帝陛下の国葬、ご苦労様でした。」


ヴィクタリア帝国首相、ガジリスが金髪碧眼の少女に尋ねる。

少女は首相の顔を見上げ、必死になって偉そうに振舞おうとする。

齢12歳の少女にとって、知能レベルの全く違う大人と対等に渡り合うのは荷が重すぎるだろう。

しかし少女はやらねばならなかったのだ。



「ありがとう。おじいさまが亡くなって辛いですが…それは国民も同じことです。私がしっかりしなくちゃ…。」

「ご立派で何よりです、()()。ですが政治の方は私にお任せを…。あなた様にはいろいろと学ぶ時間が必要でございます。」


「そうします…。一日でも早く、おじいさまに近づけるよう努力します…!」


皇帝はその血肉も骨も、完全にこの世を去った。

そしてその瞬間から、この少女が帝国を治める者となった。

だが少女にはその器も、知識も、祖父のような威厳もない。


そして少女は気づいていた。

今まで祖父に仕えてきた政治家、軍人。彼らと自分は違う世界にいると感じていた。

しかし祖父に変わってその世界に君臨した今、幼い自分は利用されるのだと。

目の前にいるガジリス首相もその筆頭格なのだ。



「皇女殿下ぁ…率直にお訊ねします。あなた様はいつ、皇帝の王冠を受け取るおつもりで?」

「そ、それは…、、、まだ覚悟が…。」

「――でしたらこうするのはいかがでしょう…?あなた様が今は亡き皇帝陛下のような力を持つまで、国政における全ての権限を私や宰相たちに委ねてみては…? もちろん女王と言うお立場で!」


「――っ⁉ で、でもそれは!」

「ええ!本来ならばそのようなことはあり得ません!我々ヴィクトル人の指導者は、いつだってその玉座に座っているべきですから‼」


ここぞとばかりに捲し立てるガジリス。

フィオナはその憎たらしい目つきと、大人の威圧によって反論する余地を与えられない。

むしろ反論する言葉さえ見つからないのだ。


「本来の体制を維持するならば今すぐにでも!皇女殿下がその指揮棒を振るうほかありません!…まぁ、出来るのであればですが…」

「―――!…わかりました。お任せします…。」



お任せします。権力の力とは絶大である。

なんせ今の一言で…国政が揺らいでしまうのだから。

皇女が力を持つまで。それはつまり帝国の政治全てを統括できるように成長するまでということ。

それまでに首相及び政治官僚が全権を担う。

仮にフィオナが成長したとして、全権を委任している間に影響力を削がれたフィオナに、それを取り返す力は恐らくない。



優等民族の伝統から逸脱した、独裁政治の出来上がりである。


帝国の老若男女、そしてヴァルターを含めた将兵たちの命運は、たった一人の少女にかかっていた。


最近ブクマが増えて嬉しいです。読者のみなさん、ありがとうございます。

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