44話 時代の転換点
― 帝国北東部 イェナス村 ―
「母ちゃん…今日の体調はどうだ?」
「あぁ、今日は随分と調子がいいよ。きっと、あんた達が吉報を持ってきてくれたからかね。」
「兄ちゃん!荷物運ぼう!」
「わーった、わかったからはしゃぐなよ。」
イェナス村の家々からは、続々と貴重品や仕事道具などが運び出されている。
村人たちは自分たちの英雄であり、我が子のような存在の助けよって新天地へと旅立つ準備をしている。
その英雄・クリスを生んだラビンスキー家も例にもれず、自分らの生活用品を運搬する。
そして、母の病床を荷馬車へ積み込む子供たちの姿。
この俺も、これらの様子を見ているだけでは体が燻って来た。
「クリス、何か手伝えることは…?」
「大丈夫だ。ヴァルターは気になる資源でも探して来いよ。」
「いや、しかしだなぁ…。」
「ヴァルター君や、こんなにも手厚い支援をしてくれただけでも、私たちは感謝してもしきれない…。これ以上手を煩わせることはできないよ。」
そういって、クリスのお袋さんは俺に茶を差し出した。
お袋さんの手はひどく痩せ細っていた…。どれだけ長いこと闘病をしていたんだろう。
そして、どれだけ息子の帰りを待っていたのだろう…。
劣等の血筋は呪縛のようなものだ。ここにいる限りまともなんて手に入らない。
イェナス村の実態を見て、俺はエミルドの生活拠点だった村を思い出した。
「しかしヴァルター君…本当になんと礼を言ったらよいのやら…!」
「村人みんなを移住させる費用なんて大変だったろうに…、」
「この借りは必ず返そう…!」
「いや、俺は皆さんが無事にエミルドへたどり着いてくれれば、それでいいですよ。」
「あ!ヴァルターが珍しく誠実で他人思いなこと言ってる!」
「レイナよ…それは俺が不誠実で自己中な人間だと言いたいのか?」
「へへ…それは自分の胸に手を当てて考えてみたらぁ?」
今日はレイナもついてきていた。引っ越しの手伝いだ。
評議大会以来、俺とレイナとクリスの仲間意識は一層強くなっている。
代わりに、アルザスとは互いの口数が見る見るうちに減っていった。
意見の対立とは言え、あれだけ死線を共にした奴とこんなことになってしまうとは。
「まぁラビンスキーさん。謝礼として息子さんをしばらくお借りしますよ。大丈夫!そっくりそのまま綺麗な状態でお返ししますので!」
「おい!俺は物じゃねぇぞ⁉」
「「「はっはっはっ!」」」
まぁ冗談抜きでそうだ。
しばらくどころか1年はレンタルするかもしれん。
クリスや俺たちはその先で死んでしまう可能性だってある。
この家族の為にもそっくりそのまま生きて帰ってもらわんと、俺の心が自壊してしまう。
「よっしゃ。一通り積み荷は終わったな! よーし、みんな馬車に乗れ!」
「念願のエミルドだぁ。」
「隠れる必要もない、みんな我々と同じエンティオ人だ…!」
「そうだ…。母ちゃん、お前達…。」
「ん?なんだいクリス。」
「兄ちゃん…! 、、、兄ちゃん?泣いてるの?」
クリスは母の体を支え、弟妹達を担いで馬車に乗せた後、真剣に語り掛けた。
そして…あの魔獣狩りのクリスが、泣いていた…。
人間なら当たり前だ。だが俺は少し驚いたんだ。
「…俺たちは危険な場所へ行っちまう…。もう一度お前たちと会える確証はねぇ…。
…だけど俺は必ず!全部終わらせてお前たちの後を追って行く…‼」
「クリス…、これを今生の別れにするつもりは無いってか。」
今まで聞いたことのない、クリスの涙が詰まった声。
これが家族の愛、幸せ。…羨ましい。
「――ッ今度の戦争で俺たちが手柄を立てて!劣等の名を払拭して見せる…‼
クソッたれな運命を全てぶっ潰して、俺たちの生きる力を証明してやる…!
――だから…待っていてくれ。」
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北へと向かう道の奥で、荷馬車の音が遠くなっていく。
クリスの故郷の人々は無事、迫害の無い仲間の土地へと向かった。
「ヴァルター…仲間は集まったのか…?」
「話はそれからだもんね…。」
国民の目にも見えるまで差し迫った、南ヴィクタリアとの戦争。
俺はまたしてもマルクスを頼り、俺の構想に賛同する人間を集めていた。
その主戦力となるのがクリスとレイナだ。
「まぁな。危機感を煽るような文言で宣伝してみたら、たくさんいいカモが釣れたよ。
俺にゃ栄誉勲章に評議大会のネームバリューもあるしな。」
準備も順調。気合も十分…ではないな。
本当はヴィクタリアを守るためになんざ戦いたくない。第二の人生最大の恥だ。
なんならさっきの荷馬車に乗ってエミルドに帰りたいくらいだ。
だけど逃げられない理由があるし、拒否すれば反逆罪で死刑だ。
俺たちエンティオ人が生き残るすべは…数少ないんだ。
もうじき冬が来る。この世界にもジングルベルみたいなイベントはあるらしいが、聖なる夜に青春を謳歌することは叶わないらしい。
これは前世と変わらないな。
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― 数週間後 崇神王宮 皇帝の間 ―
「皇帝陛下、フィオナ皇女殿下がお見えになられました。」
「…通せ。」
体温を維持する暖かい空気。充満する薬の臭い。
病人を癒すにはとても向かない華やかな部屋の中央で、老いた皇帝は横たわっていた。
以前に学生たちの前へ現れたときは、痩せてはいたがまだまだ威厳のある姿だった。
しかし今は見る影もない。白髪の毛量は徐々に減り、腕も枯れ枝のようになっている。
そんな皇帝を見まいに、齢12歳の皇位継承者フィオナがやって来たのだ。
皇帝の間の扉が鈍い音を立てて開く。
そこに立っているのは、、金髪碧眼の少女だった。
「おじいさm…皇帝陛下、お体の調子はいかがですか…?」
「久しいなフィオナ…。なに、余の体の心配などいらん。ただ天命に従って肉体に宿った使命を解いているに過ぎぬ…。」
一瞬、おじいさまと言いかけた少女。
少女がいつも感じているのは、実の祖父に対する畏敬の念と、皇帝に対して失敬がないかと言う恐怖感だけ。
しかし今日、久しぶりに祖父であり皇帝である男の姿を見た少女は、違和感を覚えていた。
その弱り切った体に、今までのような威厳などを感じなかったのだ。
「予の先が長くはないこと、誰もが知っている…。今更言う事ではあるまい。」
「皇帝陛下…」
「フィオナよ、お前はまだ幼い…。この帝国を率いていくには足りないものが多すぎる…。」
「―――ッ…!」
少女が皇女として感じている責任。
皇帝がいなくなれば自分がヴィクタリア帝国を、全ての優等民族を率いていくことになる。
とても子供に背負える責任ではない。
そして差し迫る南との戦争。
軍事的知識などまだ持ち合わせていない皇女には、負ければ自分の首を斬られるという恐怖感しかない。
枯れそうな声で、皇帝は続けた。 その手を皇女の頬に寄せて。
「だがお前は幼くして父を失い…母を失い…妾もおらずにただ一人。だがその孤独が…お前を強き人間に変えていくと…!予は信じている…。」
「陛下…私は…。」
「最後に…可愛い孫の顔を見れて何よりだ… ――ッグㇹ…!ゔ…ゔぅぅ…⁉」
「陛下…!」「陛下…⁉しっかり‼」「誰か!医術師を呼べ!」
「おじいさま…⁉おじいさま!」
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― 翌日 帝国の全ての新聞が、この一面で覆われた ―
『皇帝陛下崩御! 我らが偉大なるバタリオ二世陛下が崩御!』
『王室にて、フィオナ皇女殿下が最高権力者に!』
大陸全土がこの話でもちきりになった。
帝国内では動揺と、悲しみと、幼き指導者の誕生に対する不安が顕著に表れる。
南からは、その玉座を狙う手が伸びてきている。
南の力を帝国はまだ何も知らない。
定められた運命が、狂いだす。




