42話 南北のヴィクタリア国
― 帝都 繁華街 行商通り ―
「こんにちは… お久しぶりです。」
「ん…?おぉ!鉄砲の坊主じゃねぇか!ブラムナスから戻ってたのか…!」
「坊主とか言わんでくださいよ…俺の名前はヴァルターです。」
ここは帝都の行商区にある鍛冶屋だ。
鍛冶屋と言うよりは装備品や道具、素材なんかも取り扱っている雑貨屋みたいなものか。
随分と狭くて小汚い工房だが、俺はここの常連だ。
俺は評議大会へ向かう前、必要物を揃えるとか様々な準備をここで行っていた。
帝都にはもっといい大手の店がたくさんあるのだが、なにせそういう店は殆どがバスキー商会の甘い蜜を吸っていてな。
もちろん、俺がそんな店を利用できるわけがなかった。バスキーの奴が根回ししているのは予想できたし。
だがここは傘下に入っていない。かなり幸運だった。
なんとここの店主は、俺の共謀者・マルクスと商売仲間だったのだ。
俺はマルクスに仲裁を頼む旨の手紙を書き、この店を贔屓することになった。しかも安価で。
ライフルを整備する素材や弾丸、市場ルートから外れた星硝石なんかもここで仕入れている。
銃なんて科学的な武器がこの世界にはない。だから初めは説明するのに苦労した。
だがここの店主は気前がいいのだ。物事に全力な学生を応援するおやっさん魂だろうか。
流石に人種を教えたわけじゃないが、独り身の俺に手を差し伸べてくれた。
「なんだい、今日は生存報告でもしに来たのかい!」
「それもあるけど…、おやっさんに頼みたい仕事があってきました。」
そう言って、俺はカバンの中からとある紙を二枚、そしてジャラジャラと金を取り出した。
「これは…設計図か。しかも坊主が持ってた鉄砲とやらと同じじゃねぇか。」
「俺が自作した武器の設計図です。生憎、いつものはブラムナスで無くしてしまって。」
「おお、それじゃ新しいのを作ってくれってことか!…ちと部品が細けぇが、まぁ何とかなんべ!」
と、おやっさんが設計図を持って作業の第一段階を始めようとしたとき。
俺は、それを呼び止めた。まだ説明し終えてない。
「いえ、作ってほしいのは二種類です。もう一つの設計図…俺が新しく設計したものなんですよ。」
「そうなのか…?じゃあこっちの古いほうの設計図は?」
おやっさんは単純な疑問を投げかけてきた。そして、俺の次の一言で度肝を抜かれることになる。
「そっちも作ってもらいますよ?だいたい100丁くらいかな…。」
「あいあい100丁ね…、、ひゃく⁉ 単位間違えてない…?」
「ええ。紛失した時のことも考えて。なんなら90くらいでもいいですよ。」
「いやそれ気休めにもなってねぇって…。」
後装式の単発銃を大量に発注。流石に数が多すぎるが、承知の上での依頼だ。
おやっさんがなぜここまで驚いているか、その理由は明白。
「構造が複雑だから」、「そもそもノウハウがないから」
薬室、装填具、留め具のネジ、点火口。
これらをスライドさせたりして使うもんだからそりゃ手間がかかる。それを100丁。
「坊主よ…そんなん何に使うんだ?新しい商売か?」
「あることの準備だよ。善は急げ、思い立ったことはすぐに実行するんだ。」
「この新しいほうはなんだ?…うげっ、さらに複雑な造りになってやがる…!」
「そっちは一つで結構。コストがかかるから『俺の専用武器』だ。」
「このクルクルした部品はなんだ…? 針金か?」
「それはバネっていうもんだ。 新型の重要部品ですよ。」
聞いての通り、この世界にはバネとかネジとかそういう物がない。
みんながみんな魔術に頼りきった末路だ。機械的なことは全く発展していない。
「大丈夫、金はあります。必要であれば素材もできるだけ調達しましょう。」
「そうか。ならいいんだが…。」
おやっさんは静かに振り返り、工房の火の管理を始めた。
気前良くて、ちょっと強面で、でも面白い普通の人間。そんなおやっさんを見て思った。
「…この人だってヴィクトル人だ。俺がエンティオ人だって知ったらこの人はどうするのだろう。豹変したように俺を殺そうとするのか、マルクスのように庇ってくれるのか…。」
血筋を見せただけで狂気が生まれるこの世界が、俺は憎いと同時に恐ろしくてたまらない。
「坊主よぉ…、さっきあることの準備のためって言ったよな?」
「えぇ、言いましたね。」
「そいつぁもしかしてだが…、戦争か? 坊主も南と戦うのか?」
俺は少し驚いた。まさかおやっさんのような一般人からそんなことを言われるとは。
「…その話は、もう一般民衆にまで知られているんですか?」
「あぁ、噂程度だが…最近兵隊や騎士団の動きが活発だとか言われていた時に、どこかから戦争の話が漏れてきたんだよ。」
「なるほどね。まぁ事実ですよ。」
流石に国民も気付くか。しかし、この人も周りの一般民衆も実感は湧きづらいだろう。
なんせヴィクタリアが最後に経験した戦争は、記録上だと150年前のベルティア征討戦争らしい。
しかも中世の世界観で言っちゃ、戦争なんて貴族や領主、騎士団がそれぞれ持つ兵隊や傭兵を使ってやるもんだ。国民が参加するもんじゃない。
「ちなみに今度の戦争はなんで起きるんだ?食料の奪い合いでもあんのか?」
今度は俺が教える番になった。
戦争の発端、それも単なる流れ話でしかないが、一応聞いてある。
「なんでも、南は全ての優等民族を平定して新しい秩序を創りたいみたいです。つまりは…皇帝陛下の玉座が狙いですね。」
「なるほど…老い先長くない皇帝陛下が死ねば、その後継者は…。」
「フィオナ皇女しかいませんね。でも皇女はまだ幼い。この帝国を治めるには力不足だってことでしょ。」
この国の政治話になってしまったが、少しまとめよう。
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フィオナ皇女とは皇帝の孫であり、今生きている王族の中で最も近い血縁者だ。
こないだ見たあのジジイ、皇帝バタリオ二世は御年82歳らしい。国民は皇帝の死期が迫っていることを日に日に強く感じている。
本来ならば皇帝の座は血族の男子が継ぐはずだが、流行り病で皇位継承権を持つ男子は全滅してしまった。
それは流行り病ではなく、王室の夜伽相手から感染した性病だったとも言われている。それなら皇帝やフィオナ皇女が助かったのも納得だ。
皇女は現在12歳。しかしその幼さでは、偉大な皇帝の亡き後を継ぐのは荷が重すぎる。
そもそも皇帝自身が、女を跡継ぎになんてしたがらないだろう。
そして南ヴィクタリアの目的は優等民族の平定、古びた王室の打破。
と聞いているが、これは単なるプロパガンダの可能性が高いので信憑性は薄い。しかしこれしか情報源がないのも事実だ。
そしてなぜ今になって戦争かと言うと、もちろん皇帝がもうじき死ぬからだ。
フィオナ皇女だけが残れば、帝国の内部が弱体化するのは明白。
そこを狙って攻め込めば、この巨大な国を一気に堕とせるという算段らしい。
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これが、今度の戦争の概要。 『南北戦争』とでも呼ぶべきか。
そんで、攻め込まれる領地の一つがまさに俺とレイナの故郷・リンクシュタットだというわけだ。
俺はともかく、彼女は両親のいるこの地を守りたいという意志を持っている。
なら俺だけ逃げることはできない。
だが俺は帝国軍には参加しない…!だからクリスやレイナも含め、搔き集めた烏合の衆だけで戦う!
聞こえは悪いが理にかなっている。それが俺が考えた『遊撃隊』だ。
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大量のライフル製造を依頼したのは、侵攻してくる大量の南軍に対して質で立ち向かうため。
従来の剣術や弓、魔術の戦いならエース級のクリスやレイナに頼るほかないし、質力に差が出てしまう。
しかし銃なら違う。全員が撃ち方とフォーメーションさえ覚えればいいだけだ。
低コストの人材で効果的、効率的な戦いをする。
まるでナポレオンの受け売りだ。
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頭の固い帝国軍にはできない芸当だ。奴らは個人の実力と騎士団のプライドだけで成り立っている組織だからな。
まぁ…、その中にはアルグレイとか言うバケモノ級騎士がいるから、理にかなっていると言えばそうなんだが…。
「おやっさん、詳しいことはお教えできませんけど、とりあえずよろしく。」
「わかったよ。…無事でな。」
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― 南ヴィクタリア 首都 レッドモンド ―
「グリード将軍、いかがですかな?我が軍の発展具合は。」
「いやはや、実に素晴らしいよアリ君…!この虎の子たちを指揮するのが楽しみでならん…!」
ヴィクタリア帝国軍への突撃を模した訓練を行うヴィクトル民族国軍(以降、南軍)。
それらを少年のような笑顔で見守るのは、南軍司令官・グリード将軍。
その補佐官のアリ中佐。
「これなら帝国の連中なんぞ恐れるに足りませんな!」
「間抜けな帝国はその王座に胡坐をかき続け、その進歩を自ら止めたのだよ。だからアリ君、連中はもはや敵ではない、ただの的だ!」
『ピュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…!』 『ピュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…!』
将軍たちの頭上を通過する巨大な影。
大陸南東部に生息する怪鳥・フォルゴーレ。
その会長はくちばしに手綱を付けられ…背には人間が数名またがっていた。
「圧巻だな…!苦労して生息地域から仕入れた甲斐があったよ!この魔獣兵器は!」
フォルゴーレたちは突撃する地上軍を追い越し、帝国軍モデルへ魔術を発射した。
そこへ突っ込む兵士たち。もはや芸術である。
「見たまえ。今と同じ状況が戦場で起こっても、帝国は騎士団の突撃や、数少ない魔術師と剣士で突っ込んでくるはずだ。150年前にその戦い方で勝利したからと言ってまだ続ける。馬鹿の一つ覚えだよ。」
「それは…帝国へ潜入した斥候からの情報でありますか?」
「その通りだ。…いい気味だよ。」
彼らは全て知っている。帝国の内部状況、機密、主戦力の騎士たち。
…情報を制したのは彼らだ。
「そういえばアリ君。例の『劣等人部隊』はどうなった?」
「はい…!幾年も尽力した実験により、ディタレンサーを自力で発動できるようになりました…!従わない者は強制的に従わせていますのでご心配なく。」
「そうか…!我々はヴィクトル人でありながらヴィクトル人を殺す、諸刃の剣を有した訳だ!」
合理的かつ残忍で、全体を率いるのに最適な男・グリード将軍はこう考えていた。
『帝国はディタレンサーを恐れるあまりエンティオ人を追い出し、事実を知る者は弾圧し、その力を歴史の闇に封印した…。だが我々はその力を有効活用する…!それが本当の優等民族だ…!』




