38話 神のみぞ知る
魔石龍は未だ健在。一撃必殺に賭けた攻撃も致命傷にはならなかった…。
一度目でダメでも、開いた傷にもう一度攻撃しようとは思っていた。
だが頼みの綱であるレイナは、しばしの休息が必要。
俺は窪みから頭を出し、他の4人組を探した…。
「あぁ…! やられたか…!」
三人姿が見えない。しかし一人の姿は確認できた。だがそれはもうソイツじゃない。
火炎で体の半分を焼かれ、灰になったソイツだった。
『グルルルル… ―――ッギャァア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアッ…!』
いや、むしろどうやって致命傷を負わせろってんだ…!
こればかりは優等も下位も劣等も関係ない…。人間の力の限界だ…!
魔石龍はこっちに意識を移した。
左に群がる虫けらよりも、こちらのほうが優先的に排除すべきと感じたのだろうか…。
だが火炎は発射してこない。チャージ中か…?
だとしても俺は、ここに留まるのは危険と判断した。
すぐに食料やライフルなど余計な荷物を捨て、星硝石など最小限の物だけを持った。
そしてレイナの顔を起こして、よく言い聞かせた。
「俺がお前を背負って走るから…その間に休め。リオデシアに回復魔術を掛けてもらおう…。」
「わかった…。でもアルザスやクリスたちは大丈夫かな…?」
「なにさ。あいつらがそんな簡単にくたばると思うか?」
「…全くもって思わない!」
俺は次の火炎を撃たれる前に、レイナを担いで陣地から飛び出した。
胴体に隠れた向こう側には、今だ雷と剣術の反射する光が絶えず続いていた。
――――――――――――――――――――
― 左側面 ―
――アルザスとクリスはずっと左腕を斬り続けていた。
胴体を引きずる手足の一本でもその機能を奪えば負担になると思ったからだ。
二人で同じ個所を集中的に攻撃し、少しでもダメージを蓄積させる。
それを後方の連中が援護している。
それが微々たる効果しか及ぼさないとしても、彼らは逃げずに半狂乱で責務を全うするしかない。
というか物理的にも精神的にも逃げる道がなかった。
一人が逃げれば二人が逃げる。二人が逃げれば全員が逃げる。
全員が逃げれば火炎の格好の的になり、火葬まで秒読みであること目に見えているから。
「―――ッ畜生…ヴァルターの攻撃はどうなった⁉」
「見た感じ実行はできた‼でもこの様子じゃ効いてないっぽいね⁉」
「そりゃ大変だァ‼ んじゃ俺らがもう少し踏ん張らんとな‼」
などと大声で会話しているが、そこは魔石龍の腕だ。
しかも二人を払いのけようと腕を振り回す。
落とされそうになれば剣をぶっ刺して耐えてている。というループを数回繰り返していたが、
「お前らァァ‼尻尾が来るぞォォ‼」 下にいるスレアムが叫んだ。
「うぉぉ…やべぇ! ―――ッだあァッッ⁉」
「ちょいちょいちょいちょい…! ―――うわッ…⁉」
――凄まじい風切り音とともに尻尾が左腕へ急降下してくる。
二人は直接的な攻撃に耐えきることができなかった。そのまま高さ十数メートルから落下する。
だが経験と鍛錬が身に沁みついた二人だ。剣を振るって落下の勢いを殺し、受け身を取って致命傷を防いだ。
しかし流石に痛い。だが痛みなど気にしている余裕はない。
本能的に魔石龍から距離を取った。
「で、俺たちゃ後どれだけ耐えればいい?お望みの帝国騎士軍様はいつご到着なのかね…!」
「さぁね。大規模な兵隊を連れてくればその規模に比例して時間がかかる…。だけど少数精鋭の騎士だけならそれほどでもないと思うんだ…!たぶん…。」
『―――グルルルル…スンッ…スンスンッ…グルル…スンスンッ』
突然、魔石龍の首が落ちた。
それを見た奴らは、右側からの攻撃が効いたのか?と思ったがそうではないらしい。
腹に響くほどデカい呼吸音が聞こえる。いや、呼吸と言うより吸っているだけ。
臭いをかいでいるのか、その動作と同じく首を左右に振って地上を見渡す。
「こいつ…何かを探しているのか…?食い物か…それとも」
アルザスがそう感じたとき、
事態が急変、かの望みが打ち砕かれるのは突然の知らせと共にだった。
「脳筋共…!こっちに来い!」
バスキーがアルザスとクリスを読んで告げたのだ。
「いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい…?」
「どっちでもいい!今は勿体ぶっている暇なんてない!」
「じゃあいいほうから。奴が突然暴れ出した理由だが…確証は無いがわかったぞ。」
「そんなの、俺たちが奴の眠っていた土地をめちゃくちゃにしたからじゃないのか?」
「それもある…。だが他にもあるっぽいぜ。―――それはあれだ!」
バスキーは一人の仲間を指さして言った。後ろに下がって怯えている輩だ。
今まで極度の緊張状態でアルザスも気が付かなかったが、そいつはナニかを持っている。
『キュウうううう…!』
「ありゃ…小さい龍か⁉ なんであんなもんが…。」
「あれは恐らくだが…魔石龍の子供?なんじゃないかと思ってな。見ろ!いくつか親と一致する特徴がある!」
「だとしてもなんで、そんな子供をお前らが持っている?」
「仲間が捕まえてきて…その、、あまりに腹が減ったもんだからみんなで食おうとしてた…。」
「――ッそりゃ怒って出てくるわ‼この魔石龍も‼」
戦闘の騒音で掻き消されていた小さな龍の鳴き声が、意識したとたんによく聞こえてきた。
まるで親に助けを求めているような…必死に足掻く耳を引っ掻くような声。
「それで…!悪いほうの知らせは⁉」
「今しがたウチの獣使いがな、獣視術で鳥を使って、山を越えた先にある南からの道を観測したんだ。」
「南からの道?…帝国軍がやってくるであろう道か! それでどうだったんだ⁉」
「貴様らの予想通り、帝国軍の先兵が来ていたらしい…。だが…」
バスキーは一瞬言葉を詰まらせた。
はっきりしない様子のバスキーを急かす。
「魔石龍を討伐しに来た様子が明らかに見えないそうだ!武器も魔獣じゃなくて人を殺すもんだし…それどころかブラムナスに入る手前で野営まで始めやがった…!」
「つまりなんだ…⁉はっきり言え!」
「率直に言う…! ―――ッ帝国軍は助けに来る気がない…!」
それを聞いた者は皆、息を詰まらせた。全身から冷や汗が出て、何とも言えない不快感と激震に包まれた。
それを聞かなかったものは引き続いて責務を全うする。知らぬが仏を体現して。
淡い期待を抱いていた僅かな希望さえ無くなった時、人は言葉にならない感情を持つ。
「…今の情報はヴァルターに伝えたか…?」
「言われなくてもやっている!それよりどうする⁉わかってはいるだろうが逃げ道は無いぞ…!」
「だけどこのまま戦い続けたってジリ貧だね…!」
「魔石龍の子供を返してやればいいんじゃないか…⁉」
「俺たちは既に奴の住処を荒らして、肉を抉り取ったんだぞ?伝説の魔獣がそれくらいで許してくれるとは思えんな!」
いくら彼らが知力を巡らせても、この絶望的な状況も打開策なんて考え付くはずもない。
前門の虎後門の狼、そして我らに助けは来ず。
逆にどう生き延びろと?と文句が言いたくなるくらいだ。
「…こんな時、兄さんならどうするのかな…。いつもみたいに騎士族の誇りとか言って戦い続けるのかな…。できることならそれで助けてほしいよ…!」
帝都にいる兄の戦う姿を想像しながら、こちらに再び首を振り向ける魔石龍と対峙するしかなかった。
―――――――――――――――――――――
― ヴァルター ―
重さを感じないレイナと彼女の杖を背負いながら、俺は魔石龍の半径数十メートルほどの距離を迂回し、走り続けている。
そして今しがた、バスキーの部下からこんな言伝を受けた。
「帝国軍はブラムナス手前で停止。彼らの装備は対魔獣用ではなく、救援の見込みなし。」
今頃アルザス達も俺と同じ心境で、と言いつつも剣を持って戦い続けているんだろう。
このクソッたれな状況をどうにかする、希望の光は消え去った。
なぜ帝国軍は目標の目前に迫ってして、進軍を停止したのか…。
なぜ対魔獣装備を持ってこない、または専門の兵隊を寄こさないのか…。
これらが非常に気になるところだが、今はそんな思考を巡らせる余裕はなかった。
魔石龍が暴れる音が断続的に木霊する。
俺はまるで、怪獣映画の主人公になったような感覚で立ち尽くしていた。
本当に映画だったら、呆然と立ち尽くす俺の前にドでかいヒーローかロボットがやってきて、あの魔石龍をぶっ倒してくれるんだよな…。
そんなことを考えてしまうほど俺は冷静でないのかとも思い、無性に腹が立った。
俺の前に現れるのはいつも…救世主ではなく創造主か。
「――ねぇヴァルター…⁉なんかヴァルターのポケット光ってない?」
「…は? エミリオ…か?」
俺はこの地に一応、一つだけ神硝石を持ってきていたのだ。
普段は仲間と一緒だったから交信は難しかったうえ、そもそもエミリオのほうからコンタクトがなかった。
だがこの期に及んでこの石は…俺をクソ世界に連れてきたこの神は…!今更何の用だってんだ!
俺は一度レイナを下ろし、紫に発行する神硝石を取り出して語り掛ける…。
「貴様…今更何の用だ。」
≪久しぶりね。そのおかしな戦争ごっこで、何か成長したことはあったかしら?》
「貴様に俺の内面まで干渉されたくない。だが一つ言わせてもらう。
――俺の他にもエンティオ人がいた…! 一人は殺されたぞ…ヴィクトル人に‼」
≪そうね。またあなたは8年前と同じ光景を見ることになってしまったわね。
でもあなたがさっき疑問に思ったこと、それで説明がつくんじゃない?》
「助けが来ないことか…! ―――ッ⁉まさか…」
≪彼らはもちろん、あなたのお友達がエンティオ人かもしれないって疑いをもっているわ。》
「帝国軍は俺たちを助けに来たんじゃなく…クリスを捕らえに来たのか⁉」
≪それだけじゃない。あなたたちはハメられたのよ。彼らから言えば、不都合な事実を揉み消すってことになるのかしら?》
「どういうことだ…?ちゃんと説明しやがれ‼」
≪申し訳ないけど…私の口からそれをあなたに告げることはできないわ。それが契約だし、私も口にしたくないのよ。》
「ヴァルター…?あなた、誰と話してるの…?」
光る石を眺めながら一人で口論する俺を見て、レイナは気味が悪いと言わんばかりの表情を見せた。
だが俺は、そんなレイナのことを気にする余裕もないほど気がおかしくなっていた。
≪所詮、優等民族の彼らなんて利己的で傲慢で、人間らしさが過ぎるほど愚かで、強さしか持ち合わせていない仮初めの覇者なのよ。》
「――どれもこれも、あの魔石龍も…全て神が示した運命ってやつなのか…?」
≪確かにあなたの運命を作り出したのは私かもしれない。でも、その運命なんて意外に脆いモノよ。あなたなら、運命もこの国も簡単に破壊できるんじゃないかって思っちゃうわ。》
「なら俺はどうすればいい…!この絶望的な状況をどうやって破壊する⁉…俺を連れてきた身なんだからよぉ…そのくらい責任持てよ…。」
≪私はヒトの領域に直接的には関与できない。だけど、あなたに道を提示することはできる…。
『生きて、復讐へと近づいて。 そして劣等の名を剥がして…私の心を救って…。』》
神硝石の光が…段々と薄れていく…。
≪あなたにはそれだけの能力があるはず。私はこの目で見てきたから…。そしてこれからも、あなたをみているわ。========
そう言い残し、光は消えていった。
またしてもあの神は、心残りばかりの言葉を置いていくんだ。
契約だとか破壊だとか…訳のわからんワードがまた出てきた…。
「だが…運命を破壊、劣等の名を剥がす…か。 一体なにを言いにきたんだか。」
「ヴァルター、とうとう頭おかしくなっちゃった…?」
「レイナ、もう一回走るぞ…! これ以上アルザス達の負担を増やせない…!」
俺を別の意味で心配するレイナの言葉を無視し、軽量の体を今一度背負った。
「一つ作戦を思いついた。また賭けになってしまうが…今度は負けんさ。それまでに因子を温存してくれ…!」
「…!よーし、その意気だよ! じゃあ賭けに勝った暁には帝都で美味しいもの奢ってね…!」
「ってえぇ…お前さん貪欲だな…。」
『グルルルル…グオ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオ…!』
魔石龍がアルザスとクリスに集中し始めた…。気付かれずに近づくにはチャンスだ…!
実を言うと次の作戦はほぼ特攻。決死要素が強い。
だから失敗した時点で…俺もレイナも仲良く昇天だ。
―――――――――――――――――――――――
― アルザス クリス バスキー ―
流石に限界であった。体力的にも、精神的にも。全体の士気は崩壊しかかっている。
アルザスは手数こそ多く、そして早い。
だが生まれ持った聖因子の量は平凡だ。こればかりは血筋でも補えなかった。
よって剣術と魔術のハイブリットであるアルザスは、長時間の戦闘に向かない。
バスキーと生き残った仲間たちは言うまでもない。
消耗と恐怖心、絶望感が彼らの統率を急激に削っていった。
クリスは…危機的状況であるほど闘志を燃やす…。
凶戦士の性だと思いたいが、もしかするとドⅯかもしれない。
なんにせよ、死ぬまで戦える男である。
「お前らァァァァァァァァァァ…‼」 魔石龍の奥から聞き覚えのある声が呼びかけてきた。
「ヴァルちゃん…⁉と、レイナちゃんどしたんだ…。」
必死に走り、何かを訴えてくる我らがリーダーに、魔石龍以外の全員が視線を注いだ。
魔石龍も度重なる攻撃で、左腕の筋肉が損傷。動きがさらに鈍化していた。
「お前らァァ!なんでもいい‼可燃性や有害性のある物を搔き集めろッ‼ 最後の賭けに出る!」
「おっとぉ?あいつまた何か企んでやがるな…?」
「可燃性や有害性…?毒草とかかな。燃えるガスを噴射するやつもあったはず…。」
「おい…!あの男の賭けに乗ってもいいのか⁉さっき失敗したばかりだろ!」
「大丈夫だよ…多分。」
「できればベルジェラやドルバミトス!あとは質量のあるものが欲しい!」
「なんかよくわかんないけど了解!というわけでバスキー、よろしく。俺とクリスは魔石龍の足止めだ!」
「あぁもう仕方がない!お前たち全員、今言われた物っぽいやつ搔き集めてこい!」
ヴァルターの指示がバスキーを経由し、気が動転しそうな生き残りへ伝わる。
第二次作戦の開始だ。




