第33話 クソ野郎殲滅作戦
― 同地 森林内部 夜明け前 ―
彼らは不眠不休でターゲットを追っている。
この隊は総勢15人。別働で二班が行動中。
我らがリーダーは「『我らの血のもとに』奴らを殺せと指示した」。
上下関係を賢く理解する彼らは、それに何の抵抗もなく従っている。
むしろこれが自分らの人生にとって大事なことだと暗示しているくらいだ。
彼らの観念的思考がそれを自然と正当化し、それが彼らの世界観でもある。
正義の為なら殺しも躊躇わない。それが劣等民族やその仲間なら尚更である。
「どこに行きやがった…!このあたりのはずだが…」
「如何せん森が深い…。火で行く手は塞がれてるしよ…。」
「ずべこべ言わずに探すんだ…!バスキーの指示には従っておけ…。」
彼らの中にバスキーに対する忠誠心などない。
ヴィクタリア帝国民にとって、忠誠とは皇帝にのみ捧げるものであるから。
しかし彼らは知っている。バスキーと言う男を敵に回せば厄介なことになると。
あの男の内輪に居れば少なくとも悪いことはないという事。
金と権力、階級の影響力は偉大であり、それも強さの内なのだという事も。
強い者に付き従っていくのがこの国と民族の性と教えである。
「でも…こんなこと本当に意味があるのか⁉大会はもう残り僅かなんだ…。無駄に奴らを追い回して、名誉だのなんだのを剥ぎ取る必要も…」
「うるさい!士気が下がるような発言はよせ!」
この一人のように、その観念が揺らぐ場合もある。
だがそれは同調圧力と、観念の上塗りで掻き消されるのが常だ。
「考えても見ろ…。テロイが捕まえたあの小僧は劣等だったんだぞ?だったらラビンスキーだって怪しいじゃないか…。」
「そうだな…!きっとそうに決まっている…!」
「しかし魔獣狩りのクリスほどの男が…まさかこんな追い詰められ方をするとは。」
「どのみち俺たちは、テロイたちの仇を撃たなきゃいけない…!彼らを殺したのは奴らに違いないんだ…!」
「劣等は存在してはならない…生まれたときからそればかり聞かされてきたしな…。それが俺たちの生きる意味だって。」
その時、
=== 下から突き上げられるような揺れ === 木々が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
地震だ。地下で何かしらの変動があったのだろうか。
「な、なんだ…?」
「こりゃ…地震ってやつか? は、初めてだ…。」
大陸を支配するヴィクタリア帝国であるが、人口は内陸に密集している。
広大な土地故、生まれたときから地震と言うものを体験したことがない人間が大半だ。
彼らがまさにそうだった。
揺れは一分ほどで収まり、何事もなかったかのような静けさが戻る。
自然災害と言う不安感に煽られながらも、彼らはそこでじっとしていられない。
疲労と睡魔、空腹が重なり戦わずして満身創痍の彼ら。
暗闇と炎で視界は最悪の森。だが休んでいる暇はない。
彼らがこの大会に求めるのは名声か、実績か、希望の将来か、それとも…。
「…? おいっ…!あれ‼」
「んぁ…? ありゃ…人か?」
暗い木々の奥。掘脳が所々立ち上っているが、その中にうっすらと立つモノ。
ゆらゆらと揺れ動く。一言で言えば不気味だ。
幻覚か、あの小僧の怨霊でも見たんじゃないかと、一瞬錯覚してしまう程。
「あれは…! 魔獣狩りのクリス…⁉」
「向こうからノコノコとおいでなすったか!」
ゆらゆらと揺れ動く魔獣狩りのクリスの影。
見れば地面の起伏から、腹より上を馬鹿みたいに丸見えにしている。
大剣を持っている。いつか見た大振りな構え。
「やっと終いだ。」と、向こうから来てくれたというこの好機に喜ぶ。
「貴様らぁ!…ぶっ殺してやるからこっち来いよ…!」
「ど、どうする?相手は魔獣狩りのクリスだ…。下手に接近すれば返り討ちに…」
「とはいえ奴は手負いだ…。あの深い矢傷はそう簡単に治せるもんじゃない。」
「おまけにヒューリーズらの医術師は別方向に逃げたからな!今は回復なんてできんはずだ!」
この条件で、彼らは淡い期待を抱いた。
『自分たちだけでも怪物に勝てる。』
「5人で突っ込む…!残りは後ろで控えてろ!」
『了解』
剣、盾、弓、魔術、学術。これが彼らの装備だ。
しかし彼らはその中のどれかに精通しているわけではない。
強いて言えば彼らの観念を作り出す学術が力になるわけだが、彼らにとってそれ以外は単なる、人生の過程におけるカリキュラムに過ぎない。
だが戦うスキルも必修科目である。それが当たり前だと認識させる教育・学問が帝国の装備だ。
「行くぞ…!一斉にかかれぇッ‼」
『うおぉォォォォ…!』
―戦闘開始―
敵は手負いという前提条件ありきの突撃。
彼らの観念的使命感がその体を加速させる。
跳びかかる5人。大剣を構え待ち構えるクリス。
この瞬間、この5人は同じことを考え、前提条件を確立した。
『こいつ…やはり一歩も動かない!やっぱり手負いか…!傷が効いたか…!』
だがそれが、逆に彼らの感じる違和感を阻害した。
――閃光―― 炸裂 ――閃光――
左右からの連続した炸裂音。同時に強い衝撃と、周囲に飛び散る光る破片。
それらが耳横を掠めたときの音が、一瞬で彼らの動きを封じ込めた。
だがそれが最後だ。閃光の次は視界を覆う火。
そして、気が付けば体内を激痛が走っている。
5人同時にそれが起こり、後ろの控え10人も眼を閉ざさずにはいられない。
「ギャァッッッ……!」
「…はぁぁぁ…!ア゛ア゛ぁぁぁぁぁ…!」
「なんだ…畜生いてぇ⁉」
「…………」
「…………」
3人はもがき苦しむ。一瞬見えた破片が彼らの体の複数個所に入り込み、内側からの抉られるような痛み。
残り2人は事切れていた。完全に動かない。
頭部からの出血及び胴体数か所。
後方で控えの10人は状況が理解できない。
だが変化には気が付いた。
「…⁉奴がいない?ラビンスキーが消えた⁉」
「どこへ消えた…!あの巨体が!」
見ればその起伏の向こうから上半身だけ乗り出していた乗り出していたクリスがいない。
その場所に近づいて確認したい、突然の爆発で倒れた仲間を助けたい。
否、理性のあるやつは原因不明の攻撃(?)があった場所に駆けつけない。
「お~い…こっちだクソども。」
「な…!その声は…」
「ヒューリーズ⁉そこか…!」
後方より彼らを呼び寄せる声。
振りかえればそこには暗い獣道と起伏の中に炎。
そして、炎越しに見えるヴァルター・ヒューリーズの影。
悠長にもこちらに姿を晒すように突っ立って、武器を構えている。
「さっきのも奴の仕業か…⁉ぶっ殺してやる…!」
「―――デフォーム ストーン!」
「―――ウォーター プレッシャー…!」
下手に近づけば先の5人のようになりかねないと本能的に判断し、各々の特異な魔術による連続攻撃。
土の中級魔術から、水の中級魔術。
地中の石類物質を操作し物理攻撃、僅かな水を基に大量に生成し水圧による攻撃。どちらも対人殺傷能力が高い。
石の突き上げ攻撃によって土埃が舞い、彼らから見たヒューリーズへの視界を塞ぐ。
その土埃を通り越し、水圧カッターが十字に放たれる。
「…接近しよう!」
一斉に駆け出す数人。起伏をヒョイと飛び越え、ヒューリーズをやったかどうか確認する。
土埃を掻き分け、正面180°を見渡す。
だがしかし、
「まただ…!奴はどこだ⁉」
「一体なんだってんだ⁉」
ヒューリーズの姿はない。
クリスと同じように、攻撃後に消えた。
「残念…!ここだよ。」
「なん… どこに 」
――発砲 ――発砲
2人が炸裂と共に倒れる。背後からの一突き。
残りの彼らは倒れた2人を見た後咄嗟に振り返る。
「遅い…!」
誰もいないはずの背後から唐突に表れたヒューリーズ。
暗闇の中でのステルスキル。
炎と土埃越しであるから後方の仲間は彼らの状況を視認できない。
仲間が倒れた音だけが聞こえてきた。
また別方向でヒューリーズの声、さらに別方向でラビンスキーの奇声。
まるで弄ばれているようだった。
「なんだよ…奴らは一体何をしやがった!」
「俺たちは幻覚でも見ているのか…?」
「これも呪いかなんかか…!」
彼らは段々と感じ始める。観念的使命感が自分たちの気を狂わせたのではないか。
無意味な殺生を早く終わらせたいと強く感じ、幻覚を見ているのではないか。
奇妙だ。しかし何が恐ろしいのかわからなくなってくる。
「おい!何があった⁉爆発があったが?」
「魔獣狩りを見つけたか…⁉」
「お前達来てくれたか!」
そこにやってきたのは別行動の仲間たち。数にしておよそ10人。
元々バスキー一派の総数は40と少しであるから、彼らは本隊の一班だ。
きっとその奥にはバスキーもいるはず。
さっきの炸裂音を聞いて増援に来たようだ。これで彼らの手札は増えた。
けもの道の奥から見える松明に希望を見たとき、
「一体どうしたんだ!この惨状h… ==炸裂==
「うぉ…!またかよ畜生⁉」
一瞬の出来事ではあるが、同じことを二度見た残りの彼らはもうわかった。
『自分たちはハメられた』のだと。
ヒューリーズ、ラビンスキー、碧髪は追い詰められ逃げたふりをして自分たちを待ち構えていた。
最初に5人がやられた爆発も、次に6人が暗闇の中でやられたのも、何か罠が仕掛けてあったに違いない。
理論や原理は説明できなくとも、それだけは素人ながらわかった。
もっとも、姿を見せたラビンスキーとヒューリーズがどこに消えたのかは全くわからないが。
実に奇妙な芸当だ。
―――――――――――――
バスキーは怒り狂う。いや、むしろ焦る。
あれだけ息巻いて「奴らに醜態を晒させてやる」と言っていたのに、続々と入ってくる仲間の訃報。
それでも自身に言い聞かせる。
「俺は劣等を殺すという正しき行いをしている…!」と。
そして、「あんな連中に自分が負けるはずない」と。
もう誰もがラビンスキーに、劣等民族の疑いを掛けている。
使えない部下の力を引き出すにはこれ以上ないほどのプロパガンダだ。
たとえ同じ人間に見えても、劣等なら人ではない。
劣等を殺しても罪にはならず、むしろ褒め称えられるから。
そして現在、別動隊の方向から聞こえた爆発音を聞き急行したのである。
ブラムナス高地に残っている少数の第4班には、砲撃魔術を使う指示を出していない。
しかも聞き覚えのある炸裂音だった。
あれはヒューリーズが使っている筒状の武器が使用されるときに発する音と同じか、それを肥大化したように感じた。
つまりさっきのはヒューリーズの攻撃なんだ。
「なのになんだ!この惨状は…⁉」
自身が引き連れていた第1班の先頭で、再び炸裂音がした。
それと共に広がる白い煙。
「煙…いや、あれは煙なのか?」
煙にしては重々しく見える。
本来、熱を伴う煙ならばもっとフワッと空気中に広がるはずである。
なのに今見えるあれはもっと質量を感じる。
しかも…先頭の様子がおかしい。
「―――ゲホゲホっ…!何だこれ…⁉めちゃくちゃ苦しい…」
やはりだ…!ありゃただの煙じゃない!
なんらかの吸ってはいけない系のモノだ!
「小賢しい真似を思いつきやがって…‼ 全員下がれ!それを吸うな⁉」
「バスキー…奴らの姿が見えない…!」
「なんだと?だが今まさに攻撃を受けているじゃないか!」
「あれは全部罠だ!なんなら姿を一瞬見せてその後消える!」
訳の分からないことを…!お前たちはまだエミリオの呪いだのなんだの言っているのか⁉
バスキーはそう心の中で激昂していた。
だがそれを口にすれば彼らの士気を下げることになる。
意外にもバスキーは冷静な判断をギリ下せるのだ。
それらが繰り返された時…、、その後だった。
「河川だ!ヒューリーズたちを河川で見つけたぞ!」
との一報がバスキーらの耳に入った。
どうやらダインやスレアムを追っていた第3班の一員が、道中で河川に陣取る奴らを見つけたらしい。
距離にして約1.5㎞と言った所だろうか。
流動的に進む事態に、バスキー本人も追いつけていない。
だがバスキーの行動を後押しする『期待と自信』そして『プライド』が、彼を未だ冷静なリーダーたらしめた。
もう次の行動は決まっている。
「みんな…河川へ向かうぞ!風魔術を利用すればすぐだ!」
「…ッッッ…」
全員の気迫が弱まる。数時間前までの狂信的な心情は、疲労によって上塗りされていた。
バスキーは彼らのその心境を理解している。ならばかける言葉は一つ。
「奴らさえ排除すれば評議大会は勝ったも同然‼そうすればお前たちは優秀生として帝都の我が母校に凱旋し、名誉国民となれるんだぞ‼」
「…ぁああ‼やってやろうじゃないの‼」
「早く行くぞ…!」
流石、バスキーと特に親しい取り巻きで構成された第1班だ。
彼の言葉にそう答えるべきか、または嫌われればどうなるかを重々理解している。
バスキーはこれを自身のカリスマ性によるものだと感じた。
実際は金と権力と階級によるものだとも考えずに。
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距離にして1.5㎞を、バスキー一派の全力が走り続ける。
森を抜け、丘を迂回し、平地を走破した。
見えた先には盆地を二分する中央の河川。そのうち片方だ。
夜明けは目前に迫っている。
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