第31話 二人の劣等
「―――この紋様を見ろ…。」
「あなたもエンティオ人…?信じられない…。」
「俺だって信じられん…。」
そうだとも、信じられない。
今まで死に物狂いの戦いをして、互いを少しでも許したと思い込んだ敵が俺と同じ。
世界から迫害を受ける劣等民族。
信じられないが、クリスの体に広がる紋様が事実を物語る。
極度なまでの感情の高ぶりによって現れる民族の証。
最大限ではないのか、クリスの紋様は全体までは広がらず、尚且つ薄い。
「俺はこのくらい自分でコントロールできるが、本気となればコレは色濃く鮮明になる。魔獣と死ぬ寸前まで殺しあった時なんかそうだった。」
今の俺には、目の前のクリスが今まで見たときとは全く違う別人に見えて仕方がない。
今までの凶暴で、圧倒的に強くて、高い壁であり、頂点に立つような凶戦士ではない。
そこにいるのは強くて、実は苦しみに溺れていて、それでも必死に這い上がろうとする同族だった。
「…こっちも聞かせてもらうぞクリス。お前もネストも、一体何者だ。どこでどうやって生きてきた?」
「…ネストから、俺たちの村の事は聞いたか?」
「あぁ…。」
クリスはどこか安心しているような表情だ。
表面的にしか見えていなかった凶戦士の皮が剥がれ、少しづつ内面的に見えていく。
同族の語りが始まる。心して耳を傾ける。
「俺たちの村は辺境の貧しい領地にある。秘境も秘境だから強力な魔獣がわんさか出る。俺はそいつらを狩ることで金を得て、家族や村の連中を支えてきたつもりだ…。」
「それで付いた異名が、魔獣狩りのクリス…。」
「そうだ。だが俺の村はな、国中探せばどこにでもあるようなただの貧しい村じゃねぇ。俺やネストを見ればわかるだろう?」
「まさか…。」
「村の連中はみんな、エンティオ人の血を引いている…。言わば『劣等民族の村』なんだよ。」
これが運命と言う奴か。それとも神の悪戯か…。
俺だけじゃなかった。見えていないだけで、俺の知らぬ土地に同族はいたのだ。
そして偶然にも俺は出会ったのだ。皮肉にも殺し合いで。
クリスにも俺にもきっと、俺が忌避してきた淡い希望があったのかもしれない。
「思えばあなたはずっと魔術を使わずに、剣術だけで戦っていた…。それは私たちを見くびって魔術を使わなかったんじゃなくて、因子が弱くて使えない…。そういう事だったんだね…?」
「碧髪の嬢ちゃんは賢いな…。その通りだよ、所詮俺は単純な力でお前たちをねじ伏せていたにすぎない。」
ふぅ…。深いため息をつくクリス。一瞬、全身に力が入ったのがわかる。
力任せに大剣を地面に突き刺し、強い唸り。
「遠くに逃げる力も金もねぇ、貧しさで病すら治せない…!だが金を求めて世間に出れば殺される…!
だから村で唯一戦う力を持つ俺は剣を振るい続けた…!全てはあいつらの為に!」
再び紅潮するクリスの顔。溢れ出す涙。
大剣を放り投げ、その場にもたれ込み、長髪を搔きむしる。
「それでこんなクソみたいな大会なんぞに来た…。その結果がこのザマだ…!俺を思って必死に治癒魔術まで憶えてついてきてくれたネストは殺された…!マニーも…クソッたれの優等共に…!」
「クリス…お前は…、」
俺は言葉を詰まらせた。なんて言ったらいいかわからなかった。
いや、むしろ俺が一番クリスの心情を理解できるはずだ。
クリスの状況は俺のそれと同じ。だから俺が一番わかるはずなんだ。
でも意外と、わからないものなんだ。さっきのレイナも俺と同じで、なんて言ったらいいかわからなかったのかもしれない…。
「ヴァルター、話してあげなよ…。あなたの事も。」
「ああ…そうだな。話してやるよクリス。誰にも話したことのない俺の過去を。」
運命とはとにかくわからないもので、俺が過去の全貌を初めて打ち明けるのは、数時間前まで殺し合ったばかりの同族だった。
…あまり口にはしたくない。それほどまでに悍ましい幼少期を、俺は淡々と振り返っていく。
もう気分が悪くなりそうだ…。
「俺の本名はヴァルター・L・ランシュタイン」
「リンクシュタットという地方の中流貴族の生まれ」
「エンティオの血筋を隠しながら代々自分たちの土地を守ってきた一族。」
これらを解説口調で伝えていく。
だが思い返しても、懐かしむことはできない。懐かしむことはそれすなわち苦しみだ。
「貴族か…俺とは真逆で大層いい身分のようだな。」
「だけど裕福ではなかったさ…。でも、それなりに幸せだったよ。父に母に祖母に使用人、みんな大好きだった。その幸せを、今度は一生享受したいと願っていた。絶対に逃すまいと…。」
「幸せだった…。家族はどうなった?」
「…殺されたよ!血筋がバレたんだ…。軍人たちが家に押し寄せてきて、あっという間に父と使用人と祖母が殺された…。母は幼い俺を抱いて逃げたが…俺を守りながら目の前でっ…!」
俺はギリギリと歯を食いしばり、皮がむけるほど強く拳を握りしめた。
思い出したくない。だが生きている限り一生逃がられぬ呪縛の過去。
俺はその時の自分を殺した。そして今の俺がいる。
だが、自分を殺したことで全てが変わるわけではない。生き続ける限り変わらない。
「ごめんなさい…!それも全部…私のせいっ…」
「レイナ、それは違う。全ては俺自身の責任だ…、、と思ってたんだよ。6年前まではな。」
「…え?」
俺は創造主・エミリオとの出会いを振り返る。
エミリオの存在を二人に伝えるべきか躊躇したが、存在自体は濁らせることにした。
面倒なパラドックスになりかねない。
「俺はエミルドに行き、力を蓄え、敵と思われる奴とその家族を襲撃したんだ。俺の家族と同じ目に会ってもらおうと思ってな…。幼少期を全て復讐に費やしたんだよ…。」
「ターリーズ一家襲撃事件…。あれ?でもマルクスは殺されてない…」
「――違ったんだよ!仇を追い詰めた直後ある人物から聞かされた…!『正体を密告し襲撃を企てた者』…そして『そいつに密告を促した黒幕』がいると…‼」
――声を荒げた。クリスは唖然としているが、それ以上にレイナだ。
俺は顔をうつ伏せてレイナの反応を見ることはできないが、まさに絶句といった反応だろうか。
レイナは長年ずっと自分のせい、そしてマルクスが仇と思い込んでいた。
少なくとも俺だって2年間はそう思い込んでいた。その結果なんの罪もないマルクスの家族を奪った。
俺は奴らと同じように、哀れにもただ狂気に支配されて動いていた。
その真実を、レイナは今唐突に告げられたのだ。自分が信じていた男の口から…。
――俺にもまだ知らない真実がある。
「クリス…俺とお前は真逆だ。俺たちは皮肉にも似たような人生を歩んできた…。だがお前はその人生を仲間の為に費やしている…。だが俺は復讐の為だ。そこが強者と弱者の違いだよ。」
「お前が評議大会に来た理由もそれか?その密告者に通じるものがあったのか?」
「いや、大まかな理由はバスキーの野郎だが…その節もあった。俺は帝国近衛騎士との人脈を持っててね、ここで活躍すれば密告者を探すカードが得られるかもしれないって思った。」
そうだ…思えばその為に俺はアルザスもレイナもみんな、利用したんだ。
アルザスはなんて思うだろうか。
―――――――――――――――――
しばらくの静寂が訪れた。追手の気配はないが、火の手は迫る。
アルザスたちは無事だろうか。誰か死んだだろうか。恐らくあのヴィクトル人たちは容赦しない。
仮にアルザスが死んだら俺のせいだ。あいつだってヴィクトル人なのに俺の仲間、だから奴らは見逃しやしない。
――苦しい静寂に口火を切ったのはクリス。
「俺たちは真逆か…確かにそうかもしれん。だがなぁ…俺はお前を見て、お前の話を聞いて思うところがあるんだ…ヴァルター。」
「なんだよ…。」
座り込んで睨み合っていたクリス。重い腰を上げるように立ち上がり、涙で痒くなった顔を擦る。
「俺たちは劣等民族だ。どれだけ戦ってもそれだけは変わらん。」
「あぁそうだよ…、変わらない。だから…!」
「でもな…俺は感じるんだよ!お前は特別なのかもしれないってな!」
「俺が特別だと?そりゃ皮肉か⁉俺にはクリスのような強い力もなければ、他の人種のように魔術も使えん…!俺のどこが特別だってんだ…⁉」
「じゃあ今までお前についてきたあの仲間たちは⁉アルザスやその嬢ちゃんは⁉なんでお前を信用してついてきたんだ!それはお前に、特別な何かがあるからだ…!」
「でもそれは…ッ!、、俺はあいつらを利用して…。」
「利用」。その言葉を発したとき、俺はレイナの顔色を窺った。
無論、いい顔するわけがない。碧い瞳は涙で潤う。
でもなんだ…その顔は…!まるで「全部わかってる」みたいな顔は…。
「あいつらみんなヴィクトル人だろう。俺たちの敵のはずだ。ただお前は正体を隠したとはいえ、そいつらを引き連れてきたんだぞ…⁉」
クリスは詰め寄ってくる。胸倉を掴み、歴戦の凶戦士たるその走行で睨みつけてくる。
「わからないか…⁉俺のように閉鎖された場所で隠れ続けてきたエンティオ人にとって…、そんなお前は特別なんだよ…!優等でさえ率いることができたお前は、きっといつか『全ての劣等を導いてくれる』。そんな風に感じる…!」
―――――――――
俺は自分に問いただした。それなりに長い年月を生きたつもりで、忘れていた何かを手探りで探した。
そうだ…6年前に固めた決意を…第二の人生を生きる意志を。
久しぶりに、それを思い出した気がする。答えを探し出した。
『俺は何のためにこのクソみたいな世界で生きてきた⁉ 逃げることはいつでもできたはずだ!
俺が生き続けることで殺された家族の思いが報われる! 生きることに意味がある!』
生きて強くなることが、彼らへの最大のレクイエムである。
俺はこれを胸に刻んだはずなのに…月日を経て忘れてしまっていたのか?
毒されていた。だんだんズレていたんだ。
永遠の争いが人類を強くし、永遠の平和が人類を弱くする…。その原理に従っているだけなのだろうか…この世界も、俺たちも。
「ハハハッ、面白いことを言うなクリス。俺が民族の指導者?そんな奴は歴史上でごまんといたが、大抵碌な奴はいなかったぞ?この皮肉屋め。」
「本気で言ったつもりなんだがな!へへッ」
「なんか…ヴァルターが復活した?…よくわからないけど良かった。」
「ごめんなレイナ、見苦しかったろう。…生きることが、死んだ幸せたちへの最大の手向け…。それをやっと思い出した。」
「…じゃあまずは、あのクソッたれ共を何とかするぞ。俺だってネストたちの仇を撃たなきゃならねぇ。」
「そうだ…まずはバスキーの野郎をぶっ殺そう…!」
俺は完遂する。俺の人生、劣等貴族のレクイエムを。
エミリオよ…次はなにをぶつけてきやがる…!
今日のは非常に質が悪い気がする。
でも軌道に戻った感じ。




