第23話 竜と客人
― 大会数日目 ―
― ブラムナス高地 ―
「各班ごとに分かれて、装備を整えるんだッ‼」
「四班はこの拠点に残るんだぞ。体力は蓄えておけよ。」
ライドル・C・バスキー麾下40名は、慌ただしく行動を始めた。
40人をそれぞれ10人づつの班、担当する役割ごとに配置される。
凄腕のステータスを持つ奴もいれば、そうではない平凡なステータスの奴だっている。
全員がヴィクトル人ではなく、なかにはクーベルト人だっている。
主要メンバー以外の彼らは、この大会の為に用意された、いわば寄せ集め隊。
才能あるやつだけで構成された他勢力と比べれば、烏合の衆に等しい班だっている。
しかし、統率力は高い。
「テロイ、俺は第一班だ。お前は第二班を率いてくれ。」
「わかった。」
バスキーは自身の持ち武器・弩弓を担ぎ、仲間たちに指示を出す。
他三班の長たちが、バスキーを囲んでいる。
バスキーは彼らの中央に地図を広げ、解説を開始した。
「状況整理だ。まず、例の『赤い煙』だが、あれはヒューリーズ達のものだと、斥候から報告が入った。
偶然にも奴らは、あの魔獣狩りのクリスこと『クリス・ラビンスキー』と遭遇し、戦闘を行っていたそうだ。」
地図にペンで位置情報を書き記す。
「結果はラビンスキーの辛勝。だが重要なのはどちらが勝ったかではない。」
「ヒューリーズとラビンスキーが、同時に行動を見せたこと。」
「そうだ。ヒューリーズとヨースターの御曹司は、数人の犯罪者を二人で制圧したほどの実力を持つ。
だがラビンスキーはさらに脅威だ。個人の力量で奴に敵う者は、生き残った者の中で誰一人としていないだろう。」
彼らは始まりから今まで、ずっと力を温存してきたから余裕がある。
それでも以上のの二組を警戒しするほどである。
バスキー自身、ヴァルターの実力を否定しきっているわけではないのだ。
ヴァルターには栄誉勲章と言う証明がある。
「つまり今は、ヒューリーズとラビンスキーを同時に排除できる絶好の機会なのだ。
あの魔獣狩りのクリスを排除すれば、今後の私たちの優勢は盤石となり、戦いを評議されているお国の肩からの評価も確実に上がる。」
「おぉ…そうすれば最優秀の名声は俺たちに…!」
「25年前の方々のように、皇帝陛下に認められし優等国民としてのキャリアを…!」
「俄然やる気が出てきた…!」
班長達の意気揚々とした声が続く。
彼らはビジョンを見ている。
さっき一人が言ったような、過去の優等国民のビジョン。
この国において最大の誉め言葉は、『優等』である。
「まぁ落ち着け。まずは作戦だ。」
「あ、了解。」
「まずは三班ごとに高地を出発。奴らが潜伏すると思われるエリアに向けて進む。」
「煙が上がったのは、ここ。木々がない平野部だね。」
「そうだ。そして主役となるのは、高地に残った第四班。
とっておきのアレで吹き飛ばせ。最悪、ラビンスキーもろともな。」
自身に満ち溢れた班長達。
硬い表情で行動を開始する麾下のメンバー。
ヒューリーズの崩れ落ちるツラが楽しみで仕方ないバスキー。
もうこれだけで、立派な組織として機能する。
その機能がいついかなる時でも正常でいるかは別として。
「みんなの頑張り次第で、私たちの名がヴィクタリア帝国の学史に記されるぞ…!」
先にあるのは、栄光か惨劇か。それを誰が選択できるのだろう。
― ヴァルター一行 簡易拠点 ―
俺たちは着々と、その行動範囲を広げていった。
状況は急速に変化しつつある。
最初に確保した好立地拠点が襲撃されてから、早くも一週間は経っただろうか。
文明と離れた野生の環境にずっといたせいか、日にち感覚が薄れてくる。
当初の俺の想定は、拠点を襲撃された時点でハズレだと思っていたが、どうやら絶対にそうでもないらしい。
俺達が認識できる範囲では、俺達の付近に小規模他勢力は殆ど生き残っていないようだ。
多くの勢力が当初俺が想定したとおりに、序盤のうちに潰し合ったらしい。
特に魔獣狩りのクリス。あんな戦闘狂がいたもんだから余計に。
俺達は結果的に、誰一人欠けることなくこのフェーズを生き延びたのだ。
その代わりだが、誰も生き残りが0とは言っていない。
生き残りは、強者のフィルターを潜り抜けたそれなりの猛者。
つまるところ、敵の量が一つの質に変わったということだ。
しかしまぁ、魔獣狩りのクリスと対峙した俺たちが、今更怖気づくこともないだろう。
『キュウ~~ん…、、』
「あ?なんだ…?」
付近で他生物の鳴き声が聞こえた。
子犬のよう、可愛いの感性が揺さぶられる甲高い鳴き声。
俺はふと、声の方向に振り向く。
緑の尻尾と、トサカらしきものが見える。
次第に全体像を認識した。
「竜の…子供?」
一匹の小さな竜が、俺の方を見て佇んでいた。
背丈は俺の膝丈ほどしかない。
これでは竜ではなく、オオトカゲのサイズだ。
しかし竜らしく、背中の陰から極小の翼がひょっこり出ている。
一体どこから来たのだろう。
『キュウ~~ん…?』
「ふ、不覚にも、、可愛い。」
俺は爬虫類がそこまで好きという訳ではないが、こいつはかわいい。
小竜はジッと、俺の方を見てキュウ~んと唸り続けた。
なんだお前は?俺に何を求めているのだ?
まさか、俺を餌だと思っているんじゃ…?
「なんだよ。おチビさん、どこから来たんだ?」
『キュウ…。』
あ、これあれだ。日本でもよく見る奴。
野良犬や猫と同じ、ご飯を求めて萌え攻撃してくる奴。
なんとなくわかる。腹が減っているんだろう。
「ちょっと待ってろ…、ほらパンだ、食え。蛇とか蛙のほうが好きかもだけど。」
『キュウ~っ!』
小竜は勢いよくパンにかぶりつく。
俺は小竜の爬虫類肌を撫でながら、小竜が来た方を眺める。
なぜこんな子供が一人で、人間に食べ物を求めに来たのだろう。
この大自然の中、野生の食料だったらその辺にあるだろうに。
それに親は?大人の竜ならそれなりにデカい個体のはず。
だがそいつは姿を見せない。
野生の竜の育児放棄だろうか?
「お前も親無しか?俺と同じで。」
「キュウ?」
「そんなことないか…!」
俺は残りのパンを渡し、「じゃあな」と言い残した。
小竜も親元へ戻るだろうし、俺も仲間の下へ戻る。
着々と、いや流動的に変化する戦いの趨勢で、俺も大人しくしているわけにはいかなくなった。
奴が向こうから仕掛けてくるのを待つ時間もない。
さて、いつまでゲリラごっこを続けていられるか…。
―――――――
簡易拠点へと帰還したのは、小竜と遭遇してから小一時間ほどであった。
キャンプの中に、アルザスの赤毛やレイナの碧髪が見える。
なぜかみんな、一点を見つめて突っ立っているが。
「ただいまぁ…。」
「あ、ヴァルちゃんおかえり。」
茂みを掻き分けていくと、アルザスがいつものように出迎えてくれる。
その出迎えが可愛い彼女か嫁なら幸せなのだが。
「ところでヴァルちゃん、お客さんだよ。」
「は?お客だぁ…?」
おいおい、ここは家じゃなくてキャンプだぜ。
おまけに気軽に遊びに来れるものじゃない。
一体誰だその常識知らずは。
「誰だお前は。」
「あ…ここのリーダーの方ですね…?」
待っていたのは小柄の少年。
地獄からの使者・蜘蛛男ではないようだ。
今日はやたらと小さい奴に出会うな。
「僕はネストといいます…。魔獣狩りの…いえ、クリス・ラビンスキーの仲間です…!」
…んーーーと、え?
魔獣狩りのクリスの仲間?この幼げな少年が?
まあ言うて俺も16歳だが。
それよりもコイツ何しに来たんだ。
Youは何しに簡易拠点へ?
俺はアルザスに耳打ちする。
「え、なに。コイツ自分で来たの?お前らが捕まえたの?」
「いや捕虜じゃないよ…。なんか『ごめんください』つってきたんだって…。」
ネストとやらはもの言いたげな表情で訴えてくる。
その表情やめて。俺そういう顔に弱いから。
「ところで、あなたは少し幼く見えるけど、本当に学生?」
レイナが顔を近づけ、率直な質問を繰り出す。
それに関しては俺もそう感じていた。
「えっと、、13歳です…。」
「うそ!じゃあ青年学生じゃないのにここに来たの⁉」
「はい、クリスのサポートの為にこっそり…。」
年齢詐称どころか、非公式(?)的な感じでクリスについてきたのか。
そんな奴がわざわざ俺たちの所まで…。
この前、奴を負傷させたパーティだからだろうか。
ふと、もの言いたげな表情が変わった。
目をキッとさせ、腹に力を入れている。
「実は僕…、皆さんに頼みがあってきました…‼」
「頼み…?」
「彼を…クリスを助けてください!」
その一言は、創造主エミリオが喰らいついてきそうな内容だった。
明らかに行く先に変化をもたらす。
それがプラスにしろマイナスにしろ、エミリオが感じる影響とやら。
奴にとってはメインイベントの選択肢レベルであろうが、俺にとっては人生を左右する影響が及ぼされる。
運命の変化と言うのは、いつも唐突に訪れるものだった。
しかし今の俺には、それを知る由もない。
「助ける…?具体的にあの男の何を助ければいい?」
「そもそもお前たちは敵だ。どんな内容にせよ、奴に助力など…」
ネストを責め立てる俺達。
非常に馬鹿げた話だ。こいつは本当に何がしたいのだ。
「ちょっと待って、ゆっくり話を聞いてあげようよ。」
「リオデシア…。」
慌てて悔しむネストと俺たちの間に、リオデシアの仲裁の手が一本入った。
リオデシアはネストの面と向かう。
落ち着いて話すようにと、促す。
「何か、苦しいことがあるんでしょ…?話してごらん?」
お前はスクールカウンセラーか。
しかし母性の力か。ネストは小さな口をゆっくりと開き始める。
「僕たちは北東の辺境地、エルゴシュタットの小さな村から来ました。凄く貧しい村で、僕たち子どもは街に住む人と違って、まともな教育も受けられません。」
エルゴシュタット…。聞いたことがある。
北東の領地と言うくらいだから、エミルドとの境界に近いところだ。
とは言っても、滅茶苦茶近いという訳でもないが。
エミルドとヴィクタリア帝国には、明確な国境と言うものがない。
だからソッチ方向の辺境地は、なんというかフワッとしている。
「そんな中でクリスは、幼いころから剣術の才能がありました。エルゴシュタットは人が少ないので、危険な魔獣が多く出現します。クリスはその魔獣たちを討伐することで報奨金を得て、村の生計を支えていたんです。」
「だから、魔獣狩りのクリスなんだな。」
「あの時の大振り気味な剣筋も、魔獣と戦い続けたからできたものだったのか…。」
クリスと直接剣を交えたアルザス。
奴の剣の特徴をとらえ始めている。
「クリスは戦い続けることで、村を支え続けようとしていました。それに彼には病気の母親と、弟や妹がいます。ずっと家族の為、村の子供たちの為に剣を振るってきたんです。」
なるほどねぇ。随分感動的な話だ。
しかしなぜ、そのような男が評議大会なんかに。
「村の大人たちはせめてもの礼として、クリスを学校に行かせてあげたいと思い、エルゴランツの小さな青年学校へと入れました。クリスはそこで、評議大会の存在を知ったんです。」
「つまり、自分が評議大会で勝てば村を助けられるかもしれない。だから単身剣一本で出場したという訳か。しかしまぁ、一人で来るとは流石にバカじゃないのか。」
ネストは大きく頷いて見せた。
「その通りです。でもクリスはその…頭は良くないので。剣一本で来た辺りもそうですし、相手を全員倒す以外の勝利法も見出していないみたいで…。」
「要はただの脳筋かい。」
「はい。それは間違いないです。」
――――――――――
「それで、俺達はその身の上話をされて、どうすればいいのだ。」
「まさか、村の為にわざと負けろっていうんじゃ…。」
「いえ…、むしろ逆です。みなさんには、クリスに勝ってほしいんです…!」
「は、はぁ?」
マジかい。まったく斜め上の回答が飛び込んできたもんだ。
もう今日は変化が多すぎる…。
俺はよくわからんもどかしさから、頭を掻きむしった。
「僕はずっとクリスの戦いを見てきました…。クリスは強い、確かに強いです。でも…、どんな戦士ってずっと戦えるわけじゃない…!」
「えっと、、、事のつまり?」
「彼の体はもう傷だらけで…!これ以上僕らの為に‼クリスが傷つくのを見たくない…ッ‼」
ネストは涙をこぼし始めた。
膝から崩れ落ち、懺悔の嗚咽を響かせる。
リオデシアが、ネストの涙を拭いながら、背中をさする。
「だからお願いしますッ‼皆さんがクリスを打ち負かして、彼の戦いを止めてくださいッ…‼」
…なんだよそれ。
もちろん、俺は奴に勝つことを目標に置いてきたつもりだ。
しかし、勝てるかどうかは別問題でもあった。
それがなんだ…、奴の子分から勝ってくださいだと…?
ネストは涙と同じように頭を落とした。
俺はこの涙をどう汲んでやるべきか。
そんなこと知るか。
「悪いがネスト。そう簡単に行くもんじゃない。負けてくださいのほうが、むしろ簡単だったよ。
なんせクリスに勝とうってんなら、高確率で殺しちゃうからね。それでもいいってんなら…」
「ちょっとヴァルターッ!そんな言い方…、」
俺のセリフにずっと黙っていたレイナが怒った。
俺は感じないが、お前にとっては心もとない発言だったか?
だが事実を言ったまでだ。
「俺がアルザスに言ったことを忘れたわけじゃないだろ?死ぬ気で殺す気で戦わなきゃ、あんな凶戦士には勝てっこない。」
「それはそうだけどさ…。勝ちを譲るっていうのもあるんじゃない…?」
「正直俺は、負けてやるという選択肢でさえ考慮している。それが一番俺たちにも、ネストにとっても安全策だ。
でも見て見ろよ。一人だけ、戦う意欲がくすぶってる奴がいるぜ?」
俺はそいつを指さす。
さっきから話を聞いていた、剣をギュッと強く握りしめてもどかしそうにしている奴を。
そうだよなぁ。赤髪の剣士よ。
「アルザス、お前はそれでいいのか?みすみす価値を譲るなんて、お前の性分に…」
「合うわけないだろ…ッ‼」
剣を持ち上げ、垂直に地面へ叩きつけた。
感情の籠った動作で、気持ちがビリビリと伝わってきた。
「剣士が剣じゃなく、素手で打ち負かされたままでたまるかッ!俺は奴を越えたいし、悔しいよ…‼」
「じゃあお前は次に奴と対峙した時、最悪奴を斬り殺せるか?躊躇なく優しさを捨てられるか?」
「…やるしかないでしょ。それにさ…、」
頭に上った血の気が引いていくように見えた。
そして、今の今までと違う目で、俺を見て言った。
「ヴァルちゃんについていけばできる気がする…。君の行動力と強さが、俺の中に浸透していく感じがするんだ。」
「気持ち悪いこと言うなよ…。前にも言ったが、俺はそんな出来た人間じゃない。
お前は優しさが強さを阻害するが…、俺のは強さじゃないんだよ。」
気味の悪い空気が、一瞬流れた。
なんだろう。さっきまで激しい感情を俺からもアルザスからも見て取れたのに。
一瞬、アルザスが違うものみたいだった。
空気を掻き消すように、ダイン先輩が横から入ってくる。
「おっほんッ…。とりあえず、話はまとまったか?」
「はい。俺たちはクリス・ラビンスキーを倒します。バスキーはその次です。
アルザス、お前がその気なら闘志を見せてみろ!優しさを力に変えて見せろ…!」
「…了解ッ!リベンジマッチだ!だから一緒に進もう、相棒…!」
アルザスがいつもより一段と格好よく見えた。
ちゃらんぽらんなボンボンが、剣を取れば戦士になって、敗北を経て堕ちて、また戦士の目になる。
コイツは本当に、テンプレのタイミングのようにいいところ見せるんだから。
「でもさ、どうやって勝つの?」
「、、、、、、、それはねぇ…。」
レイナが雰囲気をバッサリ断ち切るセリフを吐く。
でも確かに現実逃避気味だったかもしれん。
「私の氷魔術、ヴァルターの狙撃、アルザスの魔術付与剣、全部合わせても駄目だったじゃん。」
そうだよ。まずまずどうやって勝つのかだが…。
RPGでもラノベでも、こういう敵には抜け道が必ず存在するってのがお決まりだ。
いや、むしろここは異世界なんだ。そうであってくれ。
そんで攻略法がどこにあるのかと言うと…、目の前にいる。
「ネスト、君はこんなことをただ頼みに来ただけじゃないだろう?」
「あ、えっと、」
「俺たちが正攻法でクリスに勝てないのは知っているはずだ。そのうえで勝ってくれと言いに来たんだ。何か、攻略法を握っているんじゃないか?」
「…その通りですッ!僕はクリスの弱点を、抜け穴を知っています…!」
最高だ。
これは思わぬラッキーイベントになりそうだ…。
そうであってほしいところだがね。




