第22.5話 二人の違い
クリスは、自身の相棒たる大剣を担ぎながら、自身の寝床へと戻ってきた。
左腕の被弾、右肩の掠り傷からは血がが流れている。
失血死に至るほどではないが、これ以上の体力消耗を抑えるために、手持ちの布で簡易的な止血を行った。
「ゔぅ…畜生…!
マニー、ネスト、戻ったぞ…。」
「あ、クリス…!お帰り‼」
「ち、血が出てるよ⁉大丈夫⁉」
寝床で待っていた仲間、マニーとネスト。
2人は流血するクリスを見るや否や、包帯を取り出して治療の準備をした。
マニーが傷口を確認して、薬草を塗布。
ネストが包帯で傷を塞ぎ、治療を開始する。
クリスは痛みと不満、悔しさを悟られぬよう声を殺し、二人に身を任せた。
「クリス、じっとしててね。」
「薬草と神の加護…『ヒーリング』…」
「……ん、、、」
ネストが治癒魔術を発動する。
弱々しく、満足な治療とは言えないような治癒魔術。
それでも、クリスにとっては大きな効果と意味を持つ。
「ごめんね…、こんな気休めくらいのことしかできなくて…。」
「謝ることはねぇ。お前たちは少しでも魔術が使えるんだ。俺らの中じゃ、立派なもんさ。」
周囲では雨が降り始めた。
怪我の具合も、悪化すれば危険である。
魔獣狩りのクリス、しばしの行動制限がかかるようになった。
マニーとネストは、悔しそうな、申し訳なさそうな表情で治療を続ける。
「お前ら心配すんな。俺は飛び切り頑丈だ。こんなの寝てりゃすぐに治る。」
「でもクリス…!クリスばっかりがいつも戦って、痛い思いして…、」
「私たち…、クリスがこれ以上傷つくのは見たくないよ…。」
身なりからして貧しい彼ら。
髪の毛や肌は、お世辞にも綺麗とは言えない。
頼もしいクリスは、そんな二人の頭を撫でる。
「全ては俺が望んでやっていることだ。俺には剣しかない。俺がこの世界で糧を得るためには、剣を振るうしかないんだ。」
「…、それが魔獣狩りのクリス、、、なんだね?」
「そうだ。俺はこの馬鹿げたお遊びで一発逆転して、お前らを…みんなをこの狂った社会から逃がしてやるんだ…!」
クリスは大剣を握りしめ、熱くなって二人に希望を持たせようとする。
塞いだ傷口が、強まる鼓動によって再び開きそうだ。
「ヴィクタリアなんざ早く抜け出して…、自由な場所でみんなで暮らすんだ…!」
「そうすればクリスは…、もう戦わなくていいの?」
「…そうなるといいな。」
クリスは雨模様の空を見つめる。
奴らとの再戦を願って。
―――――――――――――――
― ヴァルター一行 ―
「ッッッ!いってぇ…⁉」
「じっとしてて、早く添え木を着けないと。」
後方で待機していたリオデシア、バイマン、スレアム先輩の下へ辿り着いた俺達。
アルザスと同行していたダイン先輩は、俺達とクリスが交戦している間、万一に備えて退路を確保してくれていた。
そのおかげで撤退は成功した。
逃げるのが成功とは、ずいぶんと皮肉な話ではあるが。
アルザスは、クリスの重い打撃をもろに受け続けていた。
結果、腕の骨折と肋骨の損傷が確認された。
ここまで戻ってくる間、さぞ痛かっただろう。
そんなアルザスには悪いが、最終的勝利を得ない限り労災は下りん。
今はリオデシアの治療で我慢してくれ。
「添え木よし。じゃあ骨を繋げるね。」
「お、お願いします…。」
「……『リカバリー』。」
緑の魔術発光。
流石は医者志望。高レベルの治癒魔術『リカバリー』は習得済みか。
数分の魔術効果付与。
折れた骨は静かに修復されていった。
ふと、レイナが言う。
「アルザス…、怪我したのになんか嬉しそうじゃない…?
「まぁね。好きな女性にに看病してもらえるなんて、喜びの他ないね。」
「なっ…///すぐ変なこと言って茶化さないで…!
私だって、それなりに心配してたんだから…!///」
ホントだよ。急に何を言いだすんだお前は。
しかもまだリオデシアのこと諦めてなかったのかよ。
神経が図太いというか、変にポジティブと言うか…。
いや、それがコイツの強みか。
「それで…?これからどうするの?ヴァルちゃん…。」
「どうするって、そりゃぁ…、」
みんなの視線が俺一点に集中した。
この場の全員が、俺の意向を待っている。
改めて実感した。俺はこいつらの司令官なんだ。
「…魔獣狩りのクリスという強敵が現れた以上、当初のコソコソ作戦は通用しなくなるだろう。だが幸い、まだ考えようは残っている。奴の行動原理が、大方予想できるからな。」
「えっと、それって?」
一息おいて、
「恐らくクリスは、腕っぷしだけでこの戦いを制するつもりだろう。
つまりは、障壁となる敵を全員倒そうとするってことだ。」
全員の予想に反したであろう、俺の予測。
「奴の戦いぶりを見ただろ。ありゃ完全に戦闘狂だ。
戦略性が表に出るこの場所で、ひたすら剣を振るう様。戦いたいもあるが、むしろそれしか勝つ方法がないってことじゃないか…と思うんだ。」
「それって裏を返せば…他の奴らもアイツが倒してくれるってことじゃない?
願わくばバスキーたちだって、、、」
やられた当の本人、アルザスの問い。
ごもっともな意見。
「そうだ。だとしてもいずれ、クリスとは戦うことになる。
バスキーは後回しだ。向こうだって、クリスの脅威を耳にしていないことはないだろう。
そして、今のところクリスに勝つ方法はこれしかない。」
全員の目は、変わらず俺に注がれている。
クリスの狂人的な強さを目の当たりにしたレイナの視線は、一段と強い。
「作戦だ。個人の力でどうにもできない相手は、戦術で制するほかない。
足りないものは別の工夫で補う。これが強者から与えられる、弱者の選択だ。」
「弱者…、、」
敗者が勝者へと変わるには、自分が敗者たる所以を知らなければならない。
俺達はクリスに完敗した。個人の力量では奴には敵わなかった。
しかし一つだけ。足りなかったものがあった。
「アルザス、お前に聞きたいことがある。」
「…なに?」
俺はアルザスを見つめた。
いや、睨みつける。
始めて味わう敗北の屈辱が、アルザスからは抜けていない。
それは結構。だが…、
「クリスの言う通りだ。お前、躊躇っているんじゃないか?
人を、いや、命あるものを斬ることを。」
「何を急に…。ヴァルちゃんだって見てきたはずだ。
あの人攫い共を、命の括りで言うなら野獣だって殺した。」
無論、その言い分は正しい。
しかし、正しいか筋が通っているかは別だ。
アルザスは前例と今の違いに気付いているのか。
はたまた、気付きたくないだけなのか。
「人攫いはリオデシアを助けるため。野獣はそもそも人じゃない。
でもクリスは?奴の体に、剣を突き刺す理由はどこにある?」
「それは…ッッッ。」
「だんまりするな。お前はそういう理由で躊躇ったんだろ?
慣れない罪悪感の再来が、怖かったんじゃないか?
その結果、崖っぷちの一歩先を行ったんだ。なんせ、お前は優しいからな。」
少し口調が嫌みと説教みたいになってしまっただろうか。
みんなの俺を見る目が、複雑になってきたのがわかる。
感覚的には、生徒に怒っている先生を見ている感じ。
大方、俺達に亀裂が入るのを恐れているんだろう。
だが当の本人の俺、そんなことを気にしながら議論はできない。
「優しさは確かに良い。でもな、優しさと弱さは紙一重だぞ?
お前の兄さんだって言ってただろ、『剣を持つなら、覚悟も持て』ってな。」
「…言ってた…。」
「クリスはもはや凶戦士と言える。奴に勝ちたいなら、その優しさを捨てろ。
じゃなきゃ、お前はいつまでも十三騎士族のお坊ちゃまのままだ。」
まったく…、自分も弱者の分際で、よく言えたもんだとつくづく思う。
だが多少辛辣になっても、このお坊ちゃまを叩いてやらなきゃ。
「悔しさが男をつくる、惨めさが男をつくる、悲しさが男をつくる。そして強大な敵こそが、真におまえを偉大な男にしてくれる。」
「…俺に、出来るかな?」
「できなきゃそれまでだ。最終的な勝利は、お前が優しさを捨てられるかによる。
…まぁ大丈夫さ。感覚ってのは恐ろしいもので、ある一線を超えれば、あとは何も感じなくなるもんだ。」
「そういうものなのかな。」
「世の中のことは大体そうだ。
お前のご先祖だって、騎士として活躍するまではそんなものだったと思うぜ。」
アルザスは、俺の言葉で楽になったとは言わない。
逆にプレッシャーを感じただろう。
いや、むしろ開き直るくらいがちょうどいい。
そのうちアルザスは、徐々にそういう面持ちになっていくだろうから。
よし、説法はこれくらいでいいだろう。
俺の言いたいことは伝わっただろうし。
俺はすぐにでも、身支度を整えて出発したい気持ちだ。
何をしに行くかって?攻略法を探しに行くんだ。
クリスはもちろん、生き残っている他勢力、そしてバスキーら。
しかし…、体はそれを拒否っている…。
少し疲れた…。行きたいけど、休みたい。
元々、俺がここにいる理由はバスキーの野郎が原因だ。
俺としてはバスキーとの勝敗を決すれば、あとは知らんくらいでよかった。
だけど今はそうもいかないらしい。
迂回も突破も困難な障壁が、突然形成された。
本来の敵が、なんとなく二の次になってしまったのだ。
これも『神の導き』とかいうやつなのか?
そこんとこどうなんだ、エミリオ様よ。
どうせ俺の事を見ているくせに。なにか運命とやらを感じ取っているくせに。
やっぱり、前世でも現世でも、神と言う輩は信用ならん。
あのクリスは、何を求めて戦うんだろうか。
奴には、他とは違う何かと、俺に少しばかり似通った何かを感じる。
なんとなくだが。
「ヴァルちゃん、俺も一つ聞きたいことがある。」
「ん…なんだ?」
アルザスがゆっくりと立ち上がって、俺と向き合った。
骨の痛みが軽くなったのだろうか。
もう添え木を外し始めた。
「ヴァルちゃんはさ、どうして躊躇わないの…?」
「どういう意味だ…?」
「俺に優しさを捨てろって言ったけど、、確かにその通りだよ。
俺は人を斬るたびに、苦痛を味わっている。」
俺は手に汗を握った。
「でもヴァルちゃんは何か違う。俺と同じ15歳の男で、同じことをしていたのに、どうして澄ましたような顔をしてるんだよ。俺と君じゃ、一体何が違うってんだ…⁉」
おいおい…。そんな涙目で、甘っちょろいこと言わないでくれよ。
なぁ、、優等民族の、お偉い貴族の坊ちゃんよ…!
こちとら記憶がある限り、別世界でお前より20年多く生きてんだ。
「アルザス、俺とお前じゃ違うことが多すぎる。そもそも人格形成の歯車が嚙み合わない。
俺はお前が今まで見てきたような、できた人間じゃない。きっと、大事なものが欠落しているから。」
「その大事なものってなんだよ。俺みたいな…、弱い優しさかい?」
なるほど。それもあるかもしれん。
俺はもう、命を奪う事は慣れた。
10歳なんてガキの頃に経験してりゃ、そりゃそうだろう。
俺は、ぼんやりとした考えを、アルザスに伝えた。
「たぶん……『幸せ』、、かな?元を辿れば、あの幸せを奪われた時から…。
いや、それよりもっと前に根はあったのかもしれない。」
随分と感傷的な姿を見せてしまった。
これ、今のセリフ完全に痛い奴だったかな。
でも事実だし。
「なぁ、ヴァルターって一体どんな育ちをしてきたんだ…?」
スレアム先輩が腕を組みながら、苦笑いで問う。
そんなもん…、
「それは、、、あまり話したくありません!」
「そ、そうか…。まぁ話したくない過去だってあるよな…。」
「そうだな。お前は特に黒歴史がな…」
「やかましいわッ‼」
過去繋がりの話でダイン先輩が、場の空気を回復させてくれた。
アルザスとは少しギスギスしたものの、共に背中を預けて戦った仲だ。
多少の気まずさは時間が解決してくれるだろう。
― 報告 ―
「最有力決戦 クリス・ラビンスキーが勝利 されども負傷
ライドル・C・バスキー麾下に動きあり
全体の状況に変化の予兆あり』




