第20話 氷結の初体験
さっき、ウチの男四人衆がどこかに走り去っていった。
なんか狼の群れに追いかけられて。
レイナとリオデシアは、二人で拠点に取り残される。
それから既に1時間ほど経過。
四人が戻ってくる気配はない。
まさか食べられたってことはないだろうし。
食べられたらそこで試合終了だし。
野獣もこれ以上は来なさそう。
代わりにやってきたのは、、、明らかに危険なサウンド。
ドンパチガチャガチャ。そして、人間臭い叫び声。
思わず身構えた。予想外だったから。
何が予想外だって?それは、サウンドが割と近いところだったから。
二人とも油断しきっていた。
深い森の木々に囲まれて、ここの通じる道もない。
何よりヴァルターが、『ここにいれば敵と会わなくて済む』と言い切っていたから。
皮肉にも、彼への信頼が油断と言う形で仇となった。
「レイナ…、なんか音、近くない…?みんな帰ってこないし…。」
「ホントにもう…!あの人たちは何をしてんのよ‼こんなところに女子二人を置き去りにして‼」
リオデシアは不安に襲われ、レイナは身構える。
リオはあくまで医術師。保有するスキルは回復系のみ。
魔術専攻生でもない、ただの頭がいい理系女子。
ここはいつもの社会とは違う。頭の良さは殆ど役に立たない。
ヴァルターがリオを選んだ理由も恐らく、手頃にスカウトできる回復系スキル保持者だから。
そこで恩を返してもらう、否、恩を回収ししようという魂胆だったと思う。
彼は常々、人を表面的価値でしか見ない癖がある。きっとそうだ。
だからこういう状況も特に考慮していなかったと思う。
「しばらくここに隠れるって、ヴァルター君たち言ってたから…。ずっと安全なんだと…。」
今度は悲観的になるリオ。
今の言葉を聞いたレイナ。言葉から一つ、気付くことがある。
リオデシアは一つ勘違いをしている。
レイナは眉を顰めた。少し腹が立ったのかもしれない。
「リオ、これだけは憶えておいて?」
「え?」
「この世界に、絶対に安全な場所なんて無いの…!たとえ家だろうと外だろうと。街だろうと山や海だろうと。」
「あ、、えっと、、、」
「それは多分、彼が一番よく知っているはずだよ。」
その言葉の真意はリオデシアに教えない。
上っ面の言葉だけ理解してくれればそれでいい。
彼は一番よくわかっている。
それはつまり、彼が同じことで災難にあっていることうを暗示する。
それでもレイナは、その彼に期待する。
魔法を碌に使えなくて、正体を隠さなくちゃいけなくて、過去の自分を捨てる、、、否、殺さなければならない。
そんな彼の最大の武器は、、、、
いつまでも静かにならない森。
周囲の動物たちは慌てふためいているだろう。
もしかしたら、厄介な魔獣が目が出てきたり、、、、
「あれ?人がいるじゃないか、、、。」
「ッ!誰ッ⁉」
声がした。男だ。
こっちに近づいてくる。
一人なわけない。絶対に数人はいるはず。
「折角いい場所見つけたと思ったんだけど、先越されてたみたいね。」
「お!でも女の子が二人⁉ラッキーじゃん!どっちも可愛いし‼」」
女の人もいる。しかも強そうな人。ちょっとエロティックな雰囲気。
奥からまだぞろぞろ来てる。
ざっと見たところ、、、約10人ってところ。
どこのチームかは知る由もないけど、とにかく敵意むき出しなのはわかる。
ああもう‼こんな時に一番の戦力たちがいない‼
「お嬢ちゃん方、悪いがここは退いてもらう。早い者勝ちという訳にはいかないのでな。」
後から出てきたリーダー風の男。
全員の目が、異常に気味悪く感じる。
女はこういうとき、みんな弱いモノなんだろうか。
こんなにも恐怖するのだろうか。
大勢の敵対者と対峙するというのは。
「…、、いや!違うッ‼」
レイナは杖を構えた。
やれるかはわからない。
そもそも経験がない。
人に向けて魔法を放つなんて、普通に生きていればあるはずがない。
それをつい最近やって、相手を殺した友人がすぐ近くにいるけど。
「なに?たった二人でやる気?いや一人か。後ろで隠れてる方は使い物にならなそうね。」
「勇敢だねぇ。じゃあ俺らが勝ったら、、、いただきますッ‼」
さっきの男がペロリと舌なめずりをした。手の動きもくねくねして気持ち悪い。
いただきますの意味は、流石に分かっている。
戦いに負けた女がどうなるかくらい。
レイナもそのお決まりがわからないほど、初心ではない。
よく小説なんかで見る、『相手の実力も知らないのに勝てる前提の人』って、どんな気持ちで挑んでいくんだろう。
まさに目の前にいる人たちみたいな。
いやまぁ、この人たちは数的有利があるからわかるけど。
強くなれば、見ただけで相手の力がわかるくらいにはなるのかな。
少なくとも、今の私には無理。
そんな人の思考も理解できない。
一つ言えること。
自分が今まで追ってきた彼は、こんな気持ちを何度も味わったはず。
詳しいことは聞かせてもらえない。でもわかる。それくらい考察できる。
幼いころから死地をくぐって来た彼。
何度も何度も、殺された家族の事を思いながら、迫害の荒波と戦ってきたことだろう。
自分も負けられない。
自覚しろ…!
自分はクーベルト人である…!
魔術の質は誰にも負けない…!
「私は貪欲…。私は自分のしたいこと、なりたい存在の為に生きる…。いや!生きたい!その為にまずは逃げない‼」
敵の一人が、歩みを始める。
剣は抜いた。でも抜いただけで、斬りかかってくる様子はない。
完全に…!こちらを舐め腐っている…!
「戯言はいいからさっさと行けよ。痛い目見たくないだろ?」
「おい。その女はクーベルトだ。気を付けたほうがいいぞ。」
リーダー風の男が注意喚起する。
賢い人間は危機管理ができる。
このリーダーはレイナの耳を見て警戒した。危機管理ができるみたい。
「大丈夫ですよ。所詮は女が一人、それも下位民族。まぁ勇気だけは褒めてやりましょうよ。」
「ちょっと、その女は弱いみたいな言い方は辞めて。ぶん殴るわよ。」
「へいへい」
よろしい、ならば戦争だ。と言った所かな。
まだ実力も見せてないのに舐められるの、結構ムカつく。
腹を括ったレイナ。杖を前面に出す。
「リオ、ちょっと下がってて。もしくは隠れて。」
「え?、、、なんで?」
「私の魔術、、、反動強いから。」
気を一点に集中。体の芯を感じ取る。
因子が、体内の聖因子が激しく動き始めたのがわかる。
落ち着かせた気を、感情の増幅と共に解放。体内因子の爆発。
レイナが構えた杖が光る。
「イグナイト ウォーター」
振るった杖からは、弾けるような水の弾幕。
「からのッ!------〈フリージング カノン〉ッ!!!!!!!」
苦中に展開した水。
次に発動された凍結魔法により、それは無数の氷塊となる。
そして、カノンの魔法術式は発射系魔法。
氷塊は、その効果で瞬時に飛ぶ。
「うわッッッ⁉⁉」
思わずリオデシアは伏せた。
レイナの言った通り、発射魔術の反動が強く、空気が大きく揺れた。
砂埃が舞った。髪が、帽子が、風の影響をもろに受ける。
飛び出した氷塊は直線を描いて敵へ。
そして、消えた。正確には彼女らの視界から消えた。
氷塊を放たれた敵男はゆっくりと、自分の胸を確認する。
彼女ら、全員の視界に残ったのは、男の胸に開いた風穴。
そこから滴る深紅の流血。
「あ、、、れ、、、?あ゛、あ゛ぁぁ…ゴフッ…」
そのまま後ろに倒れ込む男。
最期に口から血を噴射した。
完全に息絶えただろう。
レイナの額には、冷や汗が流れている。
「ヒッ⁉いやぁぁぁぁぁぁぁッ⁉⁉⁉」
リオデシアの叫び声。
医者を目指しているくせに血を見慣れていないのか。
「ちょ、ちょいちょいちょいちょいぃッッッ!!!!!!!嘘だろッ⁉」
「バカ野郎ッ!!!!!!!だから気をつけろと言ったのにッ!!」
「お前ら展開しろッッ⁈早く!!」
レイナの氷塊飛ばしを見た敵。
一点にしか発射しなかったのを見て散開する。
いや、散開と言うより陣形を作ったという方が正しい。
手前に盾持ち、剣士、奥に数人の予備戦力かな。
「狙いを分散させたって意味ないよ!!」
もう一度同じ手順で、氷結魔法を再展開する。
カノン発射魔術の効果を広角度に展開。
「フローズン バラージッ!!!!」
またしても強い反動。
それも高角度、180度に展開した反動。
体にGがかかる。
先ほどより細かく、砕けた氷塊。
しかし鋭利さはそのまま。
否、氷塊が小さくなったことで、肉塊への貫通力は上がっている。
その様相は、まさに散弾銃。
エグイ肉塊の砕ける音。
命中精度こそ高くはない。
しかし、まばらに飛ぶからこその恐ろしさ。
中途半端な激痛を伴う箇所への命中が相次ぐ。
命中した奴、みんな生き地獄だ。
「ギャァァァッッ!!!!う、動けねぇッ…!!!!」
「おいッ‼しっかりしろ⁉ほら立て!」
動けなくなった仲間の肩を持って、後方に下がる敵。
残った奴はレイナの動きを警戒して、迂闊に動けない。
ただし、盾持ちは貫徹できなかった。
しかし近づけなければいいこと。
「ッッッ…!もう‼みんな早く戻ってきてよ…‼」
未だに帰ってこない男どもに苛立ちを覚えながら、杖を構える。
それで時間を稼ぐしか手段がない。
面倒な盾持ちは後回し。
先に、近づいてくる奴を倒す。
「もう一度…!フローズン バラージ‼」
氷塊ショットガンを再展開。
対処法を知らない敵は、みんなこれを喰らっていく。
一つは女のほうに向かっていった。
女は早い反応速度で対処を試みる。
「ストーン ウォール…‼」
展開された土魔術による、軽石の壁。
本来なら矢を防いだり、何らかの強い衝撃から防御するための中級魔術。
耐久力は十分のはずだ。
しかし、相手によっては十二分でないことが仇となる。
レイナの氷塊発射威力のほうが勝っていた。
威力減衰こそしたものの、壁は貫通された。
しかし女の体に届いた氷塊は、貫通することなく砕け散った。
壁で威力と耐久が殺されたようだ。
だが命中はした。女は衝撃で倒れ込む。
もう6人は倒れた。
後はリーダーと、いただきます男と、致命傷にはなっていない女。
「…もう、諦めたら…⁉」
「バカがよ!クーベルトに負けたなんざ、ただの生き恥じゃねぇか‼」
さっきのは降伏勧告ではない。
正直もうやめたいという心情が、言葉を選んで口に出ただけだ。
でも、あと少し。あと3人、、、?
「あれ?もう一人は…?まだいたはずだよね?」
嫌な予感がした。
戦闘中と言うのは、物事を思考よりも勘で解釈する。
恐ろしく早く、勘で変換されたデータが体に伝達され、「動け」と命令される。
辺りを見回した。見当たらない。
見えない敵。恐怖。
「レイナ⁉上ッ‼」
後ろのリオデシアが叫ぶ。
天を仰いで状況を確認。
何か降ってくる。正解は、、、、「三本の矢」
どこかに隠れたさっきのアーチャーが、飛ばしてきたもの。
矢の軌道からして、狙いは間違いなくリオデシアだった。
咄嗟の判断。
戦えないリオデシアを庇うほかない。
「フリージング バウンダリーッ‼」
天に向けた氷の結界。
リオデシアの体を覆う。
間一髪矢を防ぐことができた。
「リオに何かあったら、アルザスが悲しんじゃうよ⁉」
「うおるぁぁぁああああッ‼」
「ッッ⁉」
間髪入れずに突っ込んでくる盾持ち。
氷結界を展開したばかりで、対応が遅れる。
「フリージング カノンッ!」
「甘いッ‼」 『ガンッ』
咄嗟に発動した最初の技。
しかし急ぎ展開したせいだ。強度が足りない。
盾持ちは、さっきよりも貧弱な攻撃を見切って腕を振った。
装甲の厚いシールドで、氷塊は弾かれる。
「あぁもう!失敗ッ‼」
今のは焦って、本来出すべき手と別の手段を取ってしまった。
今のは足元を凍らせて、動きを封じるべきだった。
そう一瞬のうちに後悔する。
「バウンダリーッ…!」
またもや急展開。
再度同じことを繰り返してしまう。強度が足りない。
盾持ちの突進が氷結界にぶつかる。
衝撃でひびが入った。
レイナは氷結界の耐久を維持するため、他に手が出せない。
遠距離系魔術師に不利な、近接距離に持ち込まれてしまった。
「やっぱり一人じゃ無理じゃねぇか⁉貰ったぜぇ‼」
氷結界を迂回し、いただきます男が斬り込んでくる。
「隙を突かれたッ⁈無理ッ!対応が…」
男の小刀が、レイナの顔にダイブする。
ーーーーーーーパアァァァァァァンーーーーーーーーーー
乾いた音が森に響いた。
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「はぁ…はぁ…。あぶねぇ…。」
「やっぱりこういうことになってたか…。」
「間一髪だな…。ごめんよ女子ーズ」
俺は迂回攻撃をした男を撃ち抜いた。
腰に装着しておいた星硝石ピストルが役に立った。
やはり化学は異世界でも役に立つ。
爆発という化学反応を利用すれば、どんな剣士よりも早い攻撃速度を生み出せるのだ。
なぜこれを狼どもに使わなかったって?
理由は簡単。このピストルが単発だからだ。
いちいち装填口を開けて、星硝石と弾石を入れて、装填口を閉じて、着火点からイグニッションで着火して、ようやく発射と言う手順だ。
本当はボルトアクションかセミオートにしたいところだが、それには星硝石と弾石を一つの筒に入れて、リアル弾丸を作らなきゃならない。
それは非常に細かい作業で、労力のほかに時間だっている。
加工にだって手間がかかる。
俺一人では無理だ、というか面倒くさい。
よって、あんな獣の群れ相手に、単発ピストル一つで立ち向かうのは無謀だったという事だ。
一発撃っても、その次の瞬間に喰われる。
それはさておき、予想通りに展開だ。
いや、この予想は当たってほしくなかった。
俺の本来の想定を覆したうえでの、マイナスな予想だった。
「二人とも無事か⁉」
アルザスが駆け寄った。
先輩2人とバイマンは、残った敵を追い払う。
不利状況を悟った残敵。胸に風穴の空いた死体を引っ張って逃げていった。
「あ、、よかった、、、みんな帰って来たよ、、。」
2人とも気が抜けたような顔をしている。
体も、骨抜きにされたように崩れ落ちた。
「おい、レイナ。無事か?」
「……、、、、」
「なんとか言ったらどうだ。」
「……、、ッ!……」
「あ、、お前、、、、泣いてんのか…?」
泣いてる。二度目だ。こいつの泣き顔を見るのは。
いやなんで⁉泣く要素あったか⁉
「…殺しちゃった…。あの人…、殺しちゃった…!」
「あの死体の事か…。そうか、、、」
「みんなの為だと思って覚悟はしてたのに…!やっぱり、、、」
罪悪感か。
お前もアルザスと同じかね。
しかしこの涙は、、、、なんともやるせない気持ちになる。
レイナの行動原理はよくわからんが、この娘はまだ正常なんだ。
本来なら罪悪感で自滅するのがオチなんだろう。
でも俺は、、、それを当たり前のように考えてしまった。
俺はもう人が死ぬこと、殺し合うことになんの違和感も持たない。
このまま俺と一緒にいれば、この娘はじきに正常を失うだろう。
「それに、、、ッ!怖かったぁ…!人に向かって魔法なんて撃ったことないもん…!相手の人たちみんな怖かったんだもん…!」
「うんうん…。」
「それに…!最後やられそうだったぁ…!みんなのこの場所…守らなきゃと思ってたのに…!負けちゃいそうだった…ッ!」
「うんうん。それは経験だよ。経験がないんだから仕方ない。」
まったく…。
何時ぞやのアルザスみたいになってやがる。
あれだ、リオデシアに恋人(偽)がいるとわかった時と、告白ってフラれた時だ。
どこぞのネットミーム記者会見みたいな泣き方。
「よく頑張ったよ。置き去りにしてすまなかったな。」
俺はレイナの頭にそっと手を伸ばした。
少し、落ち着いてきただろうか。
安心した面持ちを見せる。
ところで、さっきからこっちをニヤニヤ見ている輩がおるのですが。
アルザスとバイマンとかいうやつなんですがね。
「お前ら何見てんだよ。気持ちわりぃな。」
「別にぃ?ただ、レイナちゃん嬉しそうだなって。」
この野郎ども。
後でフラれたこと掘り返してイジってやる。
「それよりレイナちゃん、体は大丈夫?」
「あれだけの魔術を使ったんだ。ゆっくり休んだ方がいい。」
あぁ確かに。そりゃごもっともだ。
限界近くまで体内の聖因子を酷使すれば、それなりに負担がかかるからな。
見たところ、かなり強力な魔術攻撃をしたらしい。
これはきっと、、、
「あぁ…、それに関しては大丈夫。」
「え?でも、、、」
さっきまでの大泣きっぷりはどこへ行ったんだ。
ケロっと訂正したぞ。
「私の因子量を舐めないでよね。中級魔術くらいなら、あと1時間は撃ち続けるよ?」
「ええぇ…、、、」
「最強かよ…。」
あぁ…、なんか大丈夫そうだな…。
でもね、俺みたいな人間と一緒に居続ければ、きっとお前はまともを失う。
だんだんと、感性が狂ってくる。
死生観がおかしくなって、自分の中じゃ抑えきれなくなるんだ。
ただ、どれだけ苦しんでもだ。
俺に協力すると言ったのは、紛れもなくこの娘だ。
そう言ったからには、途中で逃げるなんて許さない。
勝利か死か。平穏か絶望か。
せめてその時まで、お前には付き合ってもらうぞ。
レイナ・パトリシア
お前の選択が正しいと感じられるうちは、
その正しさに騙されておいてくれ。
上空からは今日も、怪鳥ブリャーナがこちらを見下ろしていた。
― 報告 ―
「3日目終了
脱落者 二十数名 詳細不明
脱退 約四組
当初想定より脱落者多数
最大勢力 ライドル・C・バスキー麾下40名
最有力候補 クリス・ラビンスキー
レイナ・パトリシア 」




