第18話 水を求めて三千里
上空から見下ろせる美しい山々、森林。
鳥はまさに、このような絶景を独り占めできる、なんとも贅沢な生き物だ。
眼下に映るは大自然。しかし風は感じられず、体温も正常。快適な空間。
視覚は、いかにも寒そうな土地を感じ取っているというのに、体はそれを感じない。
なんとも気味の悪い感覚だ。
周囲から音がする。風の音ではない。他生物の声でもない。コツコツコツコツ。
足音だ。足音に続き、ドアの軋む音。誰か入ってきたようだ。
「監察官。ブラムナスの様子はどうかね?」
暗い室内で鳥になっている『監察官』。相手が誰かわからない。
「失礼、獣視術を解くことができないので。どちら様ですか?」
「私だ。ボルザークだ。」
監察官はその名を聞き、急ぎ襟を正す。今気が付いたが、相手の周囲に、護衛の衛兵と思しき気配も感じるのだ。
「これはボルザーク宰相殿!」
「君たち、下がってくれ。」
ボルザーク宰相は衛兵を退出させ、監察官と2人きりになる。
「は!憑依したブリャーナの視界は良好です。先ほども、南からブラムナスに入った学生の一行を視認しました。」
「そうかい。やはり、獣使いを大会の監視役としたのは正解だな。参加した学生たちの評価も、は辿るというものだ。」
互いに息があった会話。監察官は、獣使いの高度な技術『獣視術』を使用し、怪鳥ブリャーナに視界を憑依させている。
ボルザーク宰相は、大会主催側である。
「既にブラムナス高地には、先立って陣を陣を敷いている者たちがいるようですね。かなりの大人数です。あれは、、、サンクトバタリアン青年学校の学生ですね。」
「帝都の学徒たちで大所帯。というと、例のバスキー商会の御曹司が率いているという一行か。」
「ええ。あの中から、何人がここを突破するんでしょうかね。まぁできたとしても、自分たちの立場を知ったら愕然とするのでしょうけど。」
監察官は皮肉を交えて哀れむ。彼らがこの先どうなるのか、彼は知らされている。そのための仕事。
「そう言ってやるな。この若き闘争で生き残った者には、南の連中を捻りつぶす剣となってもらうのだから。」
「それは剣じゃなく、犠牲の間違いでは?」
「監察官、物は言いようだよ…。」
――――――――――
ブラムナス。
帝都より数十キロ北上した先、小高い山々と、ブラムナス高地、そこから連なる隆起したが形成する盆地。
それらを含んだ総称である。
平均的に高い標高、緯度を誇る。生命活動に支障をきたすほどではないが、気温は低い。
とにかく人が住むには不便。
よって開拓は殆どされず、雄大な自然が残り、訪れれば多くの動植物、獣に会うことができる。
最悪、群れ成す野獣や、火を噴き、血を吸う魔獣にも。
俺の異世界ライフは波乱万丈その物。
劣等人種の貴族に生まれ、親は殺され、俺一人生き残り、復讐をしに舞い戻れば黒幕は別にいて、挙句の果てには神の登場だ。
そして今は、ブラムナスの山を登り、拠点にできるポイントを探す。
「お前ら見ろ。あの向こうに見えるのが、例の高地だ。」
俺は自作の望遠鏡を構え、仲間たちに指さしてやる。
「あそこにバスキーたちが陣取っていると、ヴァルター君は読んでいるのかい?」
スレアム先輩の質問。根拠を解説する。
「奴らほどの大人数、商会からの充実したサポートを持つチームです。有利な場所から大会に望めるくらいの準備はしているでしょうから。高地側からのスタートとかね。まぁそれは、バスキーたちに限りませんけど。」
本来、親族身内からの支援を禁じられている大会。
しかし、バスキー商会なら話は別。
直接バスキー家からの支援がなくとも、商会傘下の勢力から援助を貰えるから。
ルールの隙間を搔い潜ったバスキー。だから面倒な相手なんだ。
「盆地って言っても、結構広いんだね。凄い森林。」
レイナが、眼下に広がる窪んだ地形を見下ろす。
奥のブラムナス高地から伸びている丘陵が、内側に広がる森林を囲んで、まるで器のようになっている。
「まるで冒険に来たみたいだね。俺たち。」
後ろに立っていたバイマンが比喩する。
そう。気分はまさに異世界冒険者。
しかし、これから向かうのはドラゴン討伐ではない。宿敵淘汰だ。
「とにかく、上にいると目立つわ。それに体も冷える。早く寝床にできる場所を探しましょう?」
医術師リオデシア。常に仲間の体調に気を配って偉い。
確かにここは寒い。しかしまず、全員に指示しなければならないことがある。
「では、そんな寝床を欲する君たちに質問だ。これを見てくれ。」
俺はしゃがみ込み、地面に地図を広げて見せた。
買うのは勿体ないから、ミニッツ先生から貰ってきた地図。
「俺たちは今、拠点を確保したい。そのうえで聞く。この大会、何が勝利条件だ?」
アルザスが答える。
「それは、、。1か月間ここで活動して、戦って、最終的に一番広い縄張りを持っていたチームの勝ち。間違ってない?」
俺は今のアルザスの言葉に、少し感激した。こいつには思ったことをはっきり言える。
「おお、よく覚えてたな。お前の事だから、忘れてるか間違えてるかだと思ってた。」
「酷いッ‼そこまでバカじゃないよ⁈」
「まぁその通り。所謂『縄張り争い』がルールの今回。25年前の『陣取り合戦』とは違う。他チームを倒していくのが、主催のお偉いさん方としても望ましいだろうな。だけど、他にも手はある。」
「…終盤まで息をひそめて、美味しいところを持ってくのか。」
ダイン先輩がご名答。この人は冴えているみたいだ。よくわかっているじゃないか。
彼の言葉に、全員が地図に顔を近づける。
「そうです。特に俺達みたいな少人数の所は、それが一番効果的だ。終盤まで残っているチーム、当然他チームとの戦闘もしているはずで、疲弊しているはずだ。そこを叩く!」
段々と、全員が俺の考えていることを読み始めたらしい。
特に、十三騎士族という高貴な騎士の血を引くアルザスは、この卑怯なプランに眉を引きつらせる。
「特にそれはバスキーたちに値する話。ただ、何もバスキーたちだけじゃない。他にも強い連中はいるはずだ。下手にそいつらとは戦いたかねぇ。」
「じゃ、どうするの?」
今度はレイナ。ウチで唯一の魔術師。しかもクーベルトだから、質の高い魔術を使いこなす。
「戦いたくないとは言え、俺達も近いうちに、どっかとやり合うことになる。お前ら、人が生きる上で、最重要かつ大量消費するもの、なんだ?」
唐突のなぞかけ。簡単そうで、意外に節穴。
「…食べ物?食料の奪い合いで人間が争うことは、昔からあることだ。」
鍛冶屋兼剣士スレアム先輩の回答。いい線を言っているが惜しい。
「惜しいですね。食料はあらかじめ用意しているし、現地調達もしやすい。それに一食や二食抜いたところで、人は死にませんよ。もっと確保の難しいものです。」
俺は今のセリフに大ヒントを混ぜた。賢い担当リオデシア、ピンときた顔を見せた。
「…!飲み水⁉」
「そう!水資源だ!水は食料よりも消費しやすいうえ、綺麗なでなければ飲めない。さらに、水が出る場所は限られている。」
俺は今一度、全員の目を地図に向けさせた。
そして、ブラムナス高地から低所に沿って、ゆっくりと指でなぞっていく。
「この地で良質な水を確保できるのは、こことここ。高地から湧き出た水が盆地へ流れる、この二つの川だ。まずはこの川を、左をアルファ、右をベータと仮称しようか。」
ちょっとカッコいい呼称しちゃった。
自分で『指揮官っぽくてカッコいい』とか思っちゃったりして、口元がニンマリする。
「川の水ってのは、下流に行けば行くほど川石で不純物が除去されて、良質になっていく。どのチームだって、この川沿いは何としても、自分たちの縄張り圏内に入れたいはずなんだ。」
アルザス、ピンと来たようだ。俺の意図を読んで口に出す。
「そうか!水を欲しがる多くのチームが、この二つの川沿いで衝突するわけだ!」
「そういうことだ。つまり水のポイントさえ把握すれば、他チームと小競り合わなくていい。」
「しかも、そこを奪い合って疲弊した奴らを倒して、自然とライバルを減らせるわけだ。」
ダイン先輩がまたもやご明察。この人、地頭は俺と似ているな?
「おお!俺も冴えてるなぁ!」 アルザスが息巻く。
「アルザス…?0が10個で?」
「え?えー…とッ10‼」
「よし、いつものお前だ。」
さて。どっかの異世界アニメなら、水属性魔法で水を発生させて、解決できそうな問題だ。
でも、大量の水を発生させるにはそれなりに聖因子(魔力)を消耗するし、なによりそこまで良質な水は作れない。
泥水をろ過するのは、非常に効率が悪い。
よって、ここは天然の水資源を頼るほかないのだ。
「そこで獣使いのバイマン!君の出番だ!」
「…え?」
――――――――
― 盆地形成連山 麓 ―
俺たちは重い荷物を背負い、麓まで下山してきた。
ひとまず、ここまでくれば他チームから目立たないはず。
特に、既にブラムナス高地を手に入れんとする有力チームからは。
この大事な初動。俺はバイマンの能力に、大いに期待している。
バイマンは学生生活の中で、上級の獣使いを目指しいる。
獣使いとはその名の通り、動物を操る魔術師だ。
聖因子を用いた魔術の応用で、探索、戦闘、移動など利便性が高く、あらゆる局面で役に立つ。
初級の物だと虫・小動物。鍛錬を積めば大・中型の鳥獣。
上級だと、危険な魔獣を操る者までいるらしい。
バイマンは話だと、中の下だと聞いている。
「で?僕は何をすれば?」 役割を聞くバイマン。
「簡単だ。バイマンは〈ビーストサーチ〉を使えるかい?」
「え、あぁ…、使えるよ?」
まだ自分の使い道を読み取れていない様子。
だが、使えるという事実だけあればいい。
「それを利用して、ここに住まう動物たちに案内してもらうんだ。動物たちの水飲み場にね。」
「おお!なるほど!」と、一同理解一致の声。我ながら名案であろうと思う。
「そういう事なら任せてくれ‼ ……ッ‼」
バイマンは目を瞑り、神経を集中させ、聖因子を一気に開放する。
「…ッ来い!」
何か、獣使いにしかわからないことをしたのだろうか。
特に変化は感じられない。
次の瞬間、レイナが反応を見せた。
彼女の耳が、ピクリと小さく動く。
「…?何かこっちに来る?」
次第に、俺にも聞こえてきた。
タッタッタッタッ! という走る音。それも小さい。
視界の悪い森の中から接近する足音と言うのは、実に奇妙なもの。
バイマンの能力だとわかっていても、つい身構えてしまった。
「お!来た来た!」 喜んで首を長くするバイマン。
草を掻き分けてやってきたのは、、、可愛い大柄のネコさんだった。
柴犬くらいのサイズだろうか。
猫と言うよりはチーターに近いような気もするが…。
背中に赤いラインの毛が生えている。
「にゃぁぁぁぁぁぁ」 小さく口を開けて、挨拶のように鳴くネコさん。
「え⁉何ちょっと⁉…ッかわいいいいいいいいい‼」
レイナとリオデシアの女子軍。かわいさのあまりに大興奮。
表情金がとろけそうになっているぞ。すげぇぶりっこくせぇ。
「パンサーニャという動物さ。近くにいたから、呼び寄せてみた。人懐っこいから、モフモフしてやるといいよ。」
モフモフという擬音語を聞いた女子は、まさに神速である。
2人ともパンサーニャに飛びつき、体をモフモフ。ひたすらモフモフ。
「あ、やべぇ…。これ、めっちゃ画になる。(二人ともかわいい)」
かつてリオデシアに恋し、振られたアルザスが、ネコではなく女子にキュンしちゃった。
「よし!俺もモフモフを…」 正面からゆっくり手を伸ばすアルザス。
「にゃぁぁぁぁぁぁグッ‼」
あ、コイツ噛まれた。
「ッ痛ってぇぇッ⁉ テメーーー!な⤵に⤴してんだぁ‼」
バカめ。初対面の人間(男)が正面から手を突っ込むからだ。
「いやぁマジ草」
「草?」 と、先輩たち。
「なんでもありゃせん。」
バイマンが頃合いを見て動く。
「ではそろそろ。……ッビーストサーチッ‼」
術を唱えたバイマン。それに呼応し、パンサーニャ君が森の奥へと駆け出す。
モフモフタイム強制終了の女子は、さぞかし残念そうです。
「よし!追うぞッ!」
俺達7人全員で走る。
足場の悪い森の中、パンサーニャのケツを追いかけてひたすら走る。
流石の獣。早い早い。
「見失うなよッ‼」 ダイン先輩が声をかける。
アルザスは噛まれた手を悔しそうに眺めながら走る。
体力のないレイナは、少々息切れしながら、杖を抱えて必死に食らいつく。
しばらく走って、パンサーニャの足が遅くなる。
と思ったら急に止まった!どうやら着いたようだ!
「おお!小川に池だ‼」 先を走っていたアルザスの喜ぶ声が聞こえた。
見ればそこには、遠くから静かに流れる小さな、用水路ほどの川。
どこか上流から分岐して流れてきたのだろう。
終着点には、半径3メートルほどの池があった。
ここがパンサーニャの水飲み場らしい。
「拠点にするにはいい場所じゃないか?ヴァルター君。」 と、スレアム先輩の問いかけ。
「えぇ。ここなら誰とも争わず、水を確保できそうです!外からも隠れやすいし!」
それを聞いた魔術師レイナと、スレアム先輩。
「そうと決まれば‼ 〈土魔術 ウォール〉‼」
鍛冶のスレアム先輩。ソッチ系の仕事の必須スキル「土属性魔法」で、自在に壁を、次に屋根を建てる。
続いてレイナ。
「フォールスト・ウォーターブレス‼」
水魔法だ。シャワー感覚で水を優しく噴射し、先輩が建てた土壁にかける。
とどめに先輩が、
「イグナイトファイア‼」 懐かしい炎魔術だ。
水のかかった土壁に火を当て、どんどん固めていく。
― 数分後 ―
「できたぞ!…へぇ…へぇ…」
数分間魔術を使ったからだろう。先輩はへとへとだ。
しかし、二人とも見事なコンビネーションだった。
これはこの先も、利用価値がありそうだ。
「先輩お疲れです。これで、仮拠点は確保ですね‼」
静かな水辺、テントよりは暖かい土の小屋。
初日でこれは上々だ。
彼ら3人は単なる数合わせのつもりだったが、意外にもよくやってくれる。
恐らく明日から、そこらで学生たちの縄張り争いが始まるだろう。
俺は時が満ちるまで、ここで作戦部長を務めるとしよう。




