第93話 インフレ加速ですわ
ユウトが脱力し、額を地面に打ち付けた。
もう身体を起こしている余裕もないらしい。
彼は掠れた声で使徒に尋ねる。
「どう、して……」
『愚門だな。君が下らない復讐心に駆られて本質を見失っているからだ。目の濁った眷属など必要ない』
使徒は流暢に答える。
魂に直接響く奇妙な声だった。
ユウトは激昂して言い返す。
「ふざけるな……僕に、逆らうのか……っ!」
『主従を勘違いしているようだね。どうしようもないクズである君にすべてを与えたのは神であるというのに』
嘆いた使徒はユウトに手を伸ばす。
ユウトはどうにか避けようとするも、動く力は残されていなかった。
彼の背中に触れた使徒は淡々と告げる。
『君は失格だ。もう退場したまえ』
「ちょっ、待――」
使徒の輪郭がぼやけてユウトに重なった。
そのまま両者の境界線が曖昧となって一つとなる。
無表情のユウトが不意に立ち上がった。
胸部に穴が開いたままだが平然としており、背中からは天使の羽が生えている。
しばらく手足を動かした後、ユウトは頷く。
「……ふむ。居心地は悪くないな」
その一言で私は察する。
目の前に立っているのはユウトではない。
彼の人格は消滅し、肉体は使徒に乗っ取られている。
どこか超然とした顔付きは、もはや人間から逸脱した存在であることを示唆していた。
仲間割れとは、おそらく違う。
使徒は初めからこの展開を予期し、誘導していたように思える。
ユウトは体よく利用されていたのだろう。
肉体を奪った使徒は私達を見て手を広げる。
「待たせたね。では戦いを再開しよう」
「おい。こいつは一体どういうことだ!」
「些細なことだよ。君達が気にすることではない。愚かな男が世界から永久追放されただけさ。まあ、彼は神の顕現条件を満たしてくれた。その点については感謝すべきだな」
リエンの問いに応じる使徒は穏やかだった。
とりあえず対話は可能なようだが、その自然体な雰囲気が不気味である。
言葉が通じているだけで、根本から何かがずれている……そんな違和感を覚える。
私は先ほどから漠然と感じていた予感について尋ねる。
「あなたは使徒ではない。神そのものですわね」
「そうだ。創造神、世界の管理者、箱庭の造物主……好きに呼びたまえ。あまりこだわらない性質でね」
羽を持つ人型の使徒――否、神は冷静に述べる。