第86話 交渉爆散ですわ
ユウトは拍手をして自画自賛をする。
その姿がどうにもムカついたので、私は冷淡を隠さず言い放った。
「お断りしますわ」
今度はユウトが固まった。
彼は肩をすくめ、首をねじ折れそうな角度まで曲げながら私に訊く。
「………………なぜぇ??」
「停戦にメリットがないからですわ。私は神聖国を叩き潰すのが目的ですわ」
単純明快な意志をそのまま告げる。
すると、ユウトは笑い出した。
最初は押し殺すように、そこから声が大きくなり、最終的には大笑いしていた。
愉快そうに顔を歪めるユウトは、セットされた髪をくしゃくしゃに乱す。
「おや。おやおやおや……まったく、想像以上のクレイジーバーサーカーですねえ。参りましたよ、いや本当に」
ユウトが喋る最中、私は至近距離からゴーストモードのチェーンソーを叩き付けた。
黒炎を迸らせる致死の刃はしかし、ユウトの片腕に止められている。
制服の袖はずたずたに引き裂いているが皮膚は無傷だ。
黒炎の延焼もなぜか起きない。
チェーンソーを一瞥したユウトは、打って変わって冷めた目になる。
「――ガチ戦争しますか? こっちは容赦しませんよ」
チェーンソーを押し退けたユウトはまた髪をいじる。
その仕草は激しく、明確な苛立ちを示していた。
「まあこれはさすがに交渉決裂ですよねえ! だってあなたが攻撃してきたんだから! 僕がチート持ちじゃなかったら死んでますよ! 慰謝料! 罰金! 懲役刑!」
「……うるせえですわ。ぶち殺しますわよ」
「どうぞどうぞ! やれるものならチャレンジゴー!」
ユウトがいきなり手をかざしてくる。
その直後、私は強烈な力で吹き飛ばされた。
来賓室の壁を突き破って何十メートルも転がり、何度か建物の柱を粉砕しながら倒れる。
ようやく止まったところで私は起き上がった。
全身あちこちの骨が折れた挙げ句に出血している。
曲がった鼻を元の角度に戻しつつ、私は前方を睨む。
ユウトは呑気に口笛を吹きながら近付いてくる。
(魔力を放つだけでこの威力……ただの使者じゃない)
私はほぼ無限に再生できるのでダメージにならないとはいえ、ここまでのパワーを出せる者は稀だ。
最低でもリエンに匹敵、いやそれ以上かもしれない。
ユウトは十メートルくらいの距離で足を止めた。
周囲では騒ぎに慌てる者達が右往左往しているが、私の姿を見た途端に逃げる。
心配するより巻き込まれてたくないという思いが勝ったようだ。