第81話 信者とのコミュニケーションですわ
石造りの階段を上がる。
壇上に立つと、居並ぶ民衆の顔が一望できた。
数としては数千を優に越えるだろう。
彼らは恐怖と興奮がない交ぜになった様子で私に注目している。
不気味な静寂が場を支配する中、私は片手をまっすぐに掲げてみせた。
民衆は息を呑み、彼らの恐怖がさらに強まる。
ひょっとすると殺されるのではないか。
そのような危惧を覚えているのが一目で伝わってくる。
だから私は、気持ちよく微笑した。
貴族として学んだ手本のような表情を作る。
民衆の緊張が幾分か和らいだのを見て、私は優雅に挨拶した。
「皆様ごきげんよう。マリステラ・エルズワースですわ」
次の瞬間、民衆は爆発的な勢いで声を上げた。
彼らは争い合うように沸き立つ。
「マリス様ーっ!」
「あなたを愛していますー!」
「我々にご加護をー!」
実に良い反応である。
誰もが必死になって叫んでいた。
私は凛とした口調で問う。
「民衆よ。あなた達は幸福ですか?」
すると民衆はまたも沸いた。
彼らは拳を突き上げて口々に声を届けてくる。
「幸福です!」
「あなたのおかげです!」
「誠に感謝しております!」
民衆は熱狂して応える。
否、正気のままではやっていられないのだ。
だから自発的に狂って酔い痴れて、愚かな邁進を是としながら盲信に縋る。
たとえ間違った道でも、全てが破滅するよりはマシだと考えた末の逃避行動だった。
私が挙手をすると、民衆はすぐさま静まり返る。
従順な犠牲者達を見下ろしながら、私はさらに問いかけた。
「この国に根付いた悪しき思想はどうすればいいでしょう」
「滅ぼします!」
「信者を殺します!」
「教書を燃やします!」
民衆は泣き喚いて応える。
過ちを自覚し、それを正せない己を呪いながら私を支持していた。
(いや、支持せざるを得ないと言うべきか)
強制的な信仰心ほど虚しいものはない。
ましてや本来の宗教を否定してまですることではないだろう。
そのような暴挙を、私は力で成立させている。
彼らに対する最大限の侮辱であり、支配者としてのパフォーマンスだった。
私は形ばかりのポーズで祈りを捧ぐ。
「よろしい。私はあなた達を救いますわ。信じる心をゆめゆめ忘れぬように」
そう告げて壇上から下りる。
民衆の歓声はしばらく続いた。