第76話 あたしは無を漂っている
一億秒は何日になるのだろう。
あたしは暗算が得意じゃないのでよく分からない。
たぶん一年より多いのは間違いないだろう。
そう、一億秒。
あたしはその一億秒は何度も何度も数えている。
既に百回はループしているのではないか。
すなわち最低でも百年はカウントし続けているわけだ。
それもさっき飽きてしまい、今は新しい暇潰しの手段を考えている。
素数をひたすら数えてみようか、ははは。
暇だ。
あまりに退屈すぎる。
暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇でしょうがない。
あたしの意識は霧のような空間を漂っていた。
冥界とはまったく違う場所だ。
つまり死から逸脱しているのだと思う。
肉体は存在せず、ただ何もできずに彷徨っていた。
上下左右の感覚はなく、時間だって数えていなければ分からない。
いや、そもそもこの空間に時の概念が適用されるのか。
きっと無意味な話だろう。
今は苦痛さえも恋しくなっている。
あたしは、あらゆる刺激に飢えていた。
心が枯れそうなのに、意識だけは明徴だ。
潔く狂うことができたらどれだけ楽だったことか。
こんな思考を何万回も繰り返している。
どうしてこうなったのか。
あのクソッタレな悪役令嬢――マリステラ・エルズワースに二度も敗北したからだ。
奇跡的に蘇り、魔改造した冥王まで連れて行ったのに殺された。
もう少しで勝てたのだ。
戦力的には圧倒していたのだから。
途中で冥王の支配が緩み、反逆されたのがいけなかった。
いっそ冥王を殺して力を奪えればよかったのだが、あたしには不可能だった。
亡者の魂を集めまくり、奇襲を仕掛けて奴隷にするのが精一杯だった。
相手は神格に近い存在であり、人間が殺せる器ではない。
奴隷にできただけでも十分よくやっているだろう。
あれから冥王とマリスはどうなったのか。
何も根拠はないが、きっとマリスが生き残ったと思う。
あの女は何か違う。
狂気だけで神に立ち向かいそうな気迫がある。
冥王すらも殺せるかもしれない、と思わせるのだ。
マリスを憎むあたしがそう感じるのだから本物だろう。
さて、とりあえず素数でも数えよう。
ちょっとでも気が紛れたら嬉しい。
……ところで素数って何だっけ。