第68話 ノックは大切ですわ
神聖国とは、乙女ゲーム本編にも登場する著名な国である。
絶大な力を持つ宗教国家で、人類の過半数が信者とされていた。
その中でも神聖国で暮らせる者はごく一部であり、なんでも神に選ばれた民なのだそうだ。
神託を受けるのが資格と言われているが、詳しくは知らない。
とにかく選民思想が強いのは間違いないだろう。
神聖国については私の学園でも交換留学が実施され、イベントで現地の生徒と関わることも少なくなかった。
そのため基本的な知識はあるものの、細部まで把握しているわけではない。
なぜなら神聖国が徹底した秘密主義だからだ。
国であって、国ではない。
聖域の呼び名も伊達ではなく、実態は常に進化を重ねて変貌し続けている。
それが神聖国という土地だ。
「しかし、この防壁をどうにかしねえと中に入れないぜ? 何か策はあるのかよ」
「当然です。無策でここまで来ませんわ」
尋ねるリエンに対し、私は悠々と応える。
何重にも術式を施された防壁を撫でて、その構築を指で確認していく。
未知の魔術がいくつも使われており、具体的な効果までは分からない。
神聖国は高度な文明を保有しているようだ。
オーバーテクノロジーを独占し、国外の出来事に無頓着という噂は本当かもしれない。
防壁から指を離した私は、笑みを深めて宣言する。
「正面からぶち壊してやりますわ」
「おわっ、マジかよ!」
視界の端でリエンとレボが退避するのを見つつ、私は拳を振り上げた。
腕だけに集中してゴーストモードを発動し、さらに冥王から奪った権能を乗せる。
異なる二つの能力を宿した腕は、黒炎と青い光を纏っていた。
決して触れてはならない――そう思わせる迫力がある。
私は半身になって拳を握りしめる。
「入室時のノックはマナーですわ」
ダメ押しの身体強化で加速して正拳突きを放つ。
渾身の一撃は幾重もの術式を破り、そのまま防壁に命中した。
爆発的な衝撃が反響し、殴った箇所から防壁が崩れる。
破壊の波は連鎖的に被害を拡散させて、見える範囲のすべての壁を粉微塵にしてしまった。
「意外と脆いですわね」
国境線とも言える防壁がなくなったことで、神聖国の内部が見えるようになった。
青々とした草原がどこまでも広がっている。
さらに先には村や街があるのだろう。
私は意気揚々として草原に踏み込んだ。