第59話 蹂躙ですわ
私は再び突進する。
冥王と目が合った途端、体内の魂が急速に息絶えていった。
すぐに増殖を促すことで辛うじて均衡を保つ。
ともすれば一気に死にかねない勢いだった。
魂の残骸であるヘドロを吐き出しながら私は疾走する。
ミアに狙いを付けると、チェーンソーを横殴りに振るった。
縦横無尽に展開された影の布が斬撃を受け止めた。
あと少しのところで届かない。
「馬鹿の一つ覚えねェッ! そんなの効くわけないでしょ!」
挑発してくるミアの頭部は既に繋がっていた。
黒炎による火傷は治りが遅いようだが、それでも致命傷ではないのか元気だ。
冥界からの蘇生というイレギュラーを経験したことで、肉体の性質が大幅に変異しているのだろう。
人間どころか、アンデッドすらも超越した何かに至っていた。
(正攻法は危険すぎる。どうにか崩さなければ)
私は冥王の視線に入らないように高速で動き回る。
限界を超えた身体強化でとにかくスピードを上げた。
周囲の建造物を利用することで、なるべく視界に入らないように意識する。
何度も食らううちに、冥王の攻撃の正体がようやく分かった。
あれは見つめた相手に死を付与しているのだ。
死を付与された肉体と魂は生きる力を失って、速やかに崩壊してしまう。
攻撃のスイッチが目視だけでないのは分かっているが、これでも少しは対策になるだろう。
私が四方八方から攻撃を仕掛ける間、どこからともなく呪詛が聞こえてくる。
リエンの声だ。
彼は姿を隠して呪術に注力しているらしい。
レボも同じく潜伏しているに違いない。
ほどなくしてミアが吐血した。
何度もせき込んで臓物を噴き出す。
冥王の体表も少し溶けてドロドロになっていた。
ケルベロスの首がありえない角度に曲がって軋んでいる。
リエンの呪術が猛威を振るっているようだ。
よろめいたミアは、苛立たしげに唸る。
「鬱陶しいのよ! 全部ぶっ飛ばしてやるッ!」
冥王が万歳をして腕を下ろす。
その瞬間、何かが周囲に波及した。
建造物が音もなく砂となって崩れていく。
物理的な破壊ではない。
冥王が建物に死を付与したのだ。
能力の対象範囲は生物だけではなかったらしい。
少し離れた場所にリエンが倒れている。
赤っぽい水たまりはレボだろう。
二人とも動かない。
圧倒的な死が、首都全域を蹂躙した。