第57話 冥王の力ですわ
振り下ろされる冥王の手を見た瞬間、私は悟った。
――何か、来る。
ほぼ反射的にゴーストモードを発動し、黒炎を使って全力でガードする。
無駄かもしれない……その予感を振り切って攻撃に備えた。
最初に感じたのは、どうしょうもない脱力感だった。
身体が芯からほどけて崩れようとする。
それが当然で、正しいことであると言わんばかりに。
痛みも苦しみもない。
ただ心の内を埋め尽くす虚しさに苛まれながら、本能が自己存在の放棄を選ぼうとしていた。
だから、私は、自分の身体にチェーンソーを突き立てる。
黒炎と共に血飛沫が迸り、鳴き叫ぶエンジン音が私の自我を引き戻した。
「あはっ、ははははははははははははははははは」
がくがくと視界が揺れる。
強烈な痛みだ、素晴らしい。
いつの間にかゴーストモードが不安定になり、所々が人間に戻っていた。
だから出血していたのか、いや今はどうでもいい。
危うく冥王の力にやられるところだった。
相手は死者の世界を支配する規格外の存在だ。
不条理な攻撃を受ける可能性は想定しておくべきであった。
しかし、私は適応した。
本能的な自殺を阻み、狂気を以て乗り越えたのである。
チェーンソーが暴れるたびに魂が消滅と増殖を繰り返し、やがて飽和したものが体表からどろどろになって漏れ出した。
ヘドロ状の魂の残骸が私を覆っていく。
ぼそぼそと念仏のように聞こえるのは、潰れた魂のうめき声だった。
憎悪と妬みと悲しみと恐怖を懸命に訴えかけてくる。
それらを声援にして、私は高らかに笑う。
チェーンソーで自分の身体をひたすら傷付けた。
再生する端から切り落とし、削り、引き裂いて、投げ捨てる。
愉快だ、とても楽しい。
私は自分自身を分解しながら爆笑していた。
その場で気持ちよく踊り、ミアと冥王を見て叫ぶ。
「ゴミカスクソゲス産業廃棄物のゲロボケ野郎ですわぁ!」
大地を蹴り、一直線にミアへと斬りかかる。
ミアの鎖が飛んでたが無視して突っ込んだ。
腹を貫通する鎖を一瞥し、チェーンソーで胴体に切れ目を作ることで逃れてみせる。
「砂糖てんこ盛りのイチゴパフェより甘めぇですわぁ! 赤ちゃんからやり直した方がいいですわよ!」
「この……ッ!」
怒ったミアが身構える。
私はそれより先にチェーンソーを叩き付けた。
刃はミアの顔面を割り、けたたましい音を立てて進んでいく。