第56話 主人公補正ですわ
私は異形の巨人――冥王に注目する。
ケルベロスの頭部は目を閉じて静止していた。
呼吸もしておらず、意識があるのか不明だ。
ただ、凄まじい存在感だけを放っている。
冥王とは、冥府の世界を支配する存在のことだ。
無限に広がる荒野に死者の魂を閉じ込めて、摩耗した自我が漂白されるまで傍観している。
現世には干渉せず、己の箱庭の管理に執着している……と何かの書物で読んだ。
こうして目の前に君臨しているのは異常事態だった。
(ラスボス……いや、裏ボスに近いか)
なぜ冥王の頭部がケルベロスになっているのか。
ミアはどうやって使役しているのか。
おそらくミアは私に殺されたことで冥府に落ちた。
その後、同じく死んだ魔王ジキルの力を奪い取り、冥王に戦いを挑んだのだろう。
勝敗は確かめるまでもない。
とんでもない下剋上をミアは達成したわけだ。
冥王が異形と化しているのは、ジキルの死霊術の影響に違いない。
悪趣味な造形はミアのセンスであろう。
物言わぬ冥王は吐き気を催す風格を漂わせている。
(これが世界の修正力……主人公を勝たせようとしているのか)
まったく忌々しい。
運命は常にミアの味方をしているらしい。
復活のたびにチートじみた強化など、さすがに都合が良すぎる。
私は誰に向けるべきか分からない苛立ちを覚える。
一方、リエンは精神を研ぎ澄ませてミアと冥王を警戒していた。
何重にも張られた高度な結界を盾に彼は苦笑する。
「どうなってんだ。あれはさすがにやべえだろ」
「あなたなら魔術で対抗できますわ」
「無茶言ってくれるよなぁ……俺だって無敵じゃないんだぜ?」
軽口を叩くリエンだが、じっとりと汗をかいている。
目線をこちらにやろうともしない。
微塵の余裕もないようだった。
ほんの少しの判断ミスで即死すると気付いているのだ。
そんなリエンの隣で、レボは警戒から一転して期待を込めた眼差しをしていた。
レボは空気を読まずに宣言する。
「あの女は仲間にすべきである。邪悪の化身が増えるのは心強い」
レボの言葉にミアが反応する。
彼女は嘲った表情で悩むそぶりを見せた。
「えー、仲間になってほしいの? どうしよっかなー……」
数秒の沈黙が流れる。
やがてミアが意地の悪い表情で答えた。
「絶対ヤダ☆」
ミアが指を鳴らして合図を送る。
冥王が万歳の姿勢を取り、手のひらを勢いよく振り下ろした。