第55話 下僕と書いてペットと読みますわ
ミアはわざとらしくとぼけた顔になる。
そして、悪意に満ちた笑みを見せてきた。
「どうしたの、死人が起き上がったみたいな顔して」
「この世界にお盆はありませんわよ?」
「お盆じゃなくてハロウィンかもね」
「どのみち地球の文化ですわ」
準備運動とばかりに言葉の応酬を行う。
勝気なミアは苛立つばかりか随分と機嫌が良さそうだった。
満天の殺意は感じるにもかかわらず、一見すると楽しそうにしている。
ただ本心を隠しているだけではない。
私をここで殺す自信があるのだ。
故に精神的な余裕があり、冗談を言うことができている。
降下したミアが足を開いて瓦礫の上に座った。
彼女は乱暴に髪を掻きながら言う。
「あんたが同じ転生者とか、世界の情勢とか、細かいことはどうでもいいの」
ミアの双眸が私を見た。
深い闇を湛えた、どこまでも邪悪な瞳だった。
「あたしはあんたをぶっ殺したいだけ。そのために地獄の底から蘇ってきたわ」
そう語るミアの背後で、どろどろとした紫色のオーラが噴き上がった。
オーラの表面には無数の人間の顔が浮かんでは消えている。
そこから伸びた手がミアに絡まるも、彼女は一向に気にしない。
少し手を動かすだけで手は引っ込んでいった。
上下関係は徹底されているようだ。
ミアを注視するリエンが、眉を寄せて驚きに呻く。
「なんだあの亡者の数は……何億、いや何十億か。滅茶苦茶だ……」
「領域外の力とは予想外なり」
レボもじりじりと後ずさって警戒している。
それだけの迫力がある。
ミアが背負っているモノは、この世の業を煮詰めたような悪辣さを孕んでいた。
「あんたのためにペットも連れてきたわ。さあ、出てきなさい」
ミアの言葉に従って、彼女の頭上で空間が裂ける。
異音を立ててせり出してきたのは、体長十メートルほどの青白い体の巨人だった。
腰に布を巻いた屈強な体格で、首から上は獰猛そうな犬の頭部が三つも付いている。
首の境目は無理やり接合したような痕跡がある。
その奇妙な存在は、馬鹿げた質量の魔力を備えていた。
ありえない、まるで一つの世界が圧縮されたかのようなパワーだ。
場の法則を狂わせかねない異常性を余すことなく発揮している。
その存在は首輪を着けていた。
繋がった鎖の先はミアが握っている。
「あたしを止めに来た冥王をぶっ殺して、ケルベロスの首を繋げてみたの。素敵でしょ?」
頬杖をつくミアは、全身から死者の冷気を溢れさせていた。