第53話 スライムの気遣いですわ
数日後、私達は魔国の首都に到着した。
ここまで拍子抜けするほど平和な道のりで、苦労らしいものは一つもしていない。
実は大統領を暗殺したリエンの顔が知れ渡っており、誰も攻撃してこなかったのである。
おかげでスムーズな移動ができた。
私達は大通りを闊歩する。
人々は平伏し、恐怖に震えながら固まっている。
無事に私達が立ち去るのを待っているようだ。
「誰も攻撃してきませんわね」
「そりゃ無駄な抵抗だからな。命が惜しけりゃ大人しくなるもんさ」
そんな中、レボがリエンの頭の上から降りた。
赤い粘液の体が急激に膨らみ、徐々に色彩を変えながら形を作っていく。
数秒後に出来上がったのは、一糸まとわぬ赤毛の美女だった。
芸術的な美貌は無表情に私達を見ている。
一連の光景を目の当たりにしたリエンは感心する。
「擬態か。本当に人間みたいだ」
「必須の生存術である。精度を高めねば死んでいた。我は決して強くない」
「おいおい、俺の魔術で無傷の奴が何言ってんだ」
「我の加護は魔術のみ適用される。物理攻撃が弱点なり」
レボは淡々と説明するが、どことなく悔しそうだった。
己の弱点に対するコンプレックスが垣間見える。
スライムは物理攻撃に高い耐性を持つが、それにも限度がある。
復元のたびにエネルギーを消費するため、何度もダメージを受けると死んでしまうのだ。
執拗に切り刻むことでいつかは倒すことができる。
つまり魔王レボも無敵ではないわけである。
会話の区切りに合わせて、私は物質創造で服を生み出した。
簡素な絹のワンピースだ。
時間経過で消える仕様だが、今の私ならほぼ無制限に維持できる。
それをレボに手渡した。
「とりあえず服を着てはいかがでしょう。裸のままでは品がありませんわ」
「むっ、心遣いに感謝する」
ワンピースを受け取ったレボはその場で着ようとする。
しかし、足が引っかかって派手に転んだ。
なんとか立て直そうとするも、上手くいかずに格闘している。
ぎこちない動きから察するに、人間形態のバランスに慣れていないようだ。
見かねたリエンが手伝うことで、レボはどうにかワンピースを着ることに成功する。
満足げなレボに対し、私は素朴な疑問をぶつけてみた。
「わざわざ人間形態になる必要はないのでは?」
「王たる姿が必要である。スライムでは威厳に欠ける」
レボは神妙に答える。
意外と細かな部分まで考えているらしい。
やはり侮り難いスライムであった。