第50話 魔王スライムですわ
リエンが大笑いし始めた。
彼はスライムを指差して愉快そうに言う。
「スライムが魔王だって? そいつは面白い冗談だなァ。笑いの才能あるぜ」
「これは冗談ではない、真実だ。我は魔王である」
赤いスライムは淡々と述べる。
振動を上手く声にして意思疎通を取っているようだ。
高度な知能を持つのは言うまでもないが、それ以上に異質な何かを感じる。
少なくとも敵意はないようだ。
それでも心を許せる相手でもなかった。
警戒する私をよそに、リエンは勝手に話を進めていく。
「それなら証拠を見せてくれよ。魔王なら特技の一つでもあるだろ」
「試しに汝の魔術を当ててみるがよい。我は決して死なない」
「……ほう、言ってくれるじゃねえか」
リエンが邪悪な笑みを浮かべた。
砕けた口調とは裏腹に、気配が明確に変わった気がする。
彼を中心に膨大な質量の魔力が練り上げられていく。
一流の自負がある分野で挑発されて、やる気になってしまったらしい。
あまりに強い魔力のせいで、天候も急激に変動していた。
降り始めた雨に打たれながら、リエンはスライムに向けて手をかざす。
「後悔するなよ」
「無論」
リエンが魔術を放つ。
叩き込まれたのは不可視の結界――直前に軍隊を潰したあの術だった。
真上からの圧殺攻撃が凄まじいスピードで叩き込まれていく。
炸裂のたびに地面の陥没が進み、あっという間に広大なクレーターができてしまった。
私とリエンは結界に包まれていたので無傷だが、スライムのいた箇所は影も形もなく、濛々と土煙が舞い上がっている。
(さすがに死んだか)
そもそも最弱の魔物であるスライムに使う威力ではない。
挑発に乗ったリエンがやりすぎたのだ。
ところが土煙が晴れると、クレーターの中心部にスライムがいるのが見えた。
先ほどまでと変わらない姿で鎮座している。
その光景にリエンは顔色を変えた。
「驚いた。本当に無傷かよ」
「これで信じるか」
スライムからの問いかけに、リエンは頬を掻く。
明らかに態度が軟化していた。
「まあ、ただのスライムじゃないのは確かだな。マリスはどう思う?」
「ひとまず信じましょう。それに値する力ですわ」
私はスライムを一瞥して答える。
リエンの魔術が直撃して無事なのは異常だ。
ただのスライムならば、一発目で跡形もなく消し飛んでいるだろう。
防御した様子もなかったので、特殊な能力を使ったのは間違いなかった。
私は魔王を自称するスライムに興味を抱きつつあった。