第46話 ゾンビパンデミックですわ
口笛で乙女ゲームの主題歌を吹きながら、私は曇り空の下を歩く。
隣を進むリエンは、嬉しそうに合いの手を挟んでいた。
アドリブの割に良いリズムを取れている。
主題歌が一巡したあたりで、リエンが私を見て気さくに笑った。
「楽しそうだな」
「ええ、世界を満喫していますもの」
私は両手を広げて回る。
背後には数十人のゾンビが付き従っていた。
彼らは呻き声を上げてノロノロと歩き、手には血まみれの武器を持っている。
なんとも素晴らしい光景だった。
腐臭すらも心地よい。
あれから私達は小国を発った。
現在は大陸を気ままに縦断している。
具体的な目的はなく、目に付いた村や街を襲撃していた。
今のところは一方的な蹂躙と勝利を繰り返している。
小国で増やした数十万のゾンビは大陸各地にばら撒いた。
今頃はそこかしこで人間を襲っていることだろう。
ちなみにリエンと共同で改造した呪術を仕込むことで、噛み付かれた者を自動的にゾンビにする機能も追加している。
ようするにゾンビ映画の仕様になったわけだ。
これで私の能力の範囲外だろうとパンデミックを起こせるようになり、さらに被害を拡大できるようになった。
頭の後ろで手を組むリエンは、世間話のように呟く。
「ゾンビで陥落する国もあるのかね」
「どうでしょう。備えがないと滅亡しかねませんわね。ゾンビで埋め尽くされる地域が出てくるのは間違いありませんわ」
解き放ったゾンビ達は、人間を襲うという命令に従って行動する。
ただし命令を下す私がその場にいないため、どうしても動きが単純になってしまう。
立ち回りさえ掴めば、人間の軍が対抗するのは難しい話でもないだろう。
魔術による爆撃で吹き飛ばすことで、近付かずに倒すこともできる。
それでも軍備の整っていない場所では甚大な被害が出るはずだ。
各国はアンデッド対策に追われている頃であろう。
別にゾンビは使い捨てのつもりなので、一掃される分には問題ない。
足りなくなったらまた生み出すだけだ。
その時、近くからくぐもった声が聞こえた。
何かを叩く音もする。
私は足を止めて音の発生源を見る。
リエンの引きずる棺桶から声が発せられていた。
「へえ、まだまだ元気じゃねえか」
リエンが棺桶を軽く蹴る。
中に入っているのは勇者で、リエンが自作した拷問魔術を施されている。
まだまだ協力的な態度が見えないため、こうして移動中も苦痛を与えて調教しているのだ。
リエンは棺桶を見て私に尋ねる。
「いつまで耐えると思う?」
「最低でも二週間は堅いですわね。彼は強靭な精神の持ち主ですから」
逆に言えば二週間以降は厳しいわけだ。
次にこの棺桶を開ける時、果たして勇者はどうなっているのか。
とても楽しみだった。