第45話 心の闇鍋ですわ
勇者の事情を知れた一方で、私は彼からの質問にも答えていた。
執拗に訊かれたのは私の正体や目的、能力についてだ。
ここで少しでも私の情報を引き出して、脱出の暁には国に持ち帰るつもりだったのだろう。
ぎらついた双眸は復讐心に燃えていた。
いずれも秘匿するほどではないため、私は正直に答えた。
ただし前世や乙女ゲーム関連は説明が面倒な上、理解されないので誤魔化しておいた。
そこを明かしても話がややこしくなるだけである。
勇者の求める情報ともずれているのだから、わざわざ暴露する必要もなかった。
特に詳しく問われたのは私の能力だった。
結果的にはリエンの奇襲がとどめになったとは言え、自分が敵わなかったことを気にしているようだ。
能力を知ることで対策を練りたいと考えたに違いない。
しかし、残念ながら私の能力に弱点はない。
正確には色々あったのだが、魔王ジキルとの戦いで魂の増殖を覚えたことで克服してしまった。
肉体を破壊されても即座に再生し、魂へのダメージも致命傷になり得ない。
事実上の不死を実現しており、説明するほど相手の絶望が増すだけだ。
実際、これを聞いた勇者はひどく困惑していた。
己がどれだけ不条理な戦いに挑んだのか、ようやく理解したらしい。
相互の質問に一区切りが付いたところで、私は勇者の処遇について考える。
ここで用済みとして始末するのは少し惜しい。
私に負けたと言っても彼の実力は非常に高く、手駒として優秀だ。
ゾンビとして強化することで、さらなる力を発揮してくれるだろう。
ただし懐柔は不可能だ。
勇者の精神は強靭で、甘い言葉で誘惑しても乗ってこないのは目に見えている。
したがってやるべきことは一つだった。
私は勇者の首に手を添えると、にこやかに笑って告げる。
「このまま極限の苦痛を与え続けますわ。魔術による洗脳も使いましょう。あなたの心を徹底的に壊しますわ。猶予はございません」
「や、やめろ! 質問はまだ終わっていない!」
「いえ、もう十分ですわ。ゆっくりお休みください」
それだけ言い残して部屋を出る。
すぐにくぐもった絶叫が始まった。
勇者の心が折れないのなら、折れるまで愚直に叩き続けるだけだ。
私は方針を曲げない。
どちらが根負けするかの勝負である。
部屋の外ではリエンが待っていた。
彼は勇者の叫びを聞いて苦笑いを浮かべる。
「こんなに手間をかけなくても、魔術で記憶を抜き取れば早いだろ。わざわざ質問してやる義理はなかったと思うがね」
「深い絶望を与えるのが狙いです。心の闇が強いアンデッドを生み出すのですわ」
「ははは、悪趣味だな。まあ理には適っている。さすがだよ、マリス」
「光栄ですわ」
私とリエンは階段を上がっていく。
ちょうど夕食時なのだ。
作り置きしたシチューを食べなければ。
料理も、人間の心も、じっくりと熟成させるべきなのだ。