第44話 情報交換ですわ
三日後、私は城の地下に赴く。
石造りの冷たい部屋で、勇者が椅子に縛られていた。
ぐったりと座る勇者の肌は青白く、虚ろな目は赤く濁っている。
彼の周囲には血反吐が散乱していた。
それらが腐って鼻の曲がるような悪臭を漂わせている。
ゾンビになった勇者は、無限の苦痛に苛まれていた。
慢性的な魂へのダメージで心身を摩耗し、もはや自我を保てているのか怪しい。
私は堂々と歩み寄って話しかける。
「良い具合に消耗していますわね」
「…………」
勇者がぴくりと反応する。
視線が、静かに私へと向いた。
だんだんと焦点が合い、掠れた声を発する。
「……魔女め」
「発狂してもおかしくない状態ですのに、なかなかの胆力ですわ。さすがは勇者です」
私は本心から称賛する。
やりすぎたのではないかと心配していたが杞憂だったようだ。
拍手をした私は、勇者の対面に椅子を置いて座る。
「さて、質問に答えてくれるかしら。どれだけ断っても私は諦めませんけど」
「なら、お前も答えろ……互いに情報を、出し合うんだ……」
「面白い提案ですわね」
最初は頑なに応じなかったのだから進歩と言えよう。
特に断る理由もなく、私は柔和な笑みを見せる。
「交互に質問する形でいかがでしょう」
「分かった……」
そこから私と勇者による質問会が始まった。
憔悴した勇者のペースに合わせたので時間がかかったものの、見合うだけの収穫はあった。
まず私が尋ねたのは、勇者が私を襲撃した理由だ。
この国の所属ではない彼がいきなり現れたことに違和感があったのである。
何らかの陰謀を疑うのは自然なことだろう。
ところが勇者が明かしたのは、もっとシンプルな事情だった。
各国の混乱に加えて小国の陥落を知った勇者は、それらがすべて魔女の仕業だと耳にしたらしい。
これ以上の被害を阻止しなければいけないと考えた彼は、独断で私の暗殺を決意したという。
つまり誰かの差し金ではなく、純粋な正義感からの行動だったのだ。
私は呆れに近い感情を覚えた。
いくらなんでも蛮勇が過ぎるのではないか。
一人で先走らず、軍でも連れて仕掛けてくれば、もっとマシな結果になっていたかもしれない。
あっけなく殺されて情報を吐き出すだけのゾンビになっているのは、完全に自業自得だった。
そこに同情の余地はなく、勇者の愚かさを露わにしている。