第43話 支配ですわ
勇者が死んでいる。
倒れているのは演技で、騙し討ちでも狙っているのかと思ったが、一向に起き上がる気配がない。
後頭部の穴が致命傷なのは間違いない。
穴から生じる靄のような物体は魔術だろう。
内部で破裂し、勇者の脳を破壊したようである。
死体を眺めていると、私のそばにリエンが着地する。
彼の手には先ほどまで読んでいた魔導書があった。
リエンは死体を見下ろして笑う。
「呪術で頭の中に闇を生み出した。まあ即死だな。無粋なやり方ですまんね」
「いえ、結果的に楽に倒せたのですから文句はありませんわ」
「その割には残念そうじゃねえか」
「気のせいですわ」
リエンは新しく習得した術を試したようだ。
私との対決に意識を割かれてしまい、不意打ちの呪術に対応できなかったのだろう。
世界最強クラスの英雄でも、攻略対象の成長性には敵わなかったらしい。
魔導書を閉じたリエンは首を傾げる。
「勇者はどうして俺達を狙ったんだろうな。誰かに唆されたのか?」
「それは本人に訊いてみましょう」
私は死体に向けて手をかざす。
すると、漆黒のオーラが死体を包み込んだ。
後頭部の穴が塞がり、勇者が静かに立ち上がる。
勇者は呆然とした様子で周囲を見回した。
「これ、は……」
「気分はいかがでしょうか」
私が声をかけた途端、勇者は瞬時に身構える。
彼は攻撃を仕掛けようとしてきたが、全身が小刻みに震えるばかりで動かない。
困惑する勇者に私は告げる。
「無駄ですわ。あなたの魂は私のものです。敵対行動は取れません」
勇者は尚も抵抗するも、指一本として満足に動かせなかった。
魂の束縛は強靭だ。
ベースの能力は魔王ジキルの権能であり、そう簡単に無効化できる代物ではなかった。
「私の能力であなたをアンデッドにしました。情報を洗いざらい吐いてもらいますわ」
「大人しく喋ると思うか?」
「逆らうのでしたら苦痛を与えるだけですわ」
私が再び手をかざすと、勇者が倒れて苦しみ始めた。
白目を剥いて痙攣し、手足を暴れさせて悶える。
泡を噴いて悶絶する勇者に対して、私は冷淡に説明した。
「肉体の痛覚と魂を接続しましたわ。協力したくなるまで存分に味わいなさい」
勇者が答えることはない。
彼はただひたすら終わることのない極限の苦痛に苛まれていた。
リエンは薄笑いを浮かべてその様子を観察している。
魔導書に何やらメモを始めたので、術に関する閃きでもあったのだろう。
興味が湧いたので後で聞いてみようと思う。