第40話 勇者との邂逅ですわ
たった一人でゾンビを切り払う男はまだ若く、二十代前半くらいだろうか。
金髪のあどけない顔立ちだが、今は緊迫感に満ちた表情をしている。
男は魔術効果を持つ青い鎧を装備していた。
そこまで重厚な形でないのは、動きやすさを優先しているからに違いない。
防御ではなく回避を軸にした戦い方に慣れているのだろう。
実際、男はゾンビの攻撃を躱しなら前進している。
一体誰なのか。
乙女ゲームにあんなキャラがいた記憶はない。
少なくとも主要人物でないのは確かである。
私の疑問に答えたのは、同じく窓際まで来たリエンだった。
「あいつは勇者だ。厄介な奴に目をつけられたな」
それを聞いて私は納得する。
勇者とは聖剣に選ばれた英雄の名だ。
世界に常に一人しか存在せず、強力な光の加護を持っている。
魔王と対決する運命のもとにあり、いずれ人々を救う定めらしい。
ただし、乙女ゲームにおける勇者はモブ未満の扱いであった。
基本的な設定はあるのだが、シナリオにはほとんど関わってこない。
世界観の説明で軽く触れられる程度で、本編にはまったく登場しないのだ。
噂では没シナリオをフレーバー設定に落としたと言われている。
ちなみに同じ制作会社の別ゲームでは、この勇者が主人公になっているそうだ。
接近する勇者を一瞥し、リエンが嘆息を洩らす。
「どうする。話し合いができる雰囲気じゃねえぞ」
「もちろん迎撃に向かいますわ」
答えると同時に私は窓の外へ飛び出した。
手足から黒炎を噴出させて、高度を維持しながら加速していく。
そのままスムーズに勇者の進路に着地した。
私は優雅に一礼して日本刀を創造する。
「ごきげんよう、勇者さん。今宵は――」
「死ねェッ!」
勇者の聖剣から光の斬撃が放たれた。
反応する間もなく視界が暗転し、すぐさま回復した。
どうやら上半身を丸ごと消し飛ばされてしまったようだ。
とんでもない速度とパワーである。
ここまで躊躇なく攻撃されると思わなかったので、無防備に食らってしまった。
私は物質創造で衣服を修繕し、ついでに日本刀も元通りにしてみせた。
立ち止まった勇者は、平然とする私を見て顔を顰めている。
かなり警戒しているのが丸分かりだった。
私は微笑を浮かべて話しかける。
「酷い仕打ちですわね。淑女に対する態度がなっていませんことよ?」
そう言って日本刀を振りかぶると、勢いをつけて投げ放った。