第36話 あたしは力を手に入れた
殴る殴る殴る。
殴る、殴る殴る。また殴る。
殴る。
とにかく殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴り続けた。
あー、疲れた。
一体どれだけの時間が経ったのだろう。
冥界はずっと夜なので分からない。
息切れを感じながらあたしは状況を確認する。
拳は皮膚が破れて骨が露出していた。
痺れるような痛みと共に血が流れ出ている。
指の形がおかしいからたぶん折れているようだ。
力を込めすぎたのか、手を開くことができなかった。
あたしは視線を地面に落とす。
黒いドロッとした液体が広がっていた。
触ってみると冷たい。
沈み込んだ破れた外套を見て、あたしは液体が何なのか気付く。
これは魔王ジキルである。
度重なるダメージで輪郭を保てなくなった影の残骸なのだ。
そう、いつの間にかジキルは死んでいた。
もう蘇る兆しはない。
あたしが殴り殺したのであった。
無属性の魂を持っていることが致命的だったのだろう。
ジキルの最期を知ったあたしは鼻を鳴らす。
「ざまあみろ……」
影の液体を手ですくい、口に運んで啜る。
工業油とヘドロを混ぜたような味だが、禍々しい力が宿るのを感じる。
あたしは液体をひたすらすくって体内に取り込み続けた。
もはや手段は選んでいられない。
このままだとあたしは無力な亡者のままだ。
マリスに復讐するためには、魔王の力を取り込む必要があった。
何度もせき込み、吐きそうになりながらも、あたしはジキルの全存在を喰らい尽くしていく。
そうして液体を飲み干した段階で、あたしは衣服のように影を纏っていた。
目を凝らすと、影の表面が絶えず流動している。
内包された力が苛烈に渦巻きながらも、あたしの制御下に置かれているのが分かった。
今のところ拒絶反応はなく、ジキルの能力があたしに馴染みつつあるようだ。
「最高の気分だわ」
あたしは荒野を歩き出す。
途中で駆け足になり、そこからさらに全力疾走に移る。
しまいには勢いを付けて一気に跳躍した。
背中から影の翼が生えて飛行を始める。
時折、影の触手が伸びて、地上にいる亡者を捕らえて捕食していった。
魂を分解してエネルギーにしているのだ。
何もせずとも無限に力が溢れてきた。
「これなら、いける!」
あたしは際限なく加速して飛び続ける。
目指すは現世だ。
どこかにある脱出口を見つけるまでは、このまま力を増やしながら突き進むつもりだった。