第35話 不条理なんてくそくらえ
ジキルが首を絞めてくる。
すごい力だ。
実体のない影のはずなのに。
息ができなくてどんどん苦しくなってくる。
「無属性の魂だ! それさえあれば蘇ることができる! 最初から貴様と手を組む必要などなかったのだァッ!」
ジキルは敵意を全開にして叫んでいた。
粘着質な憎悪によって好感度はゼロ……いや、黒いメーターが少し溜まっている。
あたしのことが大嫌いというわけだ、くそったれ。
苦しい、息ができない。
このままだと死んでしまう。
(……あ、もう死んでるんだった)
呼吸なんて必要ないはずだが、感覚は生前とまったく同じであった。
それなのに意識が飛ばないからダイレクトに苦痛を味わっている。
今にも気が狂いそうだった。
あたしは必死に抵抗し、足をばたつかせる。
不細工な顔で暴れて、少しでも苦しみを軽減しようと努力した。
ジキルは執拗に首を絞めてくる。
密着する影の身体は、ぞっとする冷気を帯びていた。
視界が明滅する。
端からじっとりと赤色に染まっていくのは血管が切れたせいか。
手足が痺れて言うことを聞かなかった。
もう嫌だ、死なせてほしい。
いっそ抵抗をやめればジキルが魂を奪ってくれて楽になれるかもしれない。
そんな考えが頭の中を過ぎった時、あたしはハッと我に返る。
胸の内に芽生えたのは、強烈な怒りだった。
「ふっざ、けんじゃないわよ!」
目の前のジキルを力いっぱいにぶん殴る。
素通りするかと思いきや、粘土のような感触と共に顔面を捉えた。
ジキルが吹っ飛んだ。
全身が影なので驚くほどに軽く、ほとんど重さを感じなかった。
地面を転がったジキルが呻く。
彼はよろめきながら立ち上がると、動揺を露わにした。
「馬鹿な、なぜ攻撃できる……!?」
「ここは冥府の世界だから、精神とか魂の影響力が大きいのかもね。気合を入れたら当たったわ」
あたしは解放された首を撫でて笑う。
実際のところ影響力なんてものはよく分からず、すべて出任せの仮説だった。
あたしが知るわけないだろう。
まあ、細かいことはどうでもいい。
大切なのは、あたしがジキルを殴れることだ。
相手は魂を奪おうとするクソ野郎であり、容赦する必要はなかった。
立ち上がったあたしは、大声を上げてジキルに掴みかかった。
馬乗りになってとにかく殴りまくる。
ジキルが何か喚いているが、気にしない。
頭を空っぽにして叫び、ひたすら攻撃し続けた。