第33話 死者の軍勢ですわ
私はリエンと共に迷宮を抜けて地上へと出る。
月明かりに照らされた街は荒廃し、そこかしこに死体が倒れていた。
腐った内臓と血の臭いが鼻腔にへばりついてくる。
凄惨な光景を前にしたリエンは嘆息する。
「あいつらの仕業だな。何もかも滅茶苦茶だ」
「アンデッド化して地上で待機させていたのでしょう。放っておけば膨大な数の軍隊になっていましたわね」
「そういう魂胆だったのか。早めに倒せてよかったぜ」
魔王ジキルの目的は世界征服だ。
放っておけば人類の大半がアンデッドになっていたかもしれない。
乙女ゲームではジキルが勝利するルートがないので実際は分からないが、ろくでもない結末になっていたのは間違いないだろう。
私達は死体だらけの通りを進んでいく。
誰一人として生きている者はいない。
アンデッド化していないのは、術者のジキルが既に消滅したからである。
死霊術の効果を失って死体に戻ったのだ。
無人の屋台から果実を盗んだリエンは、それを齧りながら私に尋ねる。
「次の目的は何だ?」
「国を手に入れますわ」
私の宣言を聞いたリエンは果実を落とした。
彼は目を丸くして確認する。
「本気かよ」
「ええ、もちろんですわ。さらなる混沌を招くには大きな勢力が必要です。個人単位で動くより効率的でしょう。これから戦争も起きるはずなのでちょうどいいですわ」
「最高じゃねえか。面白くなってきた」
笑うリエンの足取りが軽くなる。
この状況を心底から楽しんでいるようだ。
やはり同行させてよかった。
他の攻略対象なら、倫理観を掲げて反対してきただろう。
いや、そもそもこうなる前に私を止めたはずだ。
「それでまずはどこの国を奪うんだ?」
「検討中です。移動中にでも決めましょう。先に手駒を用意しますわ」
私は片腕を掲げて指を鳴らす。
すると、周囲に散乱する死体が起き上がった。
死体は緩慢な動作で歩き出して私達の後ろをついてくる。
リエンは何かに気付いて驚く。
「この死霊術は、まさか……」
「先ほどの魔王から奪ったものですわ。性能面では本家に及びませんが、最低限の働きは期待できるでしょう」
ゴーストモードには死霊術の力が内包されている。
それを自己強化ではなく、死体への干渉に応用してみたのだ。
ジキルほど巧みに操れるわけではないが、戦力としては十分に使うことができる。
国を手に入れるのに役立つはずだ。
「さあ、侵略しますわよ」
私達はアンデッドの軍勢を率いて廃墟の並ぶ通りを闊歩する。
邪魔だった主人公ミアと魔王ジキルを抹殺したことで、今後は自由に行動しやすくなった。
あとはさらに世界を狂わせるだけだ。
存分に味わっていこうと思う。