第15話 あたしは脳をシェイクされた
電動ドリルだ。
あの甲高い、嫌なモーター音。
高速回転する先端が、あたしに、近付いてくる。
貫かれた。
肉が裂けて血が噴き出した。
骨も容赦なく削ってくる。
痛い痛い痛い痛い。
いたいたいたいいたいいたいいたいいたい。
だめだむりだいたすぎるたすけて。
あっ、次はおでこだ。
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる。
ずちゃびしゅっ。
ぴしゅるるるる……。
じゅばっ。
脳がぐちゃぐちゃになった。
「いやあああああああああぁぁっ!」
あたしは絶叫する。
絶大な苦しみに耐え切れず、身体を抱いてのたうち回った。
誰かが笑っていると思ったら、あたし自身の声だった。
そうだ、思い出した。
あたしは死んだ。
悪役令嬢マリスに殺されたのだ。
激しく嘔吐するあたしをよそに、ジキルは冷静に話を進める。
「ようやく記憶が戻ったか。死んだ貴様を我が蘇らせた。死霊魔術でな」
「死霊魔術……」
あたしは自分の両手を見る。
肌が不自然に青白い。
それに冷たい。
死霊魔術で蘇ったということはアンデッドだ。
たぶん血が通っていないのだろう。
「どうしてあたしを蘇らせたの」
「貴様から妙な力を感じる。無属性の魂とは違う、別の何かだ。だから我は賭けることにした。復活の贄とするより、貴様を配下に加えるべきだと判断した」
「配下になんてならないわよ」
そう啖呵を切った瞬間、あたしは猛烈な脱力感に襲われた。
目の前が暗くなって全身の力が抜ける。
意識がまた闇に沈む直前に、感覚が徐々に戻ってきた。
ジキルは感情を出さずに述べる。
「貴様の命は我が支配している。その灯火を吹き消すのも容易い。ゆめゆめ忘れるな」
「くっ……ハァ、ハァ……」
あたしはジキルを睨む。
アンデッドでも苦痛はあるし、呼吸はなぜか乱れる。
どうせなら余計な部分は削ってくれればよかったのに。
若干の現実逃避をしつつ、あたしは今の状況を分析する。
(こいつには決して逆らえない……厄介ね)
文字通り命の手綱を握られている。
裏切るような真似はできず、ひとまず従うしかなかった。
あたしが結論付けたことを察してか、ジキルは話題の軌道修正を図る。
「マリステラ・エルズワースは世界征服の障害だ。放っておくと破滅を招くだろう。絶対に排除せねばならない」
「懐柔したらいいんじゃない? 魔王と魔女ならお似合いでしょ」
「それができれば苦労はしない。マリステラ・エルズワースの精神は混沌そのものであった。懐柔どころかその場で討滅されかねない」
魔王にそこまで言わせるとは。
マリスはとてつもない力を持っているらしい。
考察していたあたしは、ふと我に返って舌打ちする。
(いやいや! そもそも電動ドリルってどういうことよ! あんなのおかしいわ!)
あんな魔術は知らない。
どこの世界に電動ドリルで人を襲う乙女ゲームがあるのだ。
よくよく考えると、いきなり攻撃してくるのも不自然だった。
さすがのマリスでも初対面ではそこまで狂っていなかったはずである。
それなのにあたしは惨殺された。
考えられる可能性は、一つしかない。
(マリスも転生者なんだ。だからわざとシナリオから外れた行動を取った)
破滅エンドが確約された悪役令嬢に、誰かが乗り移って暴走している。
おかげであたしのハッピーエンドがぶち壊された。
その事実で、頭がおかしくなりそうだった。