第14話 乙女ゲームの主人公だってさ
寒い。そして、暗い。
たまに痛い。
渋みや酸味も感じているが、ひょっとすると気のせいかもしれない。
意識も五感も曖昧な闇の中で、唐突に老人のような声を聞いた。
「――ミア・ウィリクス。目覚めよ」
声に誘われるように感覚が徐々に明瞭となる。
そこであたしはゆっくりと目を開いて起き上がった。
周囲を見渡すと、夜の砂漠が延々と広がっている。
どこまでも変化のない寂しい砂漠であった。
「こ、ここは……」
「我が魔術領域内だ。隠蔽効果のある結界で囲われている。第三者に捕捉されることはない」
背後で声がした。
振り返ると薄汚い外套を着込む人間が立っている。
いや、それを果たして人間と表現していいのか。
外套の隙間から見える部分に肉体はなく、ぼんやりと輪郭を帯びた影が辛うじて人型を保っている。
それでもなんとなく視線を感じたので問いかけた。
「あんたは誰?」
「我は深淵。何者でもない」
そのセリフに聞き覚えがあった。
考え込むこと数秒。
該当する答えを導き出したあたしは遠慮なく指摘する。
「カッコつけないで。あんたの正体は分かってる。百年前の魔王……ジキル・ラミアード」
「……ほう。そこまで見抜くか。面白い小娘だ」
外套を纏う影――魔王ジキルは静かに笑う。
悠然とした雰囲気に気圧されそうだが、あたしは決して怯まない。
立ち上がってジキルを指差してやった。
「あんたの目的は知ってるわ。滅びた肉体の復活と世界征服。そのために無属性の魂が必要なのよね」
「正体だけでなく、我が野望までも……何処で聞いたのだ」
「別に。シナリオの内容を記憶していただけよ。あんたの出てくるルート、そんなに好きじゃないからやらなかったけどね」
魔王ジキル・ラミア―ド。
前世の私がプレイしていた乙女ゲームに登場する敵キャラクターだ。
世界にただ一つしか存在しない無属性の魂を探し求めており、その持ち主が主人公のミアというわけである。
一部のシナリオに登場する超常的な悪党だが、攻略対象によって倒されるのが恒例となっていた。
しかし、なぜジキルはあたしの前にいるのだろう。
夜の砂漠で対峙するシーンなんてなかったはずだ。
そもそもあたしは何をしているのか。
ここにいる経緯が、思い出せない。
何か重要なことだった気がするのだけど……。
私が頭を悩ませていると、ジキルは勝手に話を進め始めた。
「貴様の妄言はどうでもいい。重要なのは我が野望だ」
「あたしの魂を抜き取るつもり?」
「本来はそのつもりであったが事態が変わった。先に始末したい敵がいる」
そこでジキルは意味深に言葉を切る。
どこかあたしの反応を探るように、影の魔王は続きを述べた。
「殺戮の魔女マリステラ・エルズワース。あの邪智暴虐の化身を除けねばならない」
刹那、あたしはすべてを思い出した。
壮絶な死の記憶が、追体験という形で降りかかってきた。