第13話 本音は隠して臨むべきですわ
リエンが馴れ馴れしく頭を撫でてくる。
それを振り払って私は睨み付けた。
「触らないで。あなたは信用なりませんわ」
「そう言わずに聞いてくれよ。俺はずっと世界に違和感を覚えていた。マリスに手を貸すと決意した途端、運命から解放されたような気がしたんだ。未知の背徳感っていうのかな、とにかく清々しい気分になれた」
リエンはどこか神妙な様子で語る。
普通なら頭がおかしい人間の戯れ言と断じるだろうが、私には思い当たる可能性があった。
(まさかシナリオを認識しかけている……?)
当然ながら現状は、乙女ゲームには存在しない展開である。
リエンの選択は、運命から解放されたと言えるのではないか。
ひょっとするとシナリオには強制力があり、主要人物の思考や行動に影響を与えているのかもしれない。
私というイレギュラーがそのルールに亀裂を入れたのなら、リエンが本来とは異なるルートに流されたのも納得がいく。
もちろんこれは仮説に過ぎない。
推論に推論を重ねた、まさに可能性の一つだ。
決めつけるのは早計だろう。
ただ、検証の価値があるとも思うので、色々と試したいところであった。
いくつもの考えを巡らせながらも、私はリエンにそっけない対応を続ける。
「おハーブでも嗜んでいらっしゃるのかしら」
「ははは、辛辣だな。そんな風に思われるのも仕方ないが」
軽く笑った後、リエンはふと真顔になる。
彼は私の前で静かに宣言した。
「マリスのことは絶対に裏切らない。信じてほしい」
「……それを証明できますの?」
「うーん、そうだなあ。俺がやれることならなんでも言うことを聞こう。隷属魔術で取り決めを結んでもいい」
「本気ですのね」
「当然だろ。地獄の底まで添い遂げる覚悟だぜ」
リエンは躊躇なく言ってのける。
軽口の割には目が本気だ。
そこで私は無理難題を吹っ掛けることにした。
上目遣いにリエンを見つめて告げる。
「主要三大国の王の抹殺。これを達成できたら、ひとまず認めてあげますわ」
「それだけでいいのか」
「あなたにできますの?」
「それが結婚の条件なら喜んで実行するさ」
リエンの意志は揺るがなかった。
明確な課題を得たことで、ますますやる気になっているようだ。
よほど私に惚れ込んでしまったらしい。
体感的には壮絶な殺し合いをしただけなのだが、どこが琴線に触れたのかよく分からない。
そういえばゲーム内でも恋愛のセンスが変わっていると言われていた気がする。
とりあえず、リエンが暫定的な仲間になった。
戦力の大幅アップなので私としても悪くない結果である。
彼に対しては別に恨みなどもない。
時戻し前はミアがリエンと恋をするルートに入らなかったため、あまり接点がなかった。
広い意味では敵対関係だったものの、気になるほどではない。
それより大事なことがある。
前世の私にとって、リエンは推しだった。
マリスの人格によって抑えているが、実はずっと興奮している。
求婚された時は気絶するかと思った。
画面の向こう側にいた推しに愛されるというのは、ある意味では幸福なのだろう。
マリスに転生できたことに初めて感謝した瞬間だった。