第12話 強すぎる好意は胃もたれしがちですわ
焼け落ちる学舎を背に、私は敷地の外へと出る。
全身が血みどろだった。
制服は燃えたので、サイズが同じものを死体から奪って着ている。
再生魔術によって辛うじて五体満足に戻っているが、まだ本調子ではない。
猛烈な疲労と苦痛、眠気に襲われている。
気を抜けば倒れそうだった。
とにかく消耗しすぎた。
この状態での戦闘はなるべく避けたい。
学園の騒動を知った人間から報復が来る前に、一刻も早く遠くへ行く必要があった。
足を引きずって移動していると、後方から声がした。
「おーい、待ってくれよー」
私は苦々しい気持ちで振り返る。
駆け寄ってきたのはリエンだ。
彼は少年のように純粋な眼差しで私を見つめてくる。
私は深々とため息を吐いて歩き出す。
「ついてこないでくださるかしら。目障りですわ」
「そんなこと言うなよ。俺達の仲じゃないか」
「あなたとは何の繫がりもありませんわ!」
強めに言い返すも、リエンは余裕っぽい笑みを見せるだけだった。
そのリアクションにイラっときたので、創造した電動ドリルを首筋に添えてやる。
ところがリエンはそれでもまったく怯まない。
むしろ目の輝きが増すばかりだった。
私は諦めて移動を再開する。
「私と結婚なんて正気なんですの?」
「もちろん。俺は退屈な人生をぶっ壊してくれる女が好きなんだ。その女が天使だろうが悪魔だろうが構わない」
リエンは楽しそうに語る。
飄々とした態度はそのままだが、言葉から真剣さが伝わってきた。
「マリス。君の狂気は最高だ。心の底から力を貸したいと思っている。つまり俺達が結婚すれば無敵ってわけさ」
「暴論ですわ……」
私は嘆息を洩らし、髪をぐしゃぐしゃに掻く。
リエンはすっかり気分を良くして饒舌に喋っている。
殺し合いの後からずっとこんな調子だ。
このリエンという男は、私に対する好意を全開にして接してくる。
たぶん騙し討ちなどではない。
リエンは本気で私との結婚を望んでいるのだ。
乙女ゲームの攻略対象であるリエンはひねくれ者キャラだった。
その本質は混沌そのもので、善も悪も関係ない。
何色にでも染まる男と呼ばれている。
リエンはゲーム内でも闇落ちするルートが用意されていた。
その時は確か邪悪な魔術組織と手を組んでいたはずだ。
まあ実際は気まぐれでの行動なので、厳密には闇落ちとは違うだろう。
ようするに出会う人間によって行動指針が大きく変わるのである。
(そして今回は、私の影響を受けているわけか……)
推測はおそらく正しい。
こうして私に同行しているのが何よりの証拠だった。