第11話 心の距離は無限大ですわ
苦い顔をするリエンは冷気を維持しつつ、突風の刃を飛ばしてきた。
人体を切断するそれを、私は丸鋸の薙ぎ払いで相殺する。
魔力を込めて叩き付けることで上手く対処できた。
いつでも反応できるように、丸鋸と電動ドリルを振り回して前進する。
ふと、腹の鋭い痛みを覚えた。
足元の床が変形し、槍のように細く尖って刺さっている。
魔術による地形操作だ。
私は刺さった部位を丸鋸で切除して抜け出す。
こぼれ出した血と臓腑が炎に炙られて異臭を放つ。
それもすぐに再生するので問題なかった。
苦痛さえも糧にして大股で進む。
リエンは後ずさりながら汗を流す。
余裕が消えて、仄かに焦りと困惑を見せていた。
「はは、滅茶苦茶だな。冗談きついぜ」
リエンの手から火球が発射されて、私の目前で大爆発を引き起こす。
私は電動ドリルを床に突き刺し、その場で耐え凌いだ。
既に全身が燃えているため、高熱も爆風も気にならなかった。
吹き飛ばされた骨と肉片を再生させて、無理やり歩く。
私が選んだ戦法は、回避を捨てたゴリ押しだった。
再生速度を引き上げて攻撃魔術を捻じ伏せる。
狂気を剥き出しにして、命を燃料に魔力を焚く。
炎の苦しみが意識を強制的に繋ぎ、私の活力となって背中を押してくる。
掠れた視界の中、リエンだけを見据える。
あと五メートルくらいだ。
私は焼けた喉から声を発する。
「もうず、グ……で、すわ……」
止まるな。
進め、歩け、殺せ。
一歩、一歩、確実に踏み締めていく。
氷の針が刺さったが再生した。
木材が脇腹を貫いたが再生した。
漆黒の光で五感を奪われたが再生した。
崩落した天井に潰されたが再生した。
触手に触れた肉体が腐り落ちたが再生した。
不可視の呪術が臓器を粉々になったが再生した。
四方八方から突風に切り裂かれたが再生した。
「むだ、で……すわ」
叩き潰す、斬り払う、薙ぎ払う、蹴り飛ばす。
絶えず炸裂する魔術の嵐にひたすら抗う。
あと、数メートルが、どうしようもなく遠かった。
だけどあと少しだ。
もうすぐそこにいる。
狙いはあいつださあやるぞ引き裂いてぐちゃぐちゃにしてやる。
傷なんてどうでもいい。
死さえ私を恐れるのだから。
リエンが魔法陣の上に立っている。
なるほど、転移魔術か。
形勢の不利を悟って逃げるつもりらしい。
「させませんわ」
丸鋸と電動ドリルを魔法陣に叩き込む。
術式の破損と暴走により、私の両腕が消失した。
半端に発動した転移のせいでどこかに削り飛ばされたようだ。
断面に意識を向けるも、再生が始まらない。
度重なるダメージで魔力が枯渇寸前のようだ。
もはや生命維持に回す分さえ心許なく、炭化した部位が回復していなかった。
私の状態に気付いたリエンが笑みを浮かべる。
「さすがに限界みたいだな。死にたくなかったら大人しく降参して――」
「いやですわ」
両腕を再生させる余裕はない。
最短最速で一撃を放たねばならなかった。
だから私は全身の魔力を振り絞り、物質創造の魔術を行使する。
頭の中が振動し、くぐもったモーター音が脳髄を啜って泣き叫ぶ。
つんざくような激痛と共に、チェーンソーが額を突き破って現れた。
血飛沫を散らしながら刃が猛烈に回転している。
リエンの動きが完全に止まった。
青ざめた顔が驚愕に染まっている……いい気味だ。
私が頭突きでチェーンソーを食らわせようとした瞬間、リエンが真剣な様子で発言する。
「――好きだ。結婚しよう」
今度は私が固まってしまった。