第105話 ハローワールドですわ
途方もない時間がかかったが、別世界と繋がる扉が完成した。
スライム状の枠組みにドアノブ付きの白い板がはめ込まれている。
シンプルなデザインながらも尋常ならざる雰囲気を放っていた。
魔術とスキルの集大成であり、見た目以上のテクノロジーが詰め込まれている。
リエンは扉の前で汗を拭う。
「これで準備完了だ。行き先の世界はマリスの意志で決まる。変な場所に飛ばさないでくれよ?」
「ええ、お任せください。とびきりの候補がありますの」
「そいつは楽しみだ」
リエンが続けて私に尋ねる。
「なあ、マリス。次の世界では何をするつもりなんだ?」
「そうですわね……殺戮戦争でもしましょうか。ジェノサイドルートはまだ終わりませんわ。いっそ複数の世界を滅茶苦茶に繋げて争わせましょうか」
「おお、最高だな! すごく楽しそうだ」
「我も同感なり」
話はどこまでも盛り上がる。
私達は次の世界に揃って期待を抱いていた。
リエンとレボも虚無に飽きているのだ。
早く他の世界で暴れたいのだろう。
「では行きますわよ」
私はドアノブを掴んでゆっくりと開く。
刹那、私達は扉の向こうへと吸い込まれて視界が暗転する。
何も見えない暗黒をどこまでも落ちていく。
ほどなくして、裂け目のような光が見えてきた。
私は手を伸ばして光に触れる。
光の先には青空があった。
リエンの結界を足場にして私達は落下を免れる。
どうやらかなりの高度に扉が繋がってしまったようだ。
遥か下にはビルの並び立つ都市があった。
道路を行き交う車や人間が見える。
間違いなく地球の文明だ。
私は、とうとう帰ってきたのである。
「懐かしいですわね」
微笑む私は空の裂け目を指で閉じる。
通過した際に要領は覚えた。
今後は自由に扉を作って別世界へと飛べそうだ。
神の権能とスキルの利便性には感謝しなくてはならない。
私は人差し指を立てて頭上に掲げた。
そこに魔力を圧縮させた後、瞬時に解き放つ。
「ショウタイムですわ」
爆発した魔力が粒子となって散り、一つひとつが雷撃となって地上に降り注ぐ。
軽い攻撃だったはずが、都市はそれだけで半壊してしまった。
人々は混乱と恐怖に包まれて何もできずにいる。
それを嘲笑いながら、私はリエンとレボに指示を出す。
「手分けして侵略しますよ。二人は別の地域をお願いします」
「好き勝手にしていいんだよな?」
「ええ、ご自由にどうぞ」
「よっしゃ! さすがマリスだ!」
二人は魔術で別の地点に転移する。
反応の移動先からして、国境を越えて他の国から攻め始めたようだ。
国内から始めるつもりだったのだが、まあいい。
いずれすべての国を巻き込むつもりだったのだから、それが少し早まっただけである。
私は次の攻撃を行おうとして、その手を止める。
崩壊した交差点の中央に、一人に女が佇んでいる。
かなり離れているはずなのに目が合っていた。
その姿には見覚えがある。
「あれは……」
佇む女は前世の私だった。
同時に、気にもしなかった前世の死因を思い出す。
「そうだった。私は私に殺されたんだ」
空から現れた神か悪魔のような女に殺される。
荒唐無稽な記憶は映画やゲームの知識と混同したものだと思っていた……思い込んでいた。
自然と意識しないようしていたが、まさか真実だったとは。
虚無を漂う中で、私は時間の法則から抜け出した。
そのせいでこのような矛盾が起きたのだろう。
そういえば、あそこに佇む私は前世の記憶を持っていた。
具体性のない記憶の違和感に悩んでいた。
今の私にとっては前世の前世だが、あれはいったい何だったのだろうか。
時間も世界も因果関係が滅茶苦茶になったこの状況では、どれが原因なのかも判然としない。
(まあいいか。細かいことは気にしない。数十億年の年月に比べれば些細な問題だ)
これから私は前世の自分を殺す。
死んだ魂は時空を渡り、破滅エンドに至ったマリスに宿ることになる。
事象は繰り返される。
私はチェーンソーを振り上げて落下を始めた。
空気を蹴って加速し、前世の自分に急接近する。
「無限ループって怖いですわ」
絶望する自分の顔面を叩き割りながら、私は優雅に呟いた。
これにて完結です。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
新作も始めましたので、よろしければ読んでもらえますと嬉しいです。