第10話 キョウキ人間ですわ
荒れ狂う冷気によって、肉体がみるみる凍り付いていく。
瞼が張り付いて瞬きすら困難になってきた。
今にも命が吹き消されそうだ。
欠損した片足を抱えたまま、私は薄い氷に覆われようとしている。
苦痛に喘ぐ私をリエンは無感動に眺めていた。
「そのまま死んでくれ」
淡々とした口調には油断が感じられない。
この期に及んでまだ私の逆転を警戒しているようだった。
彼の意思を表すように冷気が強まっている気がする。
意識が朦朧としてきた。
視界が暗くなり、呼吸さえ億劫になる。
手足の末端からパキパキと音を立てて崩れていく。
「くそっ……たれ……ですわ」
私は割れんばかりに歯を食いしばる。
力を込めた拍子に、指が砕け散って粉々になった。
身体が震えるのは寒さではなく、煮え滾る怒りによるものだ。
迫る死が殺意を沸き立たせる。
恐怖なんてこれっぽっちも無かった。
必要なのは覚悟だ。
あのクソ魔術師をぶち殺すための執念である。
そのためにすべてを投げ捨てよう。
心を決めた私は力の限りに叫ぶ。
「悪役令嬢の、底力を……見せてやりますわ!」
体内に魔術の炎を生み出して全身を燃やす。
高熱が体表の氷を急速に溶かしていった。
口から大量の黒煙を吐きながら私は立ち上がる。
「あああああああああああぁぁぁっ!」
火だるま状態の私は再生魔術で肉体を修復させる。
同時に炎の生成は止めない。
破壊と回復を拮抗させることで、冷気の無効化に成功した。
凍り付いて機能しなかった再生力が復活し、欠けた手足も生えてくる。
ただし良いことばかりではない。
全身が炎に包まれているせいで、私は絶大な苦痛を味わっていた。
自分の焼ける臭いが鼻腔に充満し、今にも意識が弾け飛びそうだった。
それを根性でひたすら耐える。
「ふひっ、ひひひはははははははは!」
私は物質創造の魔術を使って、両手で斧と鉈を持つ。
ところが、指が炭化して脆いせいで握れない。
火力を落とすと冷気の影響を受けるので加減も難しい。
何度も取り落とすうちに苛立ちが募り、とうとう私は吠えた。
「鬱陶しいですわ!」
武器を握れないなら体内で創造すればいい。
そう考えて魔術の発動座標をずらす。
右手を引き裂いてせり出してきたのは、高速回転する丸鋸だった。
左手からは手のひらを突き破って電動ドリルが登場する。
どちらも私の手をぐちゃぐちゃに損壊させた。
再生を繰り返す骨や筋繊維が丸鋸と電動ドリルに絡まり、がっちりと固定する。
おかげで指を動かせずとも武器を保持できるようになった。
すべて計算通りである。
両手から丸鋸と電動ドリルを生やした私を見て、リエンの顔から余裕が消える。
「おい、マジかよ」
「キャハハハハハハハハハ!」
高笑いする私は、二種類の駆動音を響かせて駆け出す。
正面からの猛吹雪も全身を燃やす炎には敵わない。
悲鳴を上げる筋肉に鞭を打ち、私は飢えた獣のように醜く突き進む。