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夢の続き  作者: 田中浩一
1/3

其の一


1


鹿児島のとある田舎町。ご多分にもれず、過疎と高齢化を加速していく町だ。


前田広太は、町で唯一の小さなCD、ビデオレンタル店「甲」に、いた。晩秋のまだ、暑さの残る夕方から、アルバイトだ。

特に、スポーツをしてる訳ではないが、ツーブロックのヘアスタイルに、そこそこに、男前の高校二年生を、すごしていた。

「お疲れ、お客さんは、あったかな?」

店長の重田一仁が、コンビニの袋を下げて帰って来た。

「いや、今夜は、まだです」

一仁の毎度、挨拶がわりの言葉に、広太も、これも毎度、定型文になりつつある言葉で返した。

「そうなん?これ、肉マンが始まったみたいだから、コーヒーと」

そう言って、コンビニのビニール袋を渡す。

「あっざーす」

両手を合わせるやいなや、腹を空かした少年が、右手の人差し指で、缶コーヒーのプルトップを開けながら、肉まんを、三口で食べ終わった。

「おいおい、少しは味わえよ」

一仁は、笑った。

一仁は、五つ上の広太の先輩で、保育園から小、中学校と同じ学校を卒業した。なにくれとなく、広太の世話を焼いてくれた。同じ商売人で商工会の親たちが仲が良かったのもあるかもしれない。

高校の文化祭の時は、一年の時から、バンドを組んでは、演奏を披露していたが、いかんせん、歌が下手くそで、生徒達の失笑と罵声を買っていた。でも、ギターはウマイっと、言われていたので、乗せられたわけではないが、東京の商社で働きながら、プロのギタリストを目指していた。

それも二年ほどで、突然健康だった父親が、心不全で倒れて、亡くなると、帰郷して、店を継ぐことになった。


「こんばんは。お疲れ様、ですよね?」

店に入ってきたのは、広太の同級生の、後藤朋美。ショートヘアーの、真っ黒に日焼けした顔に、笑顔から覗く白い歯が印象的な、陸上部のエースだ。

広太と二人して、どちらからも、それぞれの想いを告げあっていない。そんな中、周りの同級生は、二人は恋仲だと決めつけていて、どこまでいったとか、デートは何を喋るんだとか、アドバイスを求められたりした。


「おっ、お迎えが来たな。広太、上がっていいよ」

「いや、まだ八時までは少しあるから、働きますよ」

「いたってしょうがないよ。俺も、小一時間もしたら閉めるわ。風邪気味だし」

一仁は、笑った。きっと広太は、肉まんを食べて、すぐに帰るのが悪いと思っているのだ。

広太の、そんな若さゆえの律儀さが、清々しい。俺も東京で夢破れるまではこうだったな。一仁は、ひとりごちた。

町の個人店が次々とシャッターを閉めていた。後継者がいないということもあったろうが、なにより、となり町に、大手の大型デパートができてからは、目に見えて、客足が遠退いた。すべての店舗を抱えた、デパートには、かなわなかった。

「じゃあ、お言葉にあまえて、上がります。お疲れっした」

広太は頭を下げる。

「お疲れ。気をつけて帰んなよ」


「一仁先輩って、いい人だよね」

朋美が、もう何度目かの誉め言葉を口にした。

「あぁ、好い人だし、憧れだよな」

そう言いながら、広太は、今夜、告白しようと、密かに思っていた。鈍感な広太でも、友達から、

「このままだと、彼女、他にいっちゃうぜ」と、言われたのが効いている。

朋美は、黙っているが、何人かに、コクられている、らしい。モテるのだ。

もうすぐ、朋美の家だ。

「あ、あのさ・・・」

広太の、言葉と同時に、朋美が、口火を切った。

「今夜さ、なんかの記念日とかいって、両親が食事に行ってて、居ないんだよね。んでさ、お菓子、作ったんだよね。食べたい?うち、寄る?」

「はい」

広太は朋美の、吉報の言葉に被せぎみに答えた。

そうか、だから早めに店に来たのか。食事ならば、親と一緒に行けたはずだし、帰ってくるまでの時間が、勝負なんだ。

女の子の部屋かぁ。

広太は、正座で座り、目だけでキョロキョロした。

ピンクが多いな、良い匂いがするな、おっ、ベッドじゃん。俺の部屋とは違う。黒系だし、イカ臭いし、ベッドの隙間には秘密のDVDが挟まっている。朋美のベッドには何が挟まってんだろ?なんもないか。

朋美も、慌てぎみに紅茶とタッパに入ったお菓子を用意してくれた。やっぱり、時間が勝負なんだ。

確信した。

「どうぞ。感想は、入らないから」

控えめな女の子って、良い。

「んっ、ウマイっ」

「ホント、ありがと、嬉しい」

誉め言葉の感想は、言うべきだ。彼女のポッと赤らんだ、笑顔が見れるからだ。

お菓子も終わり、さて。

「あのさ・・・」

「はい」

「何て言うかさ・・・」

「うん・・・」

「朋美はさ・・・」

「うん、うん」

「誰か、好きな人、いるの」

「・・・・・」

何で今さら。朋美は、そう思いながら、でも、広太とは、小学校からの付き合いで、大事なことを、急かすと、怒り出すから、ここは、やんわりと、ゆっくりと。それでも、はっきりと、聞きたい、広太の、口から言葉で。

「うぅん、Superflyとか、俳優さんなら、山田孝之かな」

わざと、とぼけて、でも、笑わずに広太を見つめる。

傾げた朋美の、少し潤んだ瞳。

俺、しっかりしろ、心の声。

「と、ととと・・・」

「おっとっとっとっ」

わかっていながら、ふざけて見せる。嬉しいんだけど、いざ、そのときが来るとなると、延ばしたくなる。

「朋美が、・・・好きだよ」

広太は、言い切ると、鼻から長い息を、はいた。

朋美は、膝だちで広太の正面に立ち、広太の両肩に手を置き、広太の目を見つめると、急速に接近した。

鼻を少しかすめながら、無事、唇に、着地した。

広太は、目の前の朋美の、閉じた目のまつげが長いんだと思い、包み込むような体温のあたたかさに痺れていた。いや、それよりなにより、唇の柔らかさに、頭の芯がジーンとなっていた。

少し、胸に触ってみた。

バチっ!と、叩かれた。

「おあづけ!」

「ワンっ」

二人は、笑った。

晴れて、恋仲に、なったのだ。


2へつづく



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