猫歴91年その3にゃ~
我が輩は猫である。名前はシラタマだ。王様本猫だから、王様の不貞の子ではない。
ミテナが大学初友達のメイメイに嘘つきまくるので、わしの猫大での立場は、王様の不貞の子で名前はプーとなった。もうこの際、不貞の子はいいから、さん付けで呼ばれたらヤバイ名前だけはやめてほしい。
メイメイにはこのことをネットに上げたら物理的に消されると暗に説明しておいたから、たぶん大丈夫だろう。震えてるもん。
とりあえず5限目も終わったら、教室に残ってわしたちは復習していた。
「プー君、ここ教えて~」
「にゃににゃに……あぁ~。そこはだにゃ、この化学式が必要になるんにゃ」
「「なるほど……」」
この魔法科学という学問は、学生にはかなり難しいみたい。ミテナだけじゃなく、メイメイまでわしの話を真面目に聞いている。
やはり教師が悪く感じたわしは、どうテコ入れしてやろうか考えながら2人を見ていたら、メイメイはペンを置くと不思議そうな顔でわしを見た。
「プー君はずっと寝ていたのにわかるなんて、すっごく賢いのですね。どこでこんなこと習ったのですか?」
「えっと……王様からかにゃ?」
ミテナはウンウン頷いてるから、この答えは正解みたい。
「さすがは猫王様ですね。こんなに難しいことを簡単に教えるなんて、博学なんでしょうね~」
「それほどでもないにゃ~」
「プー君! ここはどうなってるの!!」
わしが照れて頭を掻いたら、ミテナに足を踏まれて邪魔された。そりゃ身バレしそうな話をしていたもんね。
「えっとにゃ……にゃ~?」
「どうしたの? あ、わからないんだ~」
「いや、この問題、間違ってるんにゃ。これは化学式じゃなくて数式で解いたほうが楽なんにゃけど……」
わしはサラサラッと化学式と数式を書いて違いを説明する。
「ほらにゃ? 数式だと半分ぐらいで済むにゃろ??」
「まぁ半分はわかるけど……ここをこうして……」
「なるほど……綺麗な数式ですね~。わかりやすいです」
ミテナの頭は文系だから、わしの書いた数式はすぐには理解できないみたい。ミテナとは違い、メイメイはすぐに理解してくれた。
「メイメイちゃんって、にゃにを専攻しているにゃ?」
「数学です。相対性理論の方程式を本で読んでから虜になりました」
「確かににゃ~。わしも改めて勉強してみたら、みんにゃが美しい方程式って言ってる意味がわかったにゃ~」
「ですよね? 他の方程式と一線を画す美しさですよね~」
メイメイがうっとりとして、わしも話に夢中になっていたらミテナの頬が膨らんだ。
「プーく~ん。私の友達盗らないでよ~~~」
疎外感があったらしい。あと、この顔は、メイメイまでそっち側だと気付いた顔だな。数学の話になったら顔付きが変わったもん。
なのでわしは、ミテナのために数学の話は極力控えるのであった。わしもボロが出そうだし……
この日から、わしは魔法科学の授業はお休み。ミテナが来るなと言うんじゃもん。キャットタワーでわしから習ってから、メイメイに説明してマウントを取ってるんじゃないかと疑っている。
ミテナが専攻している政治学は、わしも地下図書館について行ってお昼寝。たまに議論しているけど「寝てるクセに……」とか言わないでください。前世ではそういう時代を生きたんですよ。
ちなみに不貞の子の件は、その日の内に王妃様方に説明したら優しくモフられました。ファンシーなヒョウ柄を維持してるから、些末な問題らしい……
それからもわしは、猫クラン活動の合間に猫大に通い、ミテナの友達が増えて行く様子を微笑ましく見ていたある日……
今日は午後から猫大に行けばいいからと朝からお昼寝していたら、わしのスマホが鳴った。気持ち良く寝ていたのにと思いながら出たら、緊急連絡。わしは慌てて家族に伝えて屋上から飛び下りた。
そして猫大の魔法科学の教室にコッソリと入ったら、ミテナの肩をポンポンと叩いて振り向かせる。
「あ、プー君。この授業は来ないでって言ったの忘れたの?」
「それどころじゃないにゃ。アンちゃんが倒れたにゃ」
「え……」
そう。緊急連絡とは、東の国元女王、アンジェリーヌの危篤。体は違えど娘なのだから、ミテナの顔色が真っ青になってしまった。
「わしのほうで先生に話を通して来るにゃ。急いで荷物をまとめて……メイメイちゃん、みっちゃんの荷物、カバンに入れておいてくれにゃ」
「は、はい……」
メイメイに頼んだわしは、教壇に登ってゴニョゴニョ説明。出欠の件はまた今度相談することにして、わしはミテナの手を引いて教室を出た。
それからミテナを背負ったわしは、キャットタワーでエティエンヌ家族と、関わりの深い者と共に三ツ鳥居を潜って東の国のお城に移動する。
お城に着くと、わしたちが来ると聞いていた執事が待っていたので、東の国病院の病室まで案内してもらった。
「アンジェ……」
病室のベッドには、チューブだらけのアンジェリーヌの姿。先ほど手術が終わったばかりらしい。
その姿を見たミテナはヨロヨロとよろけたからわしが支え、椅子に座らせてあげた。
「まだ王子君に秘密にするんにゃろ? 辛いだろうけど、言葉には気を付けてるんにゃよ?」
「うん……」
エティエンヌが不思議そうに見たので、わしは念話でミテナに注意。そしてエティエンヌに「声を掛けてやれ」と背中を押したら、アンジェリーヌの手を取って「姉さん。頑張って」と優しく声を掛け続ける。
連れて来た猫ファミリーにも一言ずつぐらい声を掛けさせたら、食堂で待機していてもらう。わしはアンジェリーヌの心配というより、ミテナがこの場にいても不自然にならないようにその場に残っていた。
「アンジェ……大丈夫だよね?」
するとミテナが意味深な目で見て来たから、わしは念話を繋いだ。
「医者に聞いたら、予断を許さない状況らしいにゃ。それに今年84歳にゃろ? 手術をしたとにゃると、さすがのわしも予想がつかないにゃ」
「そうだよね。私より長く生きてるもんね……」
「祈るしかないにゃ。それと同じく、覚悟もしておかないといけないにゃ」
「うん……わかった……」
それから猫ファミリーや東の国の王族が心配しながら見守り、1日が終わる30分ぐらい前に、病室に歓喜の声があがった。
「にゃはは。さすがはさっちゃんの子供にゃ。強い子だにゃ~。にゃはははは」
アンジェリーヌが息を吹き返したのだ。わしは返事もできないだろうとアンジェリーヌに念話を繋いで顔を見せたら「だれ??」と言われた。
黒ヒョウだったの忘れてた。このままではアンジェリーヌが笑って傷が開きそうなので、東の国王族に引っ張られて隠された。グッジョブです。
しばし通訳していたけど、面倒になったので念話魔道具を何個か渡し、わしとミテナは病室から出て行くのであった……
「あぁ~……よかった。本当によかった!」
病院の屋上までやって来たミテナは、今まで我慢していた喜びが弾けた。
「本当だにゃ~。危うくみっちゃんのカミングアウトができないところだったにゃ~」
「そうよね……いい加減言わないと、いつ死ぬかわからないのよね……エティがあまりにも元気だから、そのことすっかり忘れてたわ」
「確かに王子君って元気だにゃ……普通、男のほうが平均寿命は短いもんにゃんだけど……」
2人で考えてみたら、猫家の食生活が豪華すぎるからではないかとの仮説が生まれた。ミテナの「女王の私よりいい物食べてる!?」って怒りが仮説の理由だ。
「それでもエティも、そう長くないのよね……」
「だにゃ。82歳にゃんて、第三世界でわしが生きていた頃の、平均寿命を超えてしまっているにゃ」
「そうなんだ……あ、そうだ」
暗い顔になっていたミテナは、急に顔色がよくなった。
「シラタマちゃん。シャーマンに私の子供の寿命聞いて来て。んで、私の時みたいに、いよいよとなったらそれとなく3人の前に連れてって」
「美味しいところだけ持ってくにゃ~。わしの心の負担も考えてくれにゃ~~~」
ミテナ、猫の国トップシークレットのシャーマンのことを思い出したみたい。でもその言い方は軽すぎるので、そんな重たいことを心に秘めておきたくないわしは「にゃ~にゃ~」文句を言いまくるのであったとさ。
アンジェリーヌは山を越えたが喋るにはもう少し掛かりそうだったので、わしとミテナは言い争いの日々。しかし、どれぐらい時間が残されているかわからないのは事実なので、ひとまず2人でキカプー市にある占いの館を訪ねてみた。
「アンジェリーヌ様は近々死にますよ~?」
「「入ってすぐ言うにゃよ~」」
シャーマンはアイドリングなしで言っちゃうので、わしたちもここまで言われては席に着くしかない。
それから亡くなる日時を聞いていたら、残りの2人までついでに言いやがったから悲しむ暇もないよ。さっちゃんも悲しむよりも、呆れてます。
「ねえ? いつもこんなに軽く言って来るの?」
「まぁ……わしがいつも聞く前に逃げるから、早く言おうとしてるみたいだにゃ」
「てことは、シラタマちゃんのせいなんだ」
「みっちゃんだって怖がってたにゃろ~」
「そのせいでエティたちの話まで聞いちゃったじゃない!?」
「ヒゲを引っ張るにゃ~~~」
悲しい話を聞いたはずなのに、結局はケンカ。シャーマンのドヤ顔もウザイので、礼も言わずトボトボ帰るわしたちであった。
それからしばらくすると、アンジェリーヌの体調が好転してサンドリーヌタワーに移ったと聞いたので、わしとミテナは病室を訪ねた。
「フフ……何その顔……フフフ。あの日のおじ様は夢じゃなかったんだ。フフフフフ」
「あぁ~……イロイロあってにゃ。最近は黒ヒョウ柄でやってるにゃ。笑ってやってくれにゃ」
アンジェリーヌが倒れた日は意識が朦朧としていたから、今ごろ大笑い。10分は笑われ続けて、わしも意気消沈だ。
「もうそのことはいいにゃろ。それよりこの子、みっちゃんの話を聞いてくれにゃ」
「おじ様がよく連れて来る子ですね……私の映画のファンにしては、連れて来すぎでは?」
ミテナの立場は今まではそういうことでごまかしていた。でも、それは今日で終わりだ。
「アンジェ……よく持ち直したわね。あのまま死なれたら、母は死んでも死にきれなかったわ」
「ハハ? 何を言ってるの??」
「こんな姿じゃわからないわよね。ひとつ謝らせて。インホワ君との結婚、反対して悪かったわね。でも、それで3日も口を聞いてくれなくなるなんて、アンジェもやりすぎよ。まぁ初恋に口を出した私も悪いけど……3日間、ずっと泣いてたって聞いてるわよ。あの頃付いていたメイドのウサギさんから……フフフ」
「お、おじ様……この子、何を言ってるのですか?」
アンジェリーヌがわしに助けを求めたので話に入る。
「さっちゃん。謝るにゃら謝るだけにしておけにゃ~。にゃに笑ってるんにゃ~」
「いや~。やっとこの話ができたから~。いちおう墓まで持って行ったから許されるよね?」
「さっちゃんの墓から掘り返して自分で言ったら一緒にゃろ~」
「そりゃそうね。アハハハハハ」
「お、おじ様……」
今度のアンジェリーヌは目が潤んでいたから、もう気付いたかもしれない。
「日ノ本には輪廻転生って概念があってにゃ。悪いことをしていた人は死んだら虫やら動物に生まれ変わり、いい行いをしていた人は人間になるんにゃ。んで、さっちゃんはいい行いをしていたから、記憶を持ったまま人間で生まれて来たんにゃ。さっちゃんを近くで見ていたら、信じられないよにゃ~?」
「ちょっと~。教科書にも素晴らしい女王様ってなってたんだから、人間になるのは不思議じゃないでしょ~」
「それもわしの功績を奪ったお情けにゃろ~」
「奪ってませ~ん。シラタマちゃんがやらないから、先にやっただけで~す」
わしたちが言い争うというかちちくり合っていたら、ついにアンジェリーヌの目から涙が落ちた。
「お母様……本当にお母様なのですね……」
「ええ。アンジェ……今まで黙っていてゴメンね。でも、またこうしてお話ができて、母は嬉しいわ」
「お母様……お母様~~~」
ウサ耳の若い女性でも、喋り方のクセは変わらない。アンジェリーヌは死んだ母親が現れたことで、立場も年齢も忘れて大粒の涙を落とす。
そんなアンジェリーヌを優しく抱き締め、赤子をあやすお母さんのように背中をポンポンと叩くミテナであった……




