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第18話 手遅れの恋人たちと、ゲームの終わり。

36


 防波堤の上で、目が覚める。伯父さんも私の隣にいて、ぼうっと海を見ていた。私が話しかけようとする前に、伯父さんは走り出した。海に彼女の姿を見たのだろう。私はそれを追いかける。追いかけながら、「帰ろう、伯父さん。これは夢なんだよ」と叫んだ。

 私は靴を脱ぐ。砂浜の感触が、水へと変わった。伯父さんは止まらない。ただ彼女の腕を掴む。「もう絶対に君を一人にはしない」と伯父さんは言い、彼女は嬉しそうに『待ってた』と微笑んだ。

「こうすればよかったんだ。君と、こうして」

『嬉しい、江良くん。私のことを選んでくれたの?』

「ずっと一緒だ。世界が終わるまでずっと」

 私は二人に手を伸ばす。でもダメだ。二人がキスをした瞬間に、全員沈んでいく。私は息が出来なくなってもがいた。伯父さん、と呼ぶ。この苦しさは、溺れているからというだけではないだろう。


 どうして私たちは知らなかったのか。伯父さんのこれほどまでの悲しみと嘆きを。あの人は私たちを守るために、本当に多くのものを失ってきたのに。


 暗転。


 また防波堤の上で目覚めた。目覚めた瞬間、私は伯父さんの腰に抱き着く。「行かないで」と私は言った。「お願い、伯父さん。一緒に帰ろう」と。伯父さんは一瞬躊躇したが、私の手を振りほどいた。

「俺のことは、放っておいてくれ。お前たちだけで帰るんだ」

 私は想像していたよりずっとショックを受けて、放心してしまう。拒絶されたのだとはっきりわかった。伯父さんは彼女のところへ行ってしまう。そして沈んでいく。何度だってそうするに違いない。


 いずれ気が済むのだろうか。何度やっても同じことだとわかれば。

「やめないよね……きっと、伯父さんは。ずっと後悔し続けてたんだもんね」


 沈んでいった伯父さんが戻って来ない。恐らく、私が死んでいないからだろう。やはりリスポーンのトリガーは私だったのだと思う。

 そうしたら伯父さんはどこへ行ったのだろう。奈津さんと二人でいるのだろうか。このまま私が伯父さんを諦めて元の世界に戻ったら、伯父さんはどうなるのだろう。伯父さんにとってその方が幸せなのだろうか。


 防波堤の上までのぼってきた父が、「佳乃子……ちゃん」と声をかけてきた。私は目を開けたまま、涙をこぼす。自分が泣いていることにも気づかなかった。

「ダメなんだ……私の声じゃ、全然届かないや。伯父さん、聞いてくれないんだ。ダメなんだ、私じゃ」

 ぽろぽろと涙が頬を伝う。父は黙って私を見ていた。私はもうわんわん泣いてしまって、「でもやだよ。伯父さんと一緒じゃなきゃやだよ。一緒に帰りたいよ」とうずくまる。


 しゃくり上げながらも私は涙を拭いて、真っすぐに海を見据えた。

「ダメだってやるしかないよね。何回でも」と、立ち上がる。そうして私は一人で海に入り、溺れて死んだ。


 暗転。


 防波堤の上、伯父さんが私を見た。「もう」と口を開く。

「もうやめてくれ」

「私たちには、伯父さんが必要なんだよ……」

 伯父さんは海を見て、首を横に振った。「彼女にも俺が必要だった。彼女にこそ、俺が必要だった。俺にも彼女が必要だ」と言って立ち上がる。唇を噛んで、私も立った。

 伯父さんを追いかける。たとえそれが伯父さんのためじゃなく、私の我儘だとしても。

 伯父さんに我儘を言うのは姪っ子の特権だ。


「食べ物の好き嫌いも人の好き嫌いもしない! お風呂も面倒くさがったりしないし、勉強もちゃんとするし、家の手伝いなら何だってする! お小遣いだっていらない、伯父さんがいるなら欲しいものなんて他に何にもない! だから……だから、我儘一つ聞いて」


 私は叫ぶ。


「一緒に帰ろう! 伯父さん、私と一緒に帰ろう! 私がそうして欲しいから、私の我儘だけど、でも一緒にいたいの! 伯父さん、大好き。これからもずっと。一緒にいて。置いて行かないで」


 伯父さんが、立ち止まった。俯いて、時々天を仰いで、拳を握っている。

 向こうで奈津さんが『江良くん』と呼んだ。伯父さんは迷いながら、しかし右足を踏み出す。


 そんな伯父さんの腕を掴んだのは、父だった。

「待ってください……! 佳乃子が……佳乃子ちゃんが、泣いてるんだ。あなたはそれでいいんですか?」

「黙ってろ……!」

 伯父さんは父のことを突き飛ばす。父は必死に伯父さんの足にしがみついた。それから、浅瀬の中で父は土下座する。波に埋まるほど深く頭を下げて。


「申し訳、ありませんでした」


 私も伯父さんも、同じように虚を突かれたと思う。伯父さんはすっかり動きを止めて、それを見ていた。

「現在に至るまで、全て……全て、僕の過ちでした。贖うすべもございません。申し訳ありませんでした……すみません……申し訳……ありません……どうか、あの子のところに戻ってください……」

 それを見ていた伯父さんが、ふっと肩の力を抜くのが分かった。ひどく疲れたような顔をして、「何に対して謝ってる? まるで、もう取り返しのつかないことみたいだ」と呟く。それから彼女の方を見て、「もう……取り返しのつかないことなのか?」と問うた。

「彼女を救えないのか?」

「……はい」

「そうか、彼女を救えないのか」

 終わった話だもんな、と伯父さんは言う。「俺は救えない。救えなかったんだ。俺だけができたかもしれないことを、しなかった」とうわごとのように続けた。

「これで最後にするよ」と伯父さんは歩く。腰まで水に浸かったあたりで「奈津」と彼女の名前を呼んだ。


「いつか君を、迎えに来るよ。何十年かかっても、必ず君を迎えに来る」


 奈津さんは泣きながらにっこり笑って、『ずっと待ってる。ゆっくり来てね』と大きく手を振った。


 朝日が昇る。柔らかな陽の光に照らされた伯父さんは泣いていて、頬に涙が伝っていた。

「あの時これが言えていたら、何か違っただろうかとずっと考えていた。だけどあの頃の俺には、これを言う覚悟がなかったんだ。それだけの話だよ」

 瞬きをする。朝焼けの海は急速に遠ざかっていき、そこには暗闇が残った。


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