2,魔王様のご帰還(2)
セフェレアは石造りの階段を降りた。
ダークブラウンの扉を扉を開ければ、そんなに広くはない部屋の中心目一杯に大きな扉が出現していた。
扉の前には、全身で嫌そうなオーラを漂わせる大人の姿をとったレナトゥス。
しかしセフェレアはそんな彼を気にも留めず扉をくぐろうとしたところを、レナトゥスに止められた。
「おい、セフェレア、ちょっと待て!
まだどこにも繋いでないから中に入ると現界と魔界の狭間に落ちるぞ」
「どこにつなぐも何も本宮に決まっているでしょう。何を仰っているのです?」
「いや、わかって入るんだが、その……なんとなく嫌な予感がするんだ。とてつもなく嫌な予感が」
「まあ、それは大変ですね。でも、つなぐのは本宮です。ホラ、さっさとやってください」
「マジかよ……、ほんとに嫌なんだが」
渋々、本当に渋々といった雰囲気でレナトゥスは扉に手をかざし詠唱する。
「我、再生を司る者。魔種を統べ、導かんとする者。我の求むる所、我が城なり。繋げよ」
扉の赤い瞳が閉じられ、黒い光が部屋全体を満たす。
再び赤い目が開くと、扉のレリーフの一つが苦しげに声を上げた。
『扉の先、新月宮、主に来客あり』
「おや、レナトゥス様に来客があったようですね。ちょうど良いじゃないですか。」
セフェレアはそう言うとさっさと扉の向こうへ消えてしまった。
レナトゥスも仕方なくそれに続く。
自身の嫌な予感が当たらないことを切に願って。
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果たして、レナトゥスの嫌な予感は当たったと言える。
今、魔種のご令嬢に抱きつかれているのがその証明になるだろう。
数分前、魔界の居城である新月宮の転移門のある部屋に到着した。
部屋を出て、セフェレアと共に自室に向かっていたところ、レナトゥスの胸に何かが飛び込んできたのだった。
「レナトゥス様ぁ、おかえりなさいませぇ!」
月光を紡いだ様な金色の巻き髪、天色の瞳、桜色の唇、全体的に小造りの体。
十人いれば十人が可愛らしいと答えるような美少女に抱きつかれながら、レナトゥスは困惑しきった声を上げた。
「リリエラッテ嬢、離してもらえるか?」
「まあ、照れてらっしゃるのね。そんなところもとても好きですわ!でも、リリィと呼んでくださいといつもお願いしているではありませんか」
そっと胴体に周った細い腕を引き離そうとするが、それが伝わったのだろう、余計に抱きつく力が強くなってしまった。
怪我をさせるわけにもいかないため、あまり手荒にもできない。
セフェレアに助けを求めようと視線だけで彼女を探すが、
後ろからついてきていたはずなのに、いつの間にかいなくなっている。荷物を置きに行ってしまったのだろう。
レナトゥスがどうしようかと考えていたその時だった。
「リリエラッテ、今すぐ魔王陛下を離しなさい!」
回廊の奥から怒号が響いた。
リリエラッテが驚いて腕の力が弱まった一瞬の隙を突いてそのか細い腕を引き剥がす。
そして声の方に視線を動かせば、リリエラッテと同じ金髪に群青色の目をした恰幅の良い男性が姿を現した。
「シルヴァ公爵!」
「陛下、娘が申し訳ありません!」
もう一度レナトゥスに抱きつこうとするリリエラッテを抑え、謝罪を口にする彼は、ディニテ・シルヴァ。
魔界にある4つの自治区の一つ、南にあるシェーン地区を治める公爵家の現当主である。
リリエラッテはその長女だ。
「あぁ、いや、この位なら全然大丈夫だが…、セフェレア、シルヴァ公とリリエラッテ嬢を応接室へ」
シルヴァ公爵の影に隠れるようにして現れたセフェレアに命じる。
「畏まりました。ではどうぞこちらへ」
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(フフ、リリエラッテ様は相変わらずですねぇ。もともと、今日は公爵のみが来るはずだったらしいですけど…)
リリエラッテはずっとレナトゥスに好意を持っており、見目も麗しく、種族の位も身分も高いということでレナトゥスの婚約者候補筆頭であったりするのだ。
何でも、公爵が言うには朝、急に
「レナトゥス様が帰ってくる気がするから私も一緒に登城する!」
と言って聞かなかったそうだ。
本当は同行者には魔王からの登城許可が必要なのだが、公爵もまさかレナトゥスが帰ってくるとは思わなかったため、娘可愛さに付いてくることを許してしまったという。
ここまでのレナトゥスの態度からもわかるように、彼はリリエラッテを苦手に思っている。
いや、苦手というよりはどう扱っていいのか分からない、といったほうが正しいのか。
(リリエラッテ様は大変お可愛らしいくてよろしいですが……。
レナトゥス様も憎からず思ってはいるのでしょうが、何分押しが強すぎるみたいですね。
レナトゥス様はグイグイ来る方は苦手のようですから。まるで猫みたいな方です)
リリエラッテは、応接室に案内している今この瞬間もレナトゥスの右腕に自身の腕を絡ませて凭れ掛かるように歩いている。
普段彼は新月宮では、“魔王としての威厳を〜”などと言って自室以外は大人の姿をとっているため、身長差のあるリリエラッテと腕を絡めて歩くのはとても大変そうであった。
ふと、セフェレアの頭にある考えが浮かんだ。
(リリエラッテ様がレナトゥス様の本来のお姿をご覧になったらどんな反応をなさるのでしょうか?)
そう、魔界で彼が本来の姿を晒すのは自室のみ。レナトゥスの自室に入ることができるのはセフェレアだけ。
すると自然と魔界で本来の姿を見ることができるのはセフェレアだけ、ということになる。
つまり、魔界で暮らす者たちはレナトゥスの本来の姿を見たことが無いばかりか、そんなものが存在することすら知らないのだ。
(まあ、リリエラッテ様が見ることはきっとこの先ないでしょうけれど。レナトゥス様、魔界の方々には本来のお姿を全力で隠していらっしゃいますし)
それでもセフェレアはその状況を想像して、人知れず頬を緩ませるのだった。
《リリエラッテ・シルヴァ》
·魔界に4つある自治区をそれぞれ治める公爵家の一つシ
ルヴァ家のの長女
·レナトゥスの婚約者候補筆頭
·彼女がレナトゥスに恋した理由は、デビュタントの日、
彼女を公爵令嬢だと知らなかったご令嬢にドレスにワイ
ンをかけられてできたシミをきれいにしてもらったから
らしい
·ちなみにレナトゥスはそのことを全く覚えていない




