裏路地の建物
ひどく賑やかなところだ。駅前から真っ直ぐ石畳が伸びたメインストリートには露店が立ち並び、その背後にはカラフルな石造りの建物たちが太陽光を反射してキラキラと輝いている。甘い匂いが香る中、華やかな人々が、まるで楽園の中にいるような笑顔を浮かべ街を闊歩している。
スカイシティ。
ここがブルーキャノピーの首都であり、最も活気ある島だ。
何度か来たことはあるが、毎回雑踏を抜けるだけでも体力を使うから、あまり好きではない。
アミルが見つけてくれた研修機関は、人が多い商業区から少し外れた研究開発区にあるという。
洗濯物が旗飾りのようにかかった裏道を抜け、地図の目的地にようやく辿り着いた時には、すでにさきほどの喧騒は遠いところにあって、活気のかけらもないジメジメした湿気が漂う陰気な場所だった。
「・・・こんなところもあるんだな」
目の前にあるのは、アクロシア天文台研究所第五聖機関。
落書きだらけの薄汚れた壁に囲まれた建物は、苔むしたような濃い緑色で、外壁の塗装がところどころ剥げ落ちて、建物の石材が剥き出しになっている。
今日から俺が世話になる場所だ。
あらためて手元の地図に目を落とすと、メインのアクロシア天文台研究所は、同じ敷地内とはいえこの第五聖機関から遥か遠くに位置している。
「正面玄関からは入らないので、裏口から入ってくださいとのことでした。守衛さんに名前を言ったら通してくれるそうですよ」
アミルが言った言葉だ。
近くにドアが一つあり、そこの隣に木の椅子に腰掛けた老人がうたた寝をしている。老人の横には本がいくつか積んであり、老人の手にもページを開いた読みかけの小さな文庫が収まっている。
俺は少し迷ったが「こんにちは」と声をかけた。
老人は反応しなかった。
俺はまた少し迷って、老人の肩を揺すった。
「こんにちは」
「・・・あ?」
口髭の端に涎をつけた老人が目を開けて瞬いた。
「・・・なんだ、あんた」
こっちのセリフだった。
「アラン・ノアです。今日からここの研究所でお世話になは予定の者です」
老人は気だるそうに頭をボリボリと掻き、うめきながら足元に落ちていた紙を拾い、何度も瞬きをしながら、紙を上から指でなぞりながら、途中で「ああ」と何かを見つけたように呟いた。
「んん、そこから勝手に入ってくれ」
老人は適当に言うと、紙を放って、手に持った本に目を落とした。
「どうも」
ドアノブに手をかけて感じた。
ああ、来たことを後悔しそうな感覚が、手に伝わる。
この先に待つ世界が、どうか剣呑に満ちていないようにと切に願いながら、俺は一歩踏み込んでいく。




