また一歩
列車の中でも手で顔を覆って何やらぶつぶつと憂いていたアミルを無視して、俺はさっさと教室に向かった。
教室は昨日のオルガンス島墜落日の影響がまだ残っていてホシミツツジの香りが漂っていた。
ここインタステラハイスクールの教室は、一面ガラス張りの温室のような場所だ。
日差し、風、花の匂い、ほとんど屋外にいるのと変わらない。母校舎はレンガ造りの重厚さがあるが、そこには校長室、教職員室、生徒会室、いくつかの特殊教室、魔法実義演習場などがあり、そこから放射状に教室が広がっている。
母校舎の中央には中庭もあり、生徒同士の交流、催し事などが活発な場所だ。
午前授業が終わり、俺とアミル、そしてグラドは中庭のベンチに腰掛け昼食をとっていた。
「セラブルさんの弁当は、相変わらずすごいな。栄養価が高い食材使っているだけじゃなくて、その食材の栄養が逃げないような調理法を心がけてる。この二種の天空野菜とクメル鳥の包み焼が特に好い」
グラドは、アミルからおすそ分けされた弁当のおかずをご丁寧に評していた。
「そうでしょう!セラの料理は外れないですからね。私に対する愛情たっぷりですよ!」
アミルはなぜか誇らしげだ。
そうして二人は楽しそうに他のおかずについても、これも好い、これはすごいと談笑している。
正直、窮屈だ。二人の楽しい食事時を邪魔している気がして仕方ない。
午後の上級魔法の呪文詠唱の打ち合わせと、昼休みに集合したのはいいが、疎外感を感じる。これなら一人で食べていた方が100倍マシだ。
・・・それとセラブルの作る弁当は当然美味いに決まっている。
「で、今日の呪文詠唱の練習なんだけどね・・・アミルの苦手分野に合わせて浮遊系統の魔法にしようと思うんだけどどうかな?」
弁当を食べ終わり、グラドがようやく本題に入った。
「そうですね。浮遊系統の上級魔法なら・・・『連鎖浮遊式の構造解析』『下降浮遊』とかこの辺がちょっといまいちかもしれないですね」
「うん、オーケー。『連鎖浮遊式』は六種以上が必須になるから、そこは確実に押さえておきたいところだよね。『下降浮遊』は僕もわりと苦手かな」
浮遊系統の魔法とは、ひとつの物質に浮遊エネルギーを帯びさせ浮遊させる魔法を言う。連鎖浮遊式はその応用で、一つの物質に数珠つなぎでほかの物質をくっつけて浮遊させること。これの難しいところは、浮遊エネルギーは一つの物質にしか付与させずに、他の物質も連鎖的に浮かせることだ。浮遊エネルギーを帯びていない物質も連鎖的に浮遊させるには、呪文詠唱中に物質の構造解析が云々かんぬん・・・
「まあ俺は、苦手どころか出来ないんだよなあ・・・」
かなり小さい声で言ったので、二人の耳には届いていない。
「ノア君も、その分野で大丈夫かな?」
グラドが不意にこちらへ話を振ってきた。
「・・・二人に合わせるよ」
俺はアミルの方を見た。アミルは少し難しそうな、困惑しているような顔をしていた。本当に大丈夫ですか?と言わんばかりの顔をしている。
そりゃそうだ。アミルは俺が魔法をろくに使えないことを知っている。上級魔法なんて知識でしか知らない。
けど、少しでも何か得られるものがあれば、俺は変われるかもしれない。
過去の楔を緩められるかもしれない。家族を守れるかもしれない。
今は何でもいい。視野を広げよう。
「おーけー。それじゃ決まりだね。放課後に実技演習場に集合だ」
そうして予定は決まり、昼休みは幕を閉じた。